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臨済宗大本山 円覚寺

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2021.06.01
今日の言葉

笑いやまず

日本講演新聞の五月二十四日号の社説に、愛知県に住む理学療法士である伊坪浩幸さん(60)のことが書かれていました。

伊坪さんという方は、「笑いを使った腹式呼吸」を普及させるため、全国を講演して回っているというのです。

社説にも、伊坪さんの笑いのことを、

「腹の底から響き渡り、幸せが広がっていくような彼の笑い方は「プロの笑い」を感じさせる」と書かれています。

そんな伊坪さんですが、かつてひどいうつ病を患っていたそうなのです。

薬も服用され、その副作用にも悩まされて苦労されたというのです。

社説には、「薬を服用したことにより、副作用で度々睡魔に襲われた。患者を診る空き時間に横になることが増えた。すると同僚から「最近よくさぼっている」と陰口を叩かれるようになり、辛くても横になれなくなった。実家は食料販売店を営んでいたが、近所にスーパーが出店し、実家の店はたたむことになった。程なくして父親が脳梗塞で倒れる・・・。

 「あの時はどんどん泥沼にはまっていきました。まさに負のスパイラルでした」と当時を笑顔で思い返す。」

と書かれています。

それが、ある日患者の見舞いに来られた方から、「笑い」を勧められてました。

その方は、がんから回復された方だというのでした。

「とにかく、笑いまくれ」という言葉に従い、伊坪さんは、車で一時間かけて通勤するその車中で、「がんが治るなら、うつ病は当然治るだろう」と三年間笑い続けたのでした。

しかし、いっこうに改善の兆しがなかったのでした。

それでも笑っている間は、気分が沈むことがないので続けていたそうです。

ある方から、腹式呼吸で笑うときっと効果がありますよとアドバイスを受けて、実践し、現在まで八年間笑いを使った腹式呼吸を実践しているとか、笑いを進化させたことによって、劇的に症状は改善し、うつは消えたと書かれていました。

そんな記事を読んで、黒住宗忠の話を思い出しました。

黒住教の教祖黒住宗忠は、すばらしい方で、私も尊敬申し上げ、いろいろと黒住宗忠の教えを研究しています。

黒住宗忠には、「笑う修行」という教えがあります。

『太陽の神人 黒住宗忠』を参照しますと、

長く肺病で寝ていた人の家へ、宗忠が招かれた時のこと、宗忠は病人に向かって、次のように語りました。

「長いご病気で、さぞお困りでしょう。しかし、このように陰気になっては、おかげは受けられませんから、今日から、つとめて笑う修行をしてください」と。

宗忠が帰った後、病人は「笑う修行」という言葉にとまどいながらも、ワラにもすがる思いで、さっそく寝床から起き出て神前に向かいました。

しかし、いざ笑おうとしても、顔がひきつってどうしても笑えません。

今まで病気のためにずっと陰気になっていたものだから、笑おうにも笑えなかったのです。

そこで仕方なく寝床に戻り、また、やおら起き上がっては笑おうとがんばりました。

ある夜、神前で笑う修行をしている時に、燈火の明かりでふすまに映っている自分の影が目に入りました。

必死になって笑おうとしている、その自分の姿が、いかにも滑稽で、思わずおかしさがこみ上げてきました。

そして、腹の底から笑い声が出てきたのでした。

家の者がその笑い声を聞きつけて、何事かと思って急いで行ってみると、病人は床からぬけ出して笑い転げているではありませんか。

「一体、何をそんなに笑っているのか」とたずねたところ、理由を聞いて家族中で大笑いをしました。

すると、それまで沈みがちだった家の中の雰囲気が、それを契機に明るくなり、家族に笑いが戻りました。

そして、いつのにか病気もよくなったという話です。

私も好きな話です。

何も特別意味がなくても、笑っているとおかしくなるものです。

おかしくて笑っていると、心が明るくなるものです。

そんなことを思い起こすと、ちょうど馬祖禅師のお弟子の水老和尚のことを調べていて、これまたおもしろい話なので紹介します。

水老和尚は、馬祖禅師に参じて、禅とはどのようなものですかと問いました。

馬祖禅師は、いきなり水老和尚を蹴り倒しました。

そこで、水老和尚は気がついたのでした。

気がついて手を拍って大笑いしたというのです。

随分手荒い指導で、今の時代では問題になってしまいます。

ただ何を示そうとして、何に気がついたかということが大事で、馬祖禅師は、水老和尚に、禅とは他に対して聞くのではなく、そのように聞いている、まさしくあなた自身にすべて具わっているのだということを、もっとも端的に身を以て示してくれたのでした。

そのことに気がついたので、今まで外に求めていたことがなんと愚かだったかと身にしみて、そうしてただ可笑しくてしかたなくて、大笑いしたのでした。

寺に住してからも、仏法とはどのようなものですかと問われて、手を拍って大笑いしたという問答が残っています。

手を拍ってお笑いする、そこに仏法が丸出しになっているのです。

水老和尚が、後に説法なされて、自分は、かつて馬祖禅師に一蹴りされてから、その時の笑いが今もやむことがないのだと言われています。

笑いやまずというのが、いいなと思います。

笑う修行、これもいいものだと思います。

やっているうちにおかしくなるものです。

 
横田南嶺

笑いやまず

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