正座について
私自身は長年正座という坐り方に馴染んできました。
今も正座をして文章を書いたりしています。
ところが、この頃の若い修行僧に接していると、正座になれていないという者がとても多いのです。
正座してご飯を食べるというのは当たり前のことだと思っていましたが、それだけで苦痛だというのであります。
なかにはもう膝や股関節を故障していて、正座できないという者もいます。
正座というのはどうなのだろうか、膝に悪いのだろうかとあれこれと考えてきました。
そもそも正座という座り方はいつ頃からなのでしょうか。
はっきりしたことは分かりませんが、耳にするのはそんなに古くはないということです。
古くはないといっても江戸時代頃には正座をしていたとも言われます。
鎌倉時代の武士などは正座することはなかったようなのです。
あぐらや立て膝、あるいは跪座というのがあったようです。
江戸時代になって武家の礼法として正座が行われるようになったとも言われます。
正座をする良い点もあります。
まずなんといっても姿勢が安定します。
イスに坐るよりは正座は安定感があります。
骨盤が自然に立ちやすい姿勢です。
落ち着いて安定する坐り方だと言えます。
また正座という言葉から、この座り方は相手に対する敬意を表します。
あぐらで人に会うのとでは印象が大きく異なります。
武道の稽古などでもよく始める前に正座して心を調えるようにしていると思います。
茶道などは正座の文化であります。
身体の上からは、足の甲や脛を伸ばし、大腿四頭筋も自然に伸ばされます。
しかしながら、長年正座していて膝を壊す人もいます。
まずは膝関節への大きな負担が問題となります。
半月板が圧迫されやすいのは欠点です。
高齢者や膝に問題を抱えている方には難しくなります。
それから、足の血流に障害をおこすこともあります。
いわゆる足がしびれるのです。
長時間正座していると、腓骨神経が圧迫され下腿の静脈血行が停滞してしびれや痛みが起こりやすいのです。
また正座は足首が硬い人には強い痛みを引き起こします。
正座は骨盤を立てやすい姿勢ですが、骨盤が後傾しやすい人には逆効果となります。
腰が曲がり猫背になってしまいます。
良い点もあれば悪い点もあり、正座して膝を壊す人もいれば、長年正座していて平気な人もいます。
これはどういうことであろうか考えてきました。
やはり座り方が大事だと思うようになりました。
膝に悪いというのは膝の可動域を越えているからであります。
膝が無理なく曲げられる可動域は百二十度くらいだと言われています。
もちろん人によって様々ですし、諸説あることです。
正座をするとなると、百三十度から百五十度くらい屈曲することになります。
膝の可動域を越えていることになります。
私などが教わった正座というのは、踵と踵の間を開いてその間にお尻を落として坐る方法であります。
これだとかなり膝を曲げることになります。
この頃研究しているのは、踵を座骨のところに当てて坐る方法であります。
座骨の少し前の方に踵を入れるようにしています。
これだと少し膝の負担が軽くなります。
ただ足首が伸びないとできない座り方であります。
そんなことを考えていたので、かつて西園美彌先生に、正座も足の骨を調えて坐るといいと聞いたことがあったのを思い出して、先日正座の講習をおこなってもらいました。
二時間の講座でありました。
まず修行僧達皆の正座の様子、足の組み方などを先生はご覧になりました。
そして多くの修行僧が、踵と踵の間にお尻を沈めて坐っていることに言及されました。
この座り方が悪いとは言われませんでした。
座り方にはそれぞれの用途があり、良い点悪い点があるのです。
こうして深くお尻を落として坐ると、うわずった気持ちを下に下げる効果があるだろうと仰っていました。
なるほどそういうことがあるかと聞いていました。
そういう坐法なのです。
それに対して体にとってよく、腰をしっかり立てる座り方もあると言われて、座骨のところに踵があたるようにして坐りました。
ただこれは足首が硬いと難しいのです。
西園先生は、前脛骨筋を伸ばすワークを教えてくださいました。
実に軽い動きです。
足首を伸ばしたり曲げたりしながら前脛骨筋を指で押さえて伸ばすのです。
軽い準備体操と思っていたら、これだけで足首がやわらかくなり、姿勢も調うのです。
修行僧達も驚いていました。
まさに魔女トレなのです。
そうして肩の関節を調える運動と股関節をはめるワークを二人一組になって行いました。
股関節をはめるのは、何度も行っているものですが、より一層丁寧に二人一組で行いました。
終わった後立った感じが全然違っていました。
足でしっかり立っていると感じられて、修行僧達をみてもとても姿勢がよくなっています。
正座もしやすくなったのでした。
重心がかかるところが一点になるとしびれやすくなりますが骨をそろえて坐ると重心のかかるところが分散してしびれにくくなります。
西園先生の講座は毎回驚きばかりなのですが、今回は一層驚きました。
講座のあと、外を歩くと歩く感覚が全く変わっていました。
身心が調って躍動している感じでした。
正座の方法を教わって身体の感覚まで変わったのでした。
正座ひとつ奥深いものです。
できれば膝を壊さずに長年坐れるようになりたいものです。
西園先生の講座にはいつも感謝するばかりであります。
イス坐禅もいいのですが、正座や結跏趺坐の安定感に及ぶものではありません。
やはり伝統の座り方である正座もできるとよいものです。
横田南嶺