臨機応変
五月五日には「すぐやめる新入社員」と題して書かれていました。
はじめに
「今年入社した新入社員が1カ月もたたないうちに退職し、それも退職代行業者からの連絡で、企業側が驚いたという報道があり、これには衝撃を受けた方も多かったと思う。
昭和生まれの方は、「つらくてもすぐに辞めずに3年はそこで頑張ってみなさい」「雑用でも、自分に向いていないと思っても、まずはやってみるといつか役に立つ」などと言われ、それが常識だったし、何度も職を変えるのは「職を転々とする」と表現されて、忍耐できない人という烙印(らくいん)を押されたものだが今は全く違うようだ。」
と書かれています。
こんな話を私なども耳にするようになりました。
そういう風になっているのだと思ったりしていました。
今の若者は辛抱が足りないと言われそうですが、海原先生は、
「そんな時代なのか、そんな若者が多くなったら困ると思う方もいらっしゃるかもしれない。が、その判断はちょっと待ってほしい。若者の現状を聞くと、なるほど、と思うこともあるのだ。」
というのです。
どういうことかと思って読んでみると、
「入社して数カ月で退職する場合は適応障害などの場合が多いが、入社してすぐの退職は合理性を重視したドライな判断という印象がある。報道や退職した若者の友人の話によると、入社してすぐの退職の理由は、「条件が入社前の説明と違っている」「上司の態度が高圧的」のような場合が多いようだ。」
ということがあるようです。
更に「現在の若者は違いが大きいか小さいか、という問題ではなく、事前に提示された条件と「違う」ことが問題なのだ。雇用契約という観点で考えて、説明が違うのは信用ができない企業、というとらえ方をする。」
というのであります。
そこで「高圧的な態度の上司や若者に対して人としての敬意を払えない言葉遣いをする上司に対しては、若い世代は、「相手を変えることはできない」ことを知っていて、ここにいても自分がメンタルを害するだけだ、と判断する。そこでやめるなら早い方がいいと思うのだ。」そうです。
似たようなことは私どもの修行道場においても聞かれるようになってきました。
数年前から、修行道場でも、なにも特別なことをしたわけでもなく、なんの問題もないと思っていても修行僧がいなくなってしまうということを耳にするようになりました。
ある方は、それは沈み行く船からはネズミが自然と逃げ出すように、もう宗門の未来がないと思って去ってゆくのではないかと仰っていました。
元来禅の道場では、来る者拒まず、去る者追わずと言ってやってきたのでした。
ただ、他所の修行道場を出てきたけれども、まだやってみようと思って私のところの修行道場に来る人も何人もおります。
こちらはどんな事情があろうが、まずは受け容れてあげようと思っているのです。
そんなことを思っていると、釈宗演老師が、その著『臨機応変』に次のように書かれていました。
「近來は禪學が流行するので、官吏や學生等が暑中休暇や、冬の休暇を利用して避暑避寒のつもりで鎌倉に来るものが少なくはない、
中には熱心に参禅しようと云う求道者もあるが、間には時代思潮の流行に伴うて、浮いた心で素見(ひやか)し半分にやって見よう位で来るものもある、
或いは紅塵萬丈の火宅にあって年末の債鬼に責められ、年始の面倒なる交際が蒼蠅さに、一種の避難所として来るものも無いとは限らぬ。
何れにしても五月蠅い世間を逃れて安楽な出世間的な禪堂生活をして見ようと言ふものが多いから、當然寒暑の避難所たると同時に娑婆の苦界を避けようとする避難所たるの觀がある、之を要するに、有形無形の廣い意味に於ける經濟的打算より出して、比較的有効と認めて其の上に或一種の好奇心が手傳つて来る連中も決して少なく無い。
左様なのは此方では直ぐ解るけれども何れは避難所たるべき専門道場のことであるから、達磨大師が二祖慧可に斷臂をさせた様なことは致さぬ、又庭詰などの様な形式もとらんが、此れ等は今日の趨勢上やむを得ぬのである。」と書かれています。
更に「楞伽の家風」と題して次のように説かれています。
楞伽とは宗演老師の室号です。
「現代は其の形式あつて其の精神なく、小怜悧の者多くして大根機の者なく、凡てが容易簡單をする時代思潮は如何ともすることが出来ぬ、今日に於て庭詰だとか斷臂だとかの精神は夢にも見ることが出来ない、
又それに峻厳な形式を現代人に要求するのは無理である、
故に何れの方面でも可い避難所と目して来た者には臨機應變な抜苦与楽を行うのも佛陀の本懐であらうと思ふ。
世間の批評は種々雑多であらう、而し老衲の考へでは縁なき衆生は度し難しだが、折角避難所として求道の形式を踏み、或る煩悶を提げて来る者には應病與薬するのが、佛の大慈悲心だと思ふ。
夫れ故に今日は玉石混淆の雲水、居士をも收容して居るのである。
そして病に應じて薬を説き機に應じて導く方針である」
と書かれているのです。
避暑地のように思って来る者でも追い返したりせずに、それなりに導いてゆくというのです。
宗演老師の広いお心が伝わります。
それだけに宗演老師の晩年に円覚寺を訪れた南天棒老師は、「僧堂はうわさほどにない、今少し引きしめた方がよい」と仰っています。
今も修行道場に来る者は、やはり色々です。
はじめはあまりやる気がないように見えても毎日道場で過ごしているうちにだんだん変わってくることがあります。
少しずつでも禅や仏教に関心を持ち出すこともあります。
そう思って、私のところでは今も臨機応変、その人その人に応じてどうにか指導してやっています。
横田南嶺