四十年前の感動
今から、四十年ほど前に、読んで感動した本なのです。
感動したのは、中学から高校の時で、そのあと、大学に入って、僧堂で修行していて、その本のことも忘れていました。
もう一度読んでみたいという思いを持ちながらも、その本は入手が困難で、どの本だったかも、思い出せなくなっていました。
しばらくの間、古書店の目録を見ては、椎尾弁匡僧正の本を探していました。
目録を探しても、よくあるような本ではありません。
これかなと思って注文してみても、どうも違っていたということがしばしばありました。
そうして、もう何年前であったか、ようやく見つけることができました。
『仏教の要領』という昭和三十二年発行の本であります。
さて、この本のいったい、どこに感動したのだろうかと、ページをめくって探しながら読んでいました。
これだったと思う一節がありました。
「我が心、我が身体としたものは、我の我とすべきものはなく、身心悉くはこれ天地の大なる顕現であり、宇宙一切が総合関係して感応する作動となる。
自己のものとなる何物もない。
呼吸なければ、一塊の肉団となる。
その呼吸も遙かに草木に通じ、一呼吸も我が発明努力するところの結果ではない。
呼吸は天地の大作用であって、我が呼吸ではない。
かくの如く、飲食も言語も、動作も、思想も、われがよくなし得るところのものではない。
皆すべては、自然社会の総合し育成する因縁和合のものである。
このことに気づいて、釈尊の覚の第一義が開かれたのである。
自我とせる執縛の無明は破れて明星輝き、自我に基づける邪見思惑は除去されて、勇ましき活躍感謝の奉仕を感じたのである。
この慈眼によって現出する世界が、実相の世界であり、一如の世界であり、空の世界である」
というのです。
私が、幼少の頃から、問題としてきたのは、「死」の問題でした。
「死」とは何であるか、死んでどこにゆくのかということについて考えて、その答えを求めて仏教にたどりついたのでした。
松原泰道先生の本を読むと、
仏教とは、死を問いとして、それに答えるに足る生き方を教えるものである
という言葉にであって、これこそ我が求める道だと思ったのでした。
それと同時に、生きた禅の老師のお姿に触れて、その教えを確かに実証された人がいるというのも、大きな確信になったのでした。
その「死」の問題というのは、この私の「死」なのであります。
この私が、死んでどこにゆくのだろうと考えるのですが、そもそも、その私なるものは、無いのだと仏教では説かれているのです。
この私が消えてどうなるのかと思っていたのが、その私なるものは、椎尾弁匡僧正の言葉によれば、私ではなく、身も心も天地の大いなる顕れであり、宇宙一切のものが総合して関係している作動なのだと説いているのです。
自己も自己のものも何物もないというのです。
そうなると、この「死」に対する答えを求めるというよりも、この問いそのものが無くなるのであります。
私達は、自分で呼吸していると思っています。
しかし、本当に自分でしているのかというと、椎尾弁匡僧正の言われるように、自分で発明して自分で努力してやっているものではありません。
天地の大作用というように、これは天地のはたらきなのです。
この身も、この呼吸も、この心もすべて天地の大いなるはたらきであれば、死んでどこかに行くなどという問題は消えてしまうのです。
天地の大いなるはたらきの中の一コマに、生ととらえられる時があり、死ととらえられる時があるだけのことでありましょう。
すべては、この天地社会の相互に関係しあって和合したものなのです。
そうすると、「自我に基づける邪見思惑は除去」されるのです。
除去されれば、そこから顕れるのは、「勇ましき活躍感謝の奉仕」というのです。
こういうことを、椎尾弁匡僧正は、お釈迦様の悟りの智慧の眼が開かれたことについて説明されていたのでした。
椎尾弁匡僧正は、浄土宗の方でありましたが、このような教えには、自力も他力も区別はありません。
自我に基づく邪見思惑を離れることが大切なのです。
修行して、新たな自我を生み出しては迷いを増幅させるだけです。
呼吸にしても然り、呼吸法を行うのは悪いことではありませんが、あまり呼吸法に固執してしまうと、新たな執着になってしまいます。
我を離れて、天地のはたらきとして呼吸しているのです。
それに身を委ねます。
天地のはたらきのままの坐禅です。
椎尾弁匡僧正が説かれていることを、単なる知識として理解するだけではなく、実際に自分の坐禅を通して体験したいと思ったのでした。
四十数年前に感動した文章を読んで、今も感動を新たにしています。
肉体は、四十年も経ってしまうと随分衰えてしまいますが、感動する心は衰えることはありません。
今読むと、なお一層、深く、身に染みて味わうことができます。
横田南嶺