姿勢と呼吸
とてもいいお天気できれいな富士山を拝むことができました。
幼稚園に入ると、ちょうど園児たちが入堂するところでありました。
みんなで「南無釈迦牟尼仏」と丁寧に三回唱えて、更に延命十句観音経を三遍お唱えします。
園児たちもよく覚えていてくれています。
「南無釈迦牟尼仏」は、幼稚園を始めた朝比奈宗源老師が、唱えることを勧められたものです。
延命十句観音経は、わずか四二文字の短いお経なので、唱えやすいものです。
そして「ほとけの子ども」という歌を歌います。
われらは
仏の子供なり
うれしいときも
かなしいときも
みおやのそでに
すがりなん
われらは
仏の子供なり
おさなきときも
おいたるときも
みおやにかわらず
つかえなん
という歌詞であります。
いい歌で、私も覚えていますので、皆さんと唱和させてもらいました。
それから誕生仏に甘茶をかけてご供養します。
まず私が甘茶をかけて拝み、そして園長、副園長の和尚様が甘茶をかけて、そのあと園児達が二人ずつ甘茶をかけて拝みます。
今回は、保護者の方と一緒に甘茶をおかけしていました。
その時にカメラマンの方に写真を撮ってもらうのであります。
これがけっこう時間がかかります。
はじめは緊張して静かだった園児達も時間が経つにつれて、だんだんと落ち着きがなくなってきます。
みんなが甘茶をお供えして、管長の話となるのですが、その頃にはもうみんなに疲れが見えていました。
私は手短に、仏さまの教えは、明るく正しく仲良く生きることだと話をしました。
明るく生きるのはまず笑顔です。
そして元気な挨拶ですと伝えました。
正しく生きるには、方法はただひつつ、自分がされたら嫌なことを人にはしないことですと申し上げました。
この一つのことを守れたらみんなで仲良く生きることができますと話をしました。
そうして幼稚園を後にしました。
午後からは椎名由紀先生の講座でありました。
修行僧達と共に学ばせていただきました。
毎回椎名先生にお目にかかると、元気をいただきます。
今回は「姿勢と呼吸」という題で勉強しました。
はじめに呼吸について胸と腹に手をあてて、自分の呼吸を感じます。
胸と腹とでどれくらいの割合で呼吸しているかを感じます。
修行道場に来ていると自然と腹式呼吸を覚えますので、腹で呼吸することの方が多くなっています。
それから呼吸の数を数えました。
先生が一分という時間を計って、その間に何回呼吸しているかを数えるのです。
普通一分間に十五回前後くらいだと聞いたことがあります。
坐禅の時には長く呼吸するように意識しますが、このときは普段の呼吸です。
十数回という人が多かったのでした。
一番少ないという修行僧は六回でありました。
私も皆さんと一緒に行っていました。
普段の呼吸でいいと思いながらも息を数え出すと、自然と長い息になってしまって、一分で四回の呼吸でありました。
椎名先生は、この頃は海外の方にも呼吸法を教えておられるようで、とある海外の方で一分間三十回を超える人がいたと話してくれていました。
激しい運動をした時ならそういうこともあるかもしれませんが、普段でそれは多いでしょう。
疲れるのではないかと思いました。
人間は一日でおよそ二万回呼吸していると言われています。
一分間に十五回呼吸しているとすると、一日で二万一千六百回になるのです。
もっとも睡眠しているときには、かなり呼吸数は少なくなります。
それにしてもそれほどの呼吸を普段はほとんど意識しないで呼吸しているのです。
呼吸法も心を調えるには大事ですが、この普段の無意識の呼吸が私たちを生かしてくれているというのは、実に人知を超えたはたらきであります。
椎名先生に姿勢の指導をいただいていると、毎回のように肋骨の後傾を指摘されてきました。
これは修行僧にも多いようであります。
「よい姿勢を作ろう」とすると、どうしても力んでしまって肋骨が後傾してしまいがちです。
これは反り腰にも通じます。
お腹の方は広げられますが、背中の方には広げられません。
呼吸はお腹周りが三百六十度すべての方向に広がって呼吸できるのが深くていい呼吸です。
私も椎名先生のおかげで肋骨を後傾しないように意識するだけで、背中や腰のまわりにまでしっかり息が吸えるという実感ができるようになりました。
そして腰回りに緊張がとれるようになったのでした。
欠点を指摘してくださることは有り難いことであります。
竹を使った椎名先生独自の方法で肩甲骨の周り、大転子の周りなどを、じっくり時間をかけてほぐしてゆきます。
肩をほぐすのには、二人で一組になってお互いに竹を使ってほぐしてゆきます。
気がついてみると三時間があっという間に過ぎていました。
終わってから立ってみると、とても心地よく、しかもどっしりとして立つことができます。
椎名先生はいつも「上虚下実」という言葉を示されます。
これは文字通り「上は軽く、下は充実して安定している状態」です。
上虚は上半身の状態です。
特に肩や胸、頭のあたりが「ゆるんで力みがない」状態です。
下実は下半身の状態です。
特に腰・丹田・脚にしっかり重心があり、「安定し力が充実している」状態をいいます。
身体からみると、肩や胸に余分な力が入っておらず、下半身に重心が落ちていて地に足がついていることです。
そうすると、心のうえでも、頭であれこれ考えすぎず、落ち着いて、腹(丹田)に据わって、下が満ちているようになります。
反対は上実下虚です。
これは、上半身に力が入りすぎ、下半身が不安定な状態です。
これでは落ち着きがなく、転倒しやすく、気が上がってしまいます。
時間をかけて体をほぐして自然と上虚下実ができるようになりました。
そうして一分間に何回呼吸するかをみんなで数えました。
私はなんの意識もしませんが、一回吐いて吸って、その二回目を吐いていて一分となっていました。
二回にも満たない数でありました。
そんな意識もしないのにこれだけ穏やか呼吸に変わっていました。
一分に四回だったのが、一回半になっていたのでした。
意識せずともそれだけ呼吸がゆっくりと穏やかになっていたのでした。
姿勢と呼吸が連動していると学んでいたつもりでありましたが、改めて深く知ることができました。
横田南嶺