禅を学びたい
三年前は、ちょうど創立百五十周年記念ということで、盛大な式典をあげたのでした。
会場は妙心寺の法堂を使わせてもらったのでした。
そこで、総長対談ということで、ソフトバンクの宮川潤一社長と対談をさせてもらいました。
これは妙心寺の法堂という建物の中であり、しかも臨済宗のお歴々の方々がお集まりの中でしたので、とても緊張したものでした。
その次の年も総長対談ということで、佐々木閑先生と対談させてもらいました。
佐々木先生が花園大学の特別教授にご就任いただいた記念でもありました。
その次が昨年でしたが、栗山英樹さんと対談させてもらったのでした。
これは私が栗山さんとのご縁があったので、大学側から是非とも栗山さんを呼んでほしいというご依頼で、無理を承知でお願いしたのでした。
お忙しい中を花園大学までお越しいただいたのでした。
昨年はそんな次第でしたので、野球部の学生が大勢聞きに来てくれていました。
あれからもう一年が経つのであります。
今年は、花園大学歴史博物館の館長に就任いただいた佐々木丞平先生と対談させてもらいました。
佐々木先生は昨年に花園大学歴史博物館館長にご就任いただいたのでした。
佐々木先生は、先日の公開対談のポスターに次のようにご経歴が紹介されています。
「一九四一年、兵庫県生まれ。
1965年に京都大学文学部哲学科を卒業し、同大学院文学研究科美学美術史学専攻博士課程を修了。 京都国立博物館長などを歴任し、 2024年6月、 花園大学歴史博物館長に就任。」
とあります。
京都大学の教授をお務めになり、定年をお迎えのあと、十六年間も京都国立博物館の館長をお務めになった方なのです。
たいへんなご経歴の先生でいらっしゃいます。
そんなお方が花園大学の歴史博物館の館長にご就任いただいたというので、私も昨年そのことを知らされて、いちどご挨拶をしておかねばと思っていたところ、佐々木先生の方からご挨拶に来てくださって恐縮したのでした。
佐々木先生は、江戸時代後期の美術がご専門でいらっしゃいます。
学位論文が『円山応挙研究』でいらっしゃいます。
いわゆる「その道の大家」であります。
そんな先生と対談をするというので、今回はさすがにかなり緊張しました。
対談は、「日本の絵画にみる禅のこころ」と題して行われました。
先着二百名で募集したところ、予想をはるかに超える方が応募してくださり、予定していた会場を変更したほどでありました。
それほど多くの方がお集まりくださって盛況でした。
日曜日ということもあったかと思います。
鎌倉はその日は雨でありました。
北鎌倉駅までは傘をさしてゆきました。
京都では雨があがっているという情報を得ていましたので、北鎌倉の駅で見送りにきてくれた修行僧に傘を預けて電車に乗ってゆきました。
京都に向かう新幹線の中でも対談のことが気になって緊張が解けません。
京都駅で乗り換えて円町に向かいますが、益々緊張が高まりました。
円町から花園大学まで歩くのが、気が重かったのでした。
かくして迎えた公開対談、終わってみればとてもよかったと感動しています。
やはり佐々木先生のご人格に触れたことが一番の感動でした。
対談にあたって、佐々木先生はあらかじめパワーポイントの資料を作ってくださいました。
その資料に従って話を進めてゆきました。
対談のはじめに私がまず佐々木先生に質問をさせてもらいました。
なんとしてもうかがいたかったのは、なぜ花園大学にお越し下さったのかということです。
それほどのご経歴の先生が、花園大学の歴史博物館の館長によくご就任くださったと思っていたからでした。
対談の冒頭にも、
「私もいろんな方と対談してきていますが、こんなに緊張することはありません、なんとなれば京都国立博物館の館長をお務めになられた方であります。京都国立博物館には何度も拝見させてもらっていますが、館長に会うことはできません。そんな普段お目にかかれないような方と対談するとなると緊張するのは当然です」と申し上げました。
そしてなぜ花園大学にと聞いてみたのでした。
佐々木先生は笑いながら素晴らしいことを述べてくださいました。
先生は真摯に、自分は長年江戸時代の美術を専門にしてきたけれども、日本の絵画に禅の影響はとても大きいと知っていながら禅の勉強ができていなかった、そこで、この大学で学生になった気持ちで禅を勉強したいと思ったのだとおっしゃいました。
私は思わず、「ええ、先生、これから学ばれるおつもりですか」と聞きますと、「ええ、勉強は死ぬ迄続くと思っています」とさらりとお答えになりました。
このお言葉を聞いて、もう今日の対談はこれで十分だと思うほど感動しました。
先生は恐れながら既に八十歳を超えていらっしゃるのに、とてもお元気で矍鑠とされています。
一緒に歩いていても足腰に些かの衰えも見えません。
お元気でお若いなと感じていましたが、その源は学ぶ姿勢にあるのだと分かりました。
禅を学ぶのにこんないい環境はないと思ったそうなのです。
そこで私は更に申し上げました。
「先生、けれども実際に来てみてがっかりされたのではありませんか」と。
花園大学の歴史博物館はとても小さな施設です。
無聖館という五階建ての建物にあります。
そこは図書館にもなっています。
その四階に歴史博物館があります。
無聖館全体が博物館ではないのです。
そこで佐々木先生はおっしゃいました。
博物館というのは大きさが大事ではないのだというのです。
たしかに京都国立博物館のように大規模な博物館もありますが、これだけ価値観が多様化した今では、何かに特化した博物館が大事になるというのです。
花園大学の歴史博物館であれば、禅についてはここだけしかないという貴重な博物館なのだとおっしゃってくださいました。
禅を学ぼうと思えば、ここでいろいろ学べるというように佐々木先生はできれば「禅ミュージアム」としたいのだとおっしゃってくださいました。
これは有り難い言葉でありました。
大学の経営は今厳しい状況であります。
学生の数が減るのは予想以上なのです。
暗い思いになることが多いのですが、佐々木先生と対談して花園大学の意義を改めて認識しました。
禅を学びたい、そんな思いに答えられるような大学であり、歴史博物館にしなければと思ったのでした。
「禅を学びたい」、そんな佐々木丞平先生のお言葉に感動した対談でありました。
横田南嶺