古稀と還暦
藤田一照さんが古稀で、私が還暦ということから、二人の坐禅会を行ったのでした。
一日がかりの坐禅会でありました。
午前九時半から始まりました。
午前中は私が今取り組んでいるイス坐禅を二時間行いました。
二時間の坐禅ときくと、二時間じっと我慢してたいへんだと思うかもしれませんが、全くそんなことはありません。
今回もはじめにつまらない話をして皆さんを笑わせておいて、気持ちをほぐし、それから一時間ほどかけて体をゆっくりとほぐしてゆきました。
股関節の周り、肩や首などをほぐしてゆきます。
ゆったりした動きの中でゆるめてゆきます。
それに合わせて呼吸筋も使ってゆきます。
肺を上下、左右、前後に広がるように運動を工夫します。
息を吸うと、肺が大きく膨らむ感覚を味わってもらいます。
それから大事なのは足の裏であります。
足で床を踏むということを何度も繰り返しました。
この頃はタオルで結び目を作って、それを踏むことをしています。
これがほどよい柔らかさなので、押しつぶす感覚を得やすいのです。
まずは立つ姿勢を作ることから始めました。
重心が定まって、まっすぐに立てると、実に心地よいものです。
床を踏んで立ち上がる気持ちで立つのです。
頭頂をタオルでおさえておいて、少し膝を曲げて頭を押し上げるようにすると腰が立ってまっすぐになります。
そうして肩や上半身の力を抜くと楽になります。
立つ姿勢から今度は坐る姿勢へと移ります。
坐ると途端に姿勢が崩れてしまいがちです。
体のどこで坐るかが大事です。
まず仙骨と座骨の位置を確認してもらいます。
仙骨をさすりながら、仙骨がここに立っていると意識します。
座骨を確かめて、座骨で座面をしっかり押しつけるようにして坐ります。
それから立ち上がる姿勢を何度か繰り返しました。
イスから立ち上がるのをゆっくり行うのです。
少しずつ体が前傾してゆき、足に重心がかかって、お尻が浮き上がりそうになります。
まさに浮き上がって、お尻とイスの間に紙一枚が入りそうになる時に腰の角度をしっかり覚えてもらいます。
これでイスに坐るのです。
楽に坐れます。
皆さんがとても良い姿勢になっているのが感じられました。
みんなが良い姿勢になると、まるで皆さんが一本一本の木になったように見えます。
森の中にいるような気持ちで坐れるのであります。
ちょうどイスの坐禅している最中は、修行道場の鐘がなっていました。
ほどよい遠さから心地よい鐘の音が響いてきてなんともいえない心地よい時間でありました。
それから少し休憩をはさんで、更に少し坐ったのでした。
二時間はいつも都内のイス坐禅の会で行っているのと同じ時間ですが、アッという間の二時間でした。
それからお昼のお弁当を各自で召し上がっていただきました。
そして十二時半からは、一照さんの坐禅指導であります。
こちらは本格的に座布団の上に坐る坐禅であります。
一照さんの坐禅も丁寧に体をほぐすことから始まりました。
アメリカで長く坐禅指導されていた一照さんは、座布団に坐る習慣のない外国の方に、いきなり坐を組ますのは無理だとわかり、丁寧に体をほぐすことを研究されてきたのです。
私などと違ってはるかに多くの方から学ばれ、研究を重ねられてきた方法は実に洗練されていてお見事であります。
はじめに手の指から始まりました。
この指をほぐしてゆくだけで体が緩んでゆくのが感じられます。
そして体の芯からあたたまってくるように感じるのです。
それから合掌行気法というのを行って頭や喉、胸や腎臓に自分の手をあてる自己手当法を習いました。
更に二人ペアになって肩に触れるというのを行いました。
そして足首まわし、膝まわし、股関節まわしにテニスボールを使って骨盤底をほぐすというのを行いました。
骨盤底をテニスボールでほぐすのが新鮮でした。
そうするとどっしりと坐れます。
こちらは二時間がアッという間というか、二時間ではまだ足りないくらいに感じました。
そのあと一般の皆さんからいただいた質問に答えてゆきました。
たくさんの熱心な質問をいただきました。
皆さんがとても真摯に坐禅に取り組んでおられることがよく伝わってきました。
はじめに「笑い」について質問がありました。
「笑い」は身体や心によいと言われますが、一照さんと私の二人に笑いについての考えを聞きたいというものでした。
一照さんは、もともととても厳しい修行に耐え抜いて来られた方であります。
はじめて円覚寺で坐禅なされた時にも笑ってはいけないと指導されたと仰っていました。
それが日本にティク・ナット・ハン師が来日されてその通訳を務められた時、ティク・ナット・ハン師から「イッショウ、スマイル」と言われたのでした。
そして「修行は楽しいものでなくてはなりませんよ」と言てくださったというのです。
それに続けて
「ブッダもそうだったんですから。
気難しくしかめっ面をしている人の周りには、人は集まりません。
ブッダが愉快で幸せそうに歩いているから、その周りに人が集まったんですよ。
ブッダの生き方を見習おうとしている私たちもそうでなければならないし、そういうあり方ができるような修行をしているんですよ」と微笑みながら諭してくださったという体験を話してくださいました。
高校の先生から、ご自身は今ここを追求する坐禅の価値を知って、それを若い方々、生徒たちにも伝えたいと仰いました。
生徒達に今ここを探求する価値を教える良い方法がないでしょうかという質問でした。
一照さんはそれには、「自分が見本になることだ」と答えられていました。
教えるということよりも自分が学ぶことが楽しい、それが周りに伝わってゆくのだというのです。
一照さんがお若い頃に指導を受けた野口三千三先生のことを話してくださいました。
野口先生はご自身で楽しんでおられたというのです。
楽しんで学び続ける後姿に人は引きつけられてゆくというのです。
これは私も全くの同感なのです。
ほかにもいろんな質問をいただきました。
一照さんには丁寧にお答えいただきました。
共に学ぶ喜びに満たされた思いであります。
二十代の青年から八十代の方まで、そして関東近辺はもとより、京都や遠く九州からもお越しくださった方がいらっしゃいました。
みなさんと一日充実して学ぶことができました。
最高のお祝いをいただいた思いでありました。
横田南嶺