禅と内観
吉岡老師のことについては、かつてこの管長日記に書いたことがあります。
二〇二三年四月二六日の管長日記に「感動の法話」と題して書いています。
そのときにも吉岡老師の素晴らしい法話について書いています。
今回もまた素晴らしいご法話でありました。
まず今回は、小泉八雲の話から始まりました。
吉岡老師は島根県松江市のお生まれであります。
小泉八雲は、一八九〇年に来日されています。
松江市で英語の教師をしていました。
吉岡老師はまず「日本人のように、幸せに生きていくための秘訣を十分に心得ている人々は、他の文明国にはいない。
人生の喜びは、周囲の人たちの幸福にかかっており、そうであるからこそ、無私と忍耐を、われわれのうちに培う必要があるということを、日本人ほど広く一般に理解している国民は、他にあるまい。」(「新編 日本の面影』角川ソフィア文庫)という言葉を読んでくださっていました。
小泉八雲が来日された頃の日本人はそのように見えたのでしょう。
今回のご法話は「自己を見つめる~禅と内観~」と題しておられました。
はじめに松江市に一般の家庭にお生まれになってどのようなご縁で出家なされたのかについてお話くださっていました。
かつて仲良くしていた友人をガンで亡くされたりして、いろんなことが重なって身心ともにどうしようもなくなった時に朝比奈宗源老師の訳された『臨済録』をお読みになったそうなのです。
大事なところに線を引きながら繰り返し読んだそうです。
ご縁があって松江市の華蔵寺のお弟子になられたのでした。
華蔵寺のご住職が、私が建仁寺で修行していた頃の先輩であったご縁で、私のところに修行に見えたのでした。
今から三年前に伝宗庵の副住職になってもらいました。
そのときにたいへんなことが起きたのでありますが、その詳細は二〇二三年四月の管長日記をご覧ください。
吉岡老師は最近青山学院大学名誉教授の石井光先生と共にヨーロッパで内観の講演をなされています。
そこで内観についてのお話をなされていました。
内観とは何か、『広辞苑』には
まず仏教語として「精神を集中して自己の心の中を観察すること。また、その修行。」とあり、その次に、「自分の意識体験を自ら観察すること。内省。」と書かれています。
内観法は「心理学の研究方法の一つ。自分の内的な体験を報告させて、それに基づいて心の世界を探る技法。構成主義心理学の主要な方法。」なのであります。
それは「吉本伊信(いしん)(一九一六―一九八八)が創始した心理療法」であります。
内容は「道場で一週間程度自らの心の中を観察し、自他についての肯定的な認識を作り出すことで、心の不適応状態からの回復を図る。」のであります。
石井光先生は一九四六年のお生まれです。
幼い頃から坐禅に親しまれていた先生です。
学生の頃には円覚寺の居士林で坐禅に没頭されていました。
僧堂の摂心に三〇回、学生摂心にも三〇回、土日坐禅会には一五〇回、暁天坐禅には五〇〇回も参加されていると著書に書かれています。
それほど熱心に坐禅されていたのでした。
そんなに坐禅に打ち込まれていた先生が内観を知って、吉本先生に出会うのです。
内観は自分がまわりの人に対してどうだったかということを、その人から「していただいたこと」「してさしあげたこと」「迷惑をかけたこと」という三つの質問で調べてゆきます。
まずは
一、母親からしていただいたこと
二、母親にしてさしあげたこと
三、母親に迷惑をかけたことから始めます。
この三つの質問に一時間から二時間取り組んで、具体的な答えを探すのです。
一~二時間後、面接の先生が内観をしている人のところに来て、今の時間どのようなことを調べ、思い出したかを尋ね、内観者はこれら三つの質問について、思い出したことを報告します。
すると面接者はお礼を言って、次にいつの時代を調べるかを聞き、あるいはいつからいつまでを調べてくださいと言って去っていきます。
このようなことを一週間行うのです。
石井先生は実際に内観をなさって、坐禅に打ち込む大学生活を送りながら、母親にしてもらうことばかりで、なにもしてあげていなかったということに気がつかれました。
石井先生の『内観への誘い』には、
「内観をすると、まず、あらゆる意味で、とらわれから解放されます。
過去の事実を認めず、あれはなかったことにしたいと思っている人がいます。
しかし、過去を否定しているということは、その結果である現在の自分を否定することになります。
内観でその事実を別の角度から見ることは、事実を受け入れることを容易にします。
そしてその事実を受け入れることによって、 過去から解放されていくのです。」
と書かれています。
石井先生は、円覚寺の前管長の足立大進老師から「禅と内観と別物と考えているようではだめだ」と言われたそうです。
吉岡老師も禅の修行と内観とを修められて、それがご自身ではひとつになっていると思います。
法話の終わりに、
「われを忘れて ひとのため
まごころこめて つくすこそ
つねに変わらぬ たのしみぞ
まことのおのれに 目覚めては
清きいのちを 生きるなり」
という延命十句観音和讃の一節を紹介され、
「自己を見つめる、この果てしなき旅路に、終わりはありません。これから精進して参りたいと思っております。」と言って終わられていました。
感動の余韻がいつまでも続きました。
横田南嶺