禅を読む – 其の二 –
はじめに『体で読む禅』「公案禅実践のためのウォーミングアップエクササイズ」と銘打って、禅文化研究所理事長の松竹寛山老師が御自らご指導くださいました。
そして第一講座が『禅の書物の読まれかた』「日本における禅籍の受容と応用」として国文学研究資料館准教授のディディエ・ダヴァン先生が講義をしてくださいました。
それから第二講座が小川先生で今回は
『禅の語録を読んでみる』「尋思去」というご講義でした。
そして最後に、『今、禅の語録をどう読むか?』と題して、小川先生と私とが対談をしました。
何度拝聴しても小川先生のご講義は、お声もよろしく聞きやすく、分かりやすく、聞いていて心が明るくなってきます。
今回のご講義は、特にお力が入っておられたように感じました。
今回は「尋思去」という言葉をもとに講義をしてくださいました。
石頭禅師が若い頃に、晩年の六祖禅師に参じていました。
六祖禅師は六三八年に生まれて七一三年に亡くなっています。
石頭禅師は、七百年の生まれで、七百九十年に亡くなっています。
六祖が亡くなった時には、石頭禅師はまだ十三歳でした。
あるときに石頭禅師が六祖禅師に禅師がお亡くなりになったあとはどうすればいいですかと聞きました。
六祖禅師は、「尋思去」とのみこたえます。
「尋思」について、小川先生の『禅宗語録入門読本』には、
「スジミチをたどって思考するという動詞」の意味があると解説されています。
「ずっと思考してゆけ」「つまり、人などに師事せず、どこまでも自分自身で深く考え続けてゆけ」という意味として厳粛に受けとめたのでした。
「尋思し去れ」の「去る」は、動作が遠ざかってゆく様子を表す補語で、ここでは時間的に未来に向かってずっとし続けてゆくという意味です。
そのあと『五燈會元』には次のように話が続きます。
こちらは小川先生の『禅宗語録入門読本』から現代語訳を引用させてもらいます。
「六祖が身まかられた後、希遷はいつも静かな処で坐禅し、まるで生きることを忘れたかのごとき寂滅のさまであった。
そこで首座が問うた。
「老師はすでに亡くなられたというに、空しく坐してどうするのだ?」
希遷、「老師の遺されたお教えに従えばこそ、こうしてただ“尋思〟しているのです」
首座、「おぬしには思和尚(行思)という兄弟子があって、今、吉州に住持しておられる。
おぬしの因縁は、そこにある。
老師がたいそう直截に仰せられたのを、おぬしが勝手に取り違えておるだけだ」」
というのであります。
「尋思去」は、尋思し去れという意味ではなく、思を尋ね去(ゆ)けという意味だったのです。
禅僧の名前は二文字あって、その下の方の字で呼ぶことが多いのです。
青原禅師は、六祖禅師の法をお継ぎになった方であります。
生年はわかっていませんが、七百四十年にお亡くなりになっています。
石頭禅師にしてみれば、六祖門下の大先輩なのです。
青原禅師は行思というお名前です。
行思の下の字「思」が通称になっているのです。
尋思ではなく、思を尋ねるという意味なのです。
そしてこの場合の「去る」という字は、さきほどの時間的に何々し続けてゆくという意味ではなく、空間的に、離れたところに向かって何々しにゆくという意味になるのです。
「尋思去」という言葉を誤解していたのでした。
その要因は二つあります。
「尋思」という言葉に、スジミチをたどって思考するという意味と、もうひとつ行思禅師を尋ねるという二つの意味があったことです。
それから「去る」という補語に、時間的に何々し続けるという意味と、空間的にどこどこに向かってゆくという二つの意味があったのでした。
この二重の解釈があって誤解となったのでした。
話はそれだけなのですが、その中で実に微に入り細に入り丁寧に解説をしてくださいました。
最後に次の話があります。
こちらも小川先生の現代語訳を引用します。
「希遷はその言葉を聞くと、ただちに六祖の墓塔に礼拝して別れを告げ、まっすぐ吉州の静居寺に参上した。
青原行思禅師、
「そなた、どちらよりまいられた?」
希遷、「曹渓(六祖のところ)でございます」
青原、「そこから何を持って来た?」
希遷、「曹渓に行く前から、何も失ってはおりませぬ」
青原、「ならば、わざわざ曹渓になど行ってどうする?」
希遷、「曹渓に行っていなかったら、どうして、何も失っていなかったことが解ったでしょう」」
という問答になっています。
本来既に仏であり、なにも六祖禅師のところに行く前からも何も失われてはいないのです。
もともとなにも失っていないのならどうしてわざわざ六祖禅師のもとに行くのか、そんな必要はないのではないかという問いに、六祖の所に行かなかったらどうしてなにも失っていないことが分かっただろうかというのです。
六祖のもとに行ったからこそ、行く前から何も失っていないことが分かったのだという話です。
なにも失ってはいないというのは、もともと既に十分具わっているのです。
ありのままで仏であるという禅の教えであります。
それが後に、ありのままではいけない、ありのままの自己を打破して悟りを開かないといけないという教えに変容してゆきます。
ご講義のあとでは、小川先生と対談をさせてもらいました。
このありのままの肯定とありのままの否定とこの二つが相まって禅の思想は展開してゆくのです。
どちらが正解だという到達点はないのです。
そこを小川先生は、悟りは永遠の運動だと表現されています。
禅にはこの相反する二つの教えが矛盾することなく存在しているのです。
一切の否定と一切の肯定とが同時にあるのです。
対談の時間は三十分だけでしたので、小川先生と禅語録の出会いなどからお話をうかがっていると、ほんの少し話をしたつもりでももう時間になっていました。
ともあれ、多くの方からは小川先生のご講義の素晴らしさに感動したというお声をいただきました。
やってよかったとしみじみ思う「禅を読む」の企画でした。
ご参加くださった方には感謝いたします。
横田南嶺