無用の長物
中国の唐代の禅僧です。
「日日是れ好日」の語を残されたことでしられています。
雲門宗という宗旨の祖でもあります。
この方ははじめ睦州和尚のところに修行にゆきました。
この睦州和尚という方はとても厳しい方で、誰もとりつくしまもなかったのでした。
いつも人を指導するのに、門を跨ぐ者をつかまえて、「言え、言え」と言ったのです。
答えられないと、押し出して、「このでくのぼう」と言ったというのです。
こういう指導は今の時代では考えられないものです。
ここで「でくのぼう」と訳しているのは、岩波書店の『現代語訳 碧巌録』の訳によっています。
原文は「秦時轢鑚」といいます。
これは秦の始皇帝が阿房宮を建てる時に使った回転式の大きなドリルだというのです。
とても大きなもので完成したあと無用のまま打ち捨てられたそうです。
そこから無用の長物のことを言うようになりました。
阿房宮というと、『広辞苑』によると、「秦の始皇帝が、紀元前二一二年、今の陝西(センセイ)省西安市の西北に築いた大きな宮殿。項羽が焼きはらったときに三か月間、火が消えなかったという」建物です。
三ヶ月かかっても燃せなかったというのですから、その規模ははかりしれません。
無用の長物を譬えることばはいろいろあります。
「夏炉冬扇」という言葉もあります。
『広辞苑』には「時機にあわない無用の事物のたとえ」
と書かれています。
芭蕉の言葉として「予が風雅は夏炉冬扇のごとし」というのが用例に出ています。
「臘月の扇子」という言い方もします。
臘月は十二月ですから、十二月の扇子というとたしかに役に立つものではありません。
浄土真宗大谷派の淸澤満之先生は、自らを「臘扇」と号したと言われています。
芭蕉の「夏炉冬扇」にしても淸澤先生の「臘扇」にしても単に世間の役立たずという意味だけではありません。
淸澤先生にしてみれば、世間の価値から見れば、自分は冬の扇のような存在かもしれないが、それでもなお、人間の真の価値とは何か、自己とは何かを徹底して問い抜こうという決意が表れていると察します。
芭蕉にしても、敢えて世間的な価値には迎合しない決意も見てとれる気がします。
『荘子』には役に立たないものとして「樗」の木の話があります。
「私の所に大木があって、人々はこれを樗(にわうるし)と呼んでいる。太い根本は節くれ立って墨縄の当てようがなく、小校はかがまってコンパス・定規にかからない。道端に立っているのだが、通りかかる大工は振り向きもしない。さて、あなたの学説だが、大きいばかりで役に立たず、大衆の誰一人として振り向かない代物ですな。」
荘子が応じて、「君もきっと狸狌(やまねこ」を見たことがあるだろう。地に伏せて低く身構え、出歩く獲物を窺い、それを追って東に西に跳ね回り、木の上、穴の下を物ともしないが、最後は罠にはまるか、網にかかって死んでしまう。ところが、あの斄牛(からうし)は、大きさが天空深く垂れこめた雲のよう。これにできる能と言えば、ただ大きいだけで、鼠一匹も取るではない。ところで、君はそんな大木を持ちながら、役に立たないと悩んでいる。万物の根源たる虚無の村里、果てしなく広がる実在の荒野にこれを植えて、その傍らでぶらぶらと無為に過ごし、その下でゆうゆうと昼寝でもされてはどうだろう。斧・斤(まさかり)で伐られもせず、凶害を加える物もないのだから、いかに役立たずであっても、何の困ることもあるまい。」
と講談社学術文庫の『荘子 全訳注』に訳されています。
役に立つものばかりが価値あるのではないのであって、見方を変えると、一見役に立たないものだからこそ、かえってその生命を全うできるとも言えるのです。
円覚寺の誠拙禅師も周樗というお名前であります。
また大きな瓢箪の話もあります。
あまりに大きな瓢箪で役に立たないという話です。
荘子は大きな酒樽でも作って、湖に浮かべて遊ぼうではないかというのです。
私たちは、役に立つか立たないかで物事を判断しがちです。
役に立つということはたしかにいいことではあります。
しかし、役に立たないからといって卑下することもありません。
樗の大木は材木にはならないからこそ長く生きられましたし、そのおかげで大木となって人々に木陰を与えることができました。
冬の扇である臘扇も、世間から見れば無用ですが、清澤満之先生はその名をあえて名乗り、そこから自己とは何かを深く問い続けました。
その教えはまた多くの人の生きる力にもなってゆきました。
「秦時轢鑚」、このでくのぼうと言われてしまうと、元も子もないように思いますが、そう言われた者でも後にきっと大きなはたらきをした者もいるように思うのです。
横田南嶺