「仁王のような気迫で坐る」
円覚寺僧堂では、今日から26日まで、月並大攝心(1週間の集中坐禅修行期間)になります。
唐の玄宗皇帝が病に臥せりました。高熱のなかで夢を見ました。宮廷内で小鬼が悪戯をしてまわり、
どこからともなく大鬼が現れて、小鬼を難なく捕らえて食べてしまうのでした。
玄宗が大鬼に正体を尋ねると、「自分は終南県出身の鍾馗だ」と言いました。
更に鍾馗は「自分は官吏になるため科挙を受験したが落第し、そのことを恥じて宮中で自殺した。
だが高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いるためにやってきた」と告げたのでした。
夢から覚めてみると玄宗の病は治っていました。そこで玄宗は著名な画家の呉道玄に命じ、
鍾馗の絵姿を描かせました。その絵は、玄宗が夢で見たそのままの姿でした。
玄宗は、鍾馗の絵姿には邪気を祓う効力があるとし、世の中に広めさせたのでした。
それで鍾馗の画は魔よけの効験があるとされるようになったのです。
鍾馗の画は必ず長い髭を蓄え、中国の官人の衣装を着て剣を持ち、
大きな眼で何かを睨みつけている姿となっている。
日本では端午の節句の男子の無事成長を願って飾られたりします。
魔除けには、この鍾馗さんのような気迫が必要なのでしょう。
この頃のゆるキャラのようなものでは魔除けにはなりますまい。
坐禅の気迫もこれに似ているところがあります。私たちの心には睡魔をはじめさまざまな煩悩妄想が魔の如く涌いてきます。
それを打ち払うには気迫が必要であります。ただボヤッと坐っていては一瞬のうちに魔の虜になってしまいます。
我々の坐禅は、ただリラックスするというようなものではありません。魔と戦う気迫が必要であります。
江戸時代の鈴木正三(1579~1655)は、坐禅をするにも仁王のような気迫で臨めと示されました。
「近年の仏法には、勇猛堅固の大威勢が失われている。みなただ柔和になり、殊勝になって無欲なって人良くはなっても、
怨霊となるような気迫で修める人はいない。勇猛心を修し出して仏法の怨霊となれ」ということをも示されています。
あるいは、仏道の修行には仏像を手本とするように示されました。初心の者がいきなり如来像をまねても駄目であって、
仁王さんやお不動様を手本にするように説かれました。強い気迫をもって、拳を握り歯を噛みしめ、敵と張り合う気迫で臨めば、
どんな魔も面だしできないと言うのです。このような仁王の勇猛な心で坐禅に取り組めと示されたのです。
我々の坐禅修行においては、大いにならうべきところがあります。
(平成30年11月20日 横田南嶺老師 入制大攝心 『武渓集提唱』より)