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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.09.24
今日の言葉

人生の深さ

先日は修行道場で森信三先生の『修身教授録』の読書会を行っていました。

不定期ですが、『修身教授録』をもとにして勉強会を行っています。

かつて森先生の高弟である寺田一清先生にお越しいただいて、直接ご指導いただいたのでした。

その方法に則って開催しています。

はじめに立腰、腰を立ててしばし瞑目します。

そうして身体と心を調えてから始めます。

『修身教授録』は全部で七十九講に分かれています。

その中の一章を取り上げて皆で読んでいきます。

一人ずつ各段落を声を出して読みます。

そうして一章を読み終えたら、一人ずつ、今回の章でどの言葉に感銘を受けたか、その感想などを話します。

そうして皆が一通り発表すると、最後に私が講評をして終わりとなります。

森信三先生は、明治二十九年(一八九六)に生まれ、平成四年(一九九二)に亡くなった哲学者であり教育者です。

「国民教育の師父」とも称され、日本の教育界に大きな影響を与えました。

森先生は京都大学で西田幾多郎先生にも学ばれていますが、単に哲学を知識として研究するのではなく、「人間はいかに生きるべきか」という問題を、生涯をかけて追究したところが特徴であります。

森先生は、難しい哲学を説くだけでなく、それを日々の暮らしの中で実践することを何より重んじました。

しつけの三原則などはその良い例です。

朝挨拶をすること、呼ばれたら「ハイ」と返事をすること、ハキモノを脱いだら必ずそろえ、席を立ったら必ずイスを入れることの三つです。

とても具体的な教えなのです。

また「人生二度なし」という言葉は、森先生の思想を象徴する言葉としてよく知られています。

一度しかない人生を、いかに真剣に、誠実に生き切るかという問いが、その教えの根底にあります。

『修身教授録』は、森先生がまだ四十歳そこそこの壮年期に、教師を志す若者たちを前にして、人生とは何か、教育とは何かを真剣に説いた講義の記録なのであります。

先日の読書会で取り上げたのは、第十四講、「人生の深さ」でありました。

この読書会も何年も行っていますので、私などはどの章であろうと、何度も読んだことがあるものです。

それでも毎回気づきがあるものです。

人生の深さとは何か、人生を深く生きるとはどういうことなのか。

森先生は「人生を深く生きるということは、自分の悩みや苦しみの意味を深く噛みしめることによって、かような苦しみは、必ずしも自分一人だけのものではなくて、多くの人々が、ひとしく悩み苦しみつつあるのだ、ということが分かるようになることではないか」と述べられています。

逆に浅い生き方というのは、「自分の苦しみや悩みを、ただ自分一人だけが悩んでいるもののように考えて」しまうことであり、そのために「人を憎んだり怨んだりして、あげくの果ては、自暴自棄にも陥る」という生き方であります。

「人生を深く生きるということは、自分の苦しみ、すなわち色々な不平や不満煩悶などを、ぐっと噛みしめて行くことによって、始めのうちは、こんな不幸な目に出合うのは自分だけだと思い、そこでそのことに関連のある人々に対して、怒りや怨みごころを抱いていたが、しだいにそうした苦悩を噛みしめていくことによって、かような悩みや苦しみを持っているのは、決して自分一人ではないということが分かり出して来る」というのです。

そうすると「自分の悩みや苦しみを噛みしめていくことによって、周囲の人々、さらにはこの広い世間には、いかほど多くの人々が、どれほど深い悩みや苦しみをなめているかということに思い至る」ようになるのです。

そこで森先生は、人生を深く生きるには「まず相手の気持ちを察することから始めたら」と仰っています。

森先生は、教師を志望する学生たちに「たとえば三年生としての諸君は、二年生時代の自分の気持ちを忘れずに、現在の二年生をいたわって、親切に穏やかに導くということでしょう。」と説かれています。

「そこで、そういう点からは、人間の真の偉さというものは、その人が自分のすぎさった過去を、現在もどの程度忘れずにいて、これを生かしているか否か、ということによって、決まるとも言えましょう」とも説いています。

「すなわち真に偉大な人というものは、つねに自分もまた人生の苦悩の大海の裡に浮沈している、凡夫人の一人にすぎないという自覚に立っている」という一言は肝に銘じたいものです。

「あらゆる人間の苦しみと悩みとに同感し得る人は、それらの人々にとっては、その苦しみと悩みとを救う力となるわけです。」とも仰せになっています。

自分の苦しみは、誰でも気がつきます。

しかし、人の苦しみには鈍感です。

身近な人が苦しんでいても気がつかないこともあります。

森先生は親鸞聖人の本を読むことを勧められています。

己の愚かさを真摯に見つめた方であります。

そして正直な思いを述べているのが、『歎異抄』でありましょう。

森先生は金子大栄先生の本か、暁烏敏先生の『歎異抄』の解説本をおすすめになっています。

苦しんでいるのは自分だけではない、世の中には同じように苦しみや悩みを抱えている方がたくさんいるのだと気がつき、その方々に思いを馳せることが、人生に深さを与えてくれます。

そして小さなことでもいいから、何かできることがないかと考えることが、更に人生を深く掘り下げていくのだと思います。

 
横田南嶺

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