親の恩に報いる
今北洪川老師は、十九歳の時に既に大阪の中之島で塾を開いて儒学を教えていました。
そんな時に、『孟子』を読んでいて「浩然の氣」の一章に触れて、孟子は浩然を説くが、
自分は浩然を実践したいと意を決して出家しました。後に天下の名僧と謳われた洪川老師ですが、
はじめは親の期待を裏切って出家したので、親に不孝をしたという思いが強かったのだと思います。
そこで、円覚寺に今私たちが坐っている坐禅堂を開く時に、『正法眼堂亀鑑』という一文を草して、
修行者達に、親の苦労の恩に報いるには、どうしたら良いのかと問いかけました。
親にご馳走を食べさせてあげることも、学問を成就して名を挙げることも、或いは読経して菩提を弔うことも、
充分ではないと仰せになっています。では、真に親の恩に報いるにはどうしたらいいのか。
洪川老師は、ただ真実の仏法を求めて辛く苦しい修行をして、世の宝となるような僧になることひとつだと説かれました。
洪川老師ご自身の親に対する深い思いが現れた言葉だと思います。
森信三先生は、「眼を閉じてトッサに親の祈り心を察知し得る者、これ天下第一等の人材なり」と仰せになっていますが、
親の恩をしみじみと感じて修行することを忘れてはなりません。洪川老師の文章を読むたびに身にしみて思います。
{横田南嶺老師 入制大攝心提唱より}