「菩薩」に会った
それは坪崎美佐緒さんであります。
坪崎さんのことは、大久保寬司さんのお話を聞いて知りました。
大久保さんの話というのは、いつもお世話になっている村上信夫さんの次世代継承塾で対談なされているのを聞いていたのでした。
オンラインでの拝聴だったのですが、なんと素晴らしい方がいらっしゃると感じ入ったのでした。
大久保寬司さんというのは、日本IBMでCS部長をなさっていた方で、退社されてからは「人と経営研究所」を設立されている方であります。
次世代継承塾で話をされていたことに、
「幸せな人は幸せな生き方を選択している人」だと仰せになっていました。
相手が何を言うか、それは相手の自由です。
世の中にはいろんな考えで生きておられる人たちがいます。
ただその相手の言動や行動にどう対応するかは自分自身の選択なのです。
「幸せな生き方を選択するとはどういうことか、物事の見方考え方捉え方」なのだというのです。
具体的に人から嫌なことを言われたとします、
その時にそれに真っ向から相対して、腹を立てたりしては、それは不幸せになります。
大久保さんは
「ところが嫌なことを言われたときに、嫌なことに対応しないで、この人はなんで嫌なことを言うんだろうと、その問題がどこにあるのだろうと言う興味関心が深くなる」というのです。
きっと相手にはそうする理由が必ずあるはずだと考えてみるそうです。
そしてそれを理解した時に相手は変わるのだというのです。
「人を変えようとしても変えることはできないのです。
人は理解された時自分で変わっていくんのです。」というお話に私も深く感銘を受けました。
そしてそのような生き方を実践している人がいるというのです。
大久保さんは、「北の菩薩」だとおっしゃっていました。
今の世に「菩薩」と呼ばれるような人がいるのだろうかと興味を持ちました。
坪崎美佐緒さんという方だと聞いて、その著書もあるというので、早速取り寄せて読んでみました。
『いま、目の前にいる人が大切な人』という本であります。
この本を読んで、是非とも一度この著者に会ってみたいと思いました。
そんなことを思っていると、その間に立って取り次いでくれる方が現れて、なんと先日お目にかかってお話を拝聴してきたのでした。
しかも大久保さんと坪崎さんとご一緒にお目にかかることができたのでした。
都内の駅で待ち合わせたのですが、初めてお目にかかる坪崎さんは、一見すると「ごく普通の方」でいらっしゃいます。
お話していても謙虚で、純朴な感じがしました。
北海道の方でいらっしゃいます。
著書のプロフィールには、
「プロコーチ、コミュニケーション講師、 マナー講師。
コーチング・オフィス self-esteem (セルフエスティーム)代表。
1964年6月生まれ。 北海道旭川農業高校出身。
1993年、結婚後は専業主婦として家事や子育てを楽しむ。
2007年、ひょんなことからパートに出ることになり、このことが後の人生を大きく変える。
2008年、 コーチングに出会い、 2010年に資格を取得する。
2010年、RISE マナー認定講師になる、その後、日本プロトコールで資格取得。
2011年、この仕事で人の役に立ちたいと self-esteem を開業。 コーチ、マナー講師として活動を始める。」
と書かれています。
コーチングという仕事がどのようなものか、私にはよくわかっていないのですが、坪崎さんは、私が想像していたようなコーチングをなさっているようにはお見受けしませんでした。
『いま、目の前にいる人が大切な人』という本には、坪崎さんが実際に体験されたたくさんの話が綴られています。
そしてそれぞれの話に、大久保さんが短い解説をつけてくださっているのです。
たとえば、坪崎さんが二十代の頃に原因不明の病気で入院した折に、同室のおばあさんがいろいろと問題を起こしていたそうなのです。
それが坪崎さんと一緒にいることで変わってゆくのです。
大久保さんの解説を一部参照しましょう。
「食事も水も摂れない原因不明の病。医師からは余命1ヶ月の宣告。
よほどの重病であったことがわかります。
そのような状態の時に、とんでもないおばあちゃんの隣のベッドに。多くの患者さんが1日と一緒にいられない。同室になった患者さんはすぐに他の部屋を所望し、出て行かれる。
毎日、看護師や家族とケンカ。なのに美佐緒さんは「出たいと思わなかった」。
そんな時でも「この人にできることは、笑顔で声をかけること」と考え、「おはようございます」と「おやすみなさい」を言い続け、結果、おばあちゃんが変わりだす。
きっとおばあちゃんに生き甲斐が生まれたのだと思います。
「この若いお嬢さんに元気になってもらう、そのために自分にできることをする」
人に喜んでいただける、お役に立てるのは誰にとっても嬉しいものだと思います。
きっと人間の本質に根差しているのでしょう。」
と書かれています。
先日坪崎さんとお話していても、どんな人にあって、どんなことをいわれようが、どんなことをされようが、決してなぜ自分はこんな目に遭わなければならないのかとか、あの人はひどい人だとは思わないのだそうです。
その人も素晴らしい心をもっているのに、なにか原因があると思うのだそうです。
大久保さんには、『あり方で生きる』という著書があります。
その中に「人を変えることはできない、しかし、人が変わることはできるということ」と書かれています。
「相手に指を向けて、相手を変えようとするのではなく、指は自分に向ける。
そこから解決に至る糸口を掴むことはできるのです」というのです。
坪崎さんは、そのことを実にさりげなく実践されているのだと感じました。
本の中に不登校の中学生と対話するうちに、学校に行くようになったという話があります。
その不登校だった生徒が、さらに不登校の生徒を坪崎さんに紹介して、ともに学校に行くようになったのです。
坪崎さんは本に次のように書かれています。
「「研修を終えると、先生方は驚いて、
「なぜ、彼らは変わったんですか?不登校生が、不登校生を大人に紹介したなんて、聞いたことがありません。一体、何を話したんですか?」
「どんなふうに説得したんですか?」
など、口々にご質問をいただきます。
「私はただ、話を聴いていただけなんです」とお伝えすると、
「私たちだって聞いています。何時間も費やしているんです。でも、全然変わりません。なぜなんですか?」と、さらに質問をいただくことになります。
それでも、やはり、私の答えは変わりません。
「私は、ただ、いま、目の前にいる大切な人の話を、大切に聴いていただけなんです」」
というのであります。
これはまさしくその通りなのだと思いました。
先日お目にかかっても坪崎さんはお話を聞く方に熱心でありました。
途中から、このたびのご縁の一番のもとを作ってくださった村上信夫さんもお越しくださって話はさらに盛り上がりました。
三時間以上話をしていましたが、あっという間でありました。
坪崎さんは、ただ頷いて熱心に聞かれていました。
そのお姿に私は心打たれました。
いろんな人の話を聞きながら、その人が幸せになるようにと祈っているのだとおっしゃるのです。
ここには書き切れないのですが、なるほど、この世に菩薩のような方はいるのだと確信した一日でありました。
横田南嶺