三年目のイス坐禅
二〇二三年の六月一六日に、第一回のイス坐禅の会を開いたのでした。
はたしてどうなるものやらと不安の内に始めました。
不安の要素はたくさんありました。
まず、これは私が主催する会であります。
円覚寺で行う法話や坐禅会以外は、ほとんど、外の方が企画されて、こちらが招かれるのでした。
先方で一切の支度をしてくれて、こちらは法話や講演など、与えられたことだけを行えばよいのです。
それがこのイス坐禅の会は、すべてこちらが企画して、募集して会費をいただいて、準備も片付けも致します。
まず人が集まるのかどうかも不安でありました。
最初は三十名で始めたのでした。
それが始めてみると、こちらが思った以上に喜んでくれたのでした。
特に、会がはじまってからかなりの時間をかけて、体をほぐすワークをしたのがよかったのだと分かりました。
イスでも十分に坐禅になると思ってはいたものの、どうしたらイスで坐禅になるのか、試行錯誤してきたのでした。
自然の中で自然に暮らしている人の身体は、自ずと調っていますので、そんなにほぐす必要もないかと思います。
しかしながら、都内のオフィスで、一日デスクワークをなさっている方は、そのままの状態でイスに坐っても、体が凝ったままですので、心を落ち着けることも難しいものです。
体がこわばったままだと、考えまで堅くなってしまうように感じます。
思い詰めたことを思い詰めたままじっとしていても、坐禅にはなりません。
その思いを手放すことが大事なのです。
お寺ですと、お寺という環境が、まずその人を緩めて解放してくれます。
今まで考え込んでいたことがあっても、あのお寺という自然豊かな環境に入って、草や木に触れて、鳥の声を聞くと、それだけで解放された思いになるものです。
それが、その日はたらいていたのと同じような都内の会議室でどうしたら坐禅になるのか、工夫してきたのでした。
自然のものに触れるのが、人間の本来性を目覚めさせるのには一番いいのです。
それが都内の会議室ですと、自然のものが見当たりません。
観葉植物もないところです。
窓から見える空くらいであります。
そこで、お互いの身体が自然のものだと気がつきました。
この身体という素晴らしい大自然に触れてもらうことが一番だと思ったのでした。
そこで、学生の頃や修行時代、そして師家になってから、いろいろ学んできた身体技法から、みんなで出来て、短い時間で体がほぐれるようなものを選んで行ってみたのでした。
その結果坐る時間は短くなっても、お寺で坐るのと同じように感じてもらうことができるようになってきたのでした。
そうしているうちに、だんだんと応募してくださる方が多くなってきたのでした。
三十名ではすぐに満席になってしまうようになって、更に増やして五十名にしたのでした。
有り難いことに五十名も一杯になるようになりました。
そんな試行錯誤から生まれたイス坐禅ですが、要領は四つなのです。
一、首と肩の調整
二、足の裏、足で踏む感覚
三、呼吸筋を調整
四、腰を立てる
の四つであります。
肩が前の方になってしまい、首が落ちてしまう姿勢をなんとか矯正しないといけません。
無理は禁物ですので、いろいろと動かしながら首や肩周りをほぐしてあげるようにします。
それから足が大事であります。
足首まわしや足の指を動かしたり、足の裏を刺激してあげるのです。
そうしますと、両方の足で床を踏みしめていることが実感できます。
これが一番の安心感になるものです。
自然の中をはだしで歩くのが一番いいのですが、都会の中ではとても無理です。
そこで人為的ですが足の裏を調えてあげます。
それから呼吸をするための筋肉を使います。
そうして肺が広がったり、縮んだりするのを感じてもらいます。
そして最後に腰を立てるようにします。
座骨や仙骨の場所を教えて、その場所を意識するだけでも姿勢は変わるものです。
そのように時間をかけて調整して坐ると、みんなが樹木になったような静けさに包まれて、深い坐禅になるのであります。
これには自分も驚いたものです。
道場というのは決して場所をいうのではなく、素直に道を学ぼうとする心が道場だという言葉がありますが、それを実感できました。
そんなイス坐禅が人気になってこのたび書籍も出るようになったのでした。
先日の三年目に入ったイス坐禅の日が、奇しくも『心とからだを調える イス坐禅』の発売の日になったのでした。
円覚寺ではすでに先行販売で夏期講座や日曜説教で販売していましたが、一般には初めてとなりました。
それからYouTubeチャンネルに、PIVOTというのがあります。
チャンネル登録が三百万人を超えている人気のチャンネルであります。
そのチャンネルでイス坐禅を紹介してくださったのでした。
ちょうどそのイス坐禅の日のお昼に公開されたところでしたので、イス坐禅の会でも始まるまでにその映像を流してもらいました。
イス坐禅三年目、書籍の発売、そしてPIVOTの公開と有り難いことが続いたのでした。
前回のイス坐禅の会で、要望として足を調えることを学びたいという声がありました。
そう言われて気がつきました。
足の裏などはかなり入念に行ってきたのですが、ここ二回ほどは、手の感覚の方に力を入れていて、足の裏がおろそかになっていたことに気がつきました。
手の平を入念に行っていると、どうしても足の方まで時間が足らなくなってしまうのです。
足の裏を入念に行うと手の平まで時間が足りなくなります。
なかなかすべてを網羅するのは難しいものです。
ともあれ、今回は足を重点的に行うようにしました。
いつも西園美彌先生に、足の裏だけで三時間講習を受けていますので、足の裏だけで30分や一時間は十分にできるのです。
もっとも首や肩も大事ですので、首や肩から始めてそれから、その体の間にある肋骨を緩めることを行って、足の裏にゆきました。
肋骨の周りもかなり凝っているものです。
この肋骨のワークは好評であります。
これで呼吸筋の調整にもなるものです。
そうしておいて西園先生の教わっている足の指や足の裏を調えてゆきました。
それから今回お腹をゆるめるワークも入れてみました。
これも呼吸に合わせて行いますので、体が楽になります。
そして腰を立てて頭頂をおさえて刺激することも行いました。
漢方では百会のツボになります。
そのようにして入念に準備を行いますと、首や肩がほぐれて、お腹周りの緊張もとれて呼吸しやすい状態になって、頭のてっぺんから足の指までしっかりと意識して坐ることができます。
よく修行時代に、頭のてっぺんから足の先まで気を充実させて坐るのだと教わったのでした。
それをみんなで体感できるように工夫してみたのです。
いつもと同じように私自身がとても深く坐れました。
やはり足がしっかり地面を踏んでいる、足の裏の感覚が安心感をもたらしてくれます。
大地に支えられている安心感が、上半身を緩めてくれます。
どっしりと坐った感じが得られます。
呼吸がスムーズで心地よいのであります。
それからみんなが静かに坐っている全体の雰囲気に包まれて、まるで深い森の中のいるような感覚になります。
良い坐禅ができたと感激しました。
気がつくとそれまでの疲れがすっかりとれていました。
その前の日は、浜松まで行って講演をしてきたので、少々疲れ気味でありましたが、それがすっかり抜け落ちて楽になりました。
イス坐禅の会は都内で夜の六時半から八時半まで行っていますので、帰りが遅くなり、朝の起きる時間は同じなので、睡眠時間は減ってしまうのですが、よく眠れるので、疲れが残りません。
かくして良いことずくめなのであります。
『イス坐禅』の本を読んだり動画をご覧いただければご自分でもできるものです。
しかしながら、このみんなで行うことの良さには及ばないのです。
なにが良いのかと考えてみました。
自分一人で行うと、自分の好きなようにできます。
みんなで行うとみんなに合わせないといけません。
みんなで行うのはいいのですが、多少の不自由さがあるものです。
それが却って良いのだと思います。
自分の思うままでなく、少しみんなに合わせて行うことで、自我が減るように感じるのです。
そうしてみんなで静かに坐るという全体の雰囲気に包まれるのです。
一人一人が全体の空気を作り出して、その全体の空気がまた一人一人に影響を与えてゆくのです。
共鳴してゆくのであります。
丸二年を終えて三年目新たな一歩であります。
横田南嶺