合掌できない子
三上師は、二十年ほど前に、「合掌ができない(知らない)子どもたち」に出会ったというのであります。
地蔵盆という地域の行事で、合掌してお経を称えようとしたところ、合掌していない子どもが何人かいたのだそうです。
「合掌を知らないのか」というと「知らん」というのでした。
「ご飯食べるときにするやろ」というと「してない」というのです。
そうして三上師は愕然としたのでした。
なぜ愕然としたかというと、「合掌」は「宗教行為の基本動作」であり、「それができないということは僧侶、つまり私自身の責任であると思ったから」というのであります。
そんなことが機縁となって、三上師は十年ほど前に『合掌ができない子どもたち』という本を出されたということでした。
合掌は大事なことだと思います。
私は『合掌のこころ』という小冊子を作ったことがあります。
そのはじめに、
「管長に就任して間もないころ、毎月の本山の法話会に、最前列で話を聞いて下さっている老紳士がいました。
私もまだ四十代の半ばでしたので、こんな若僧の話に耳を傾けて下さるお姿に恐縮する思いでありました。
後になって、円覚寺の法話会に通うようになったきっかけを伺うことができました。
なんでも、お若い頃海外の出張先で、ホテルに泊まろうとして、フロントで氏名住所などを記入したところ、その記帳の最後に宗教という欄があったらしいのです。
その方は、何気なしに「無宗教」と書いて出したというのでした。
すると受付の方が、「無宗教」と書いてあるのを見て、「宗教も持たないような人は泊められない」と言ったのだそうです。
どうしてかと問うと、「宗教も持たない人は何をするか分からない、恐ろしくて泊められない」ということでした。
しかしながら、そのホテルに泊まることができないと、まわりに別のホテルがあるわけではないので大変なことになってしまうそうで、何とか泊めていただけないかと、たどたどしい英語で懸命にお願いをしました。
しかし頑として「宗教も持たない人は泊められない」と言って譲らない。
困り果てて思わず、両手を合わせて、「どうか頼みます、頼みます」と懇願したらしいのであります。
すると、フロントの方が、その手を合わせる姿を見て「あなたは仏教徒ではないのですか」と聞いてきたといいます。
思わず夢中で「そうだ、仏教徒だ、仏教徒だ」と言ってどうにか泊めてもらえたというのでした。
仏教について何も知らないのに、仏教徒だと偽って泊めてもらって命拾いをしたので、日本に帰ってから、仏教を学ぼうと思って円覚寺に赴き、当時の管長朝比奈宗源老師のお話を聞きに通い始めたのだという話でした。」
という話を書いています。
それから更に、
「曹洞宗の沢木興道老師もその著『観音経講話』の中で
「西洋人はラジオを発明したり飛行機を発明したりしたが、東洋人はその代りに合掌を発明した。
この合掌を発明するために、東洋人はどれほど長い間瞑想したか分らない。
実に微妙なことで、理屈ではない。
人間、こうやって合掌したら、夫婦喧嘩もおさまるし、のぼせも下る」と説かれています。
沢木老師は言葉も通じない外国に出かけても、「こうやって手を合せると仲よしになる。そこで何処でも掌を合わせて歩き廻った。
これは世界共通の敬礼で、こうやって合掌されて腹を立てる者はおらぬ」と合掌して過ごされたと仰せになっています。」
という沢木興道老師の言葉も紹介しています。
そして坂村真民先生の「手を合わせる」という詩の一節を引用させてもらっています。
手を合わすれば
重い心も軽くなり
濁った心も澄んでくる
生かされて生きて花薫る
楽しい世界にしてゆこう
二度とこないこの人生を
(『坂村真民全詩集第四巻』より)
『合掌のこころ』という小冊子と、それ以外にも書いてきた『戒のこころ』『観音さまのこころ』『延命十句観音経のこころ』『六はらみつのこころ』を合わせて一冊にして『仏さまのこころ』という本を作りました。
最初に『合掌のこころ』を説いて手を合わす大切さを説き、次に『戒のこころ』で生活を正し、そして慚愧のこころを説いて、『六はらみつのこころ』で仏道の実践を説いて、『観音さまのこころ』で慈悲の心を説き、最後に『延命十句観音経のこころ』で観音さまのこころ、慈悲のこころを常に保ち続け念じ続けることを説いているのであります。
この一冊で仏教の大切な教えを学べるようになっています。
出版してからも大変好評のようで、増刷の知らせをいただきました。
少しでも多くの方に手を合わせることの素晴らしさと、手を合わせることから気づくことのできる仏さまの心の尊さを知っていただきたいものであります。
この本は、主に各御寺院が施本に使ってくださるものなので、一般の書店やインターネットなどでは購入できません。
もしお求めになりたいようでしたら、概要欄に円覚寺への申し込み方法を記しておきますのでご参照ください。
横田南嶺