自我を生む修行
「禅宗略論」の二回目であります。
前回、禅宗の特徴として、
一番に「伝灯」の系譜を共通に信奉していること、禅は特定の教祖や聖典を持たないのですが、お釈迦さまから達磨大師、六祖慧能禅師という伝統の系譜を信奉しているのです。
それから二番目に、「清規」というインド以来の戒律のほかに独自の規範をもって、それにもとづいて独特の集団的修行生活を営んでいることがあります。
それから三番目に「問答」と「語録」です。
禅はなんといっても問答が特徴であります。
問答といっても、師匠が弟子に正解を教えるのでなく、問答を通して修行者自身に悟らせるという手法を取ることです。
その結果、そのやり取りを記録した膨大な語録群を残しているのです。
そしてこの三つの特徴に、共通して前提となる教えがあります。
それが即心是仏ということです。
伝統の仏教では仏に成るのには、長い長い年月がかかるとされていました。
三阿僧祇劫といっています。
無限といってもいいほどの長い時間です。
そんな長い時間をかけて仏になる為に修行をしていくという教えでした、
それが禅では、みんな誰しももともと仏なのだと説いたのでした。
まさに当時の仏教からすれば禅は「異端邪説」であったのです。
当然そのような、もとから仏である、ほかならぬあなたの心こそが仏であるという教えなどは経典に説かれていません。
そこで禅では、それはお釈迦様から代々不立文字、教外別伝で、文字によらず、経典とは別に心から心へと伝えられたきたのだと説いたのです。
達磨大師は、インドから中国に見えて、自らの心こそが仏であると伝えたのだと説いたのでした。
馬祖禅師は、自心是れ仏、此の心即ち仏と説きました。
黄檗禅師は、一切の人は全体仏だと説かれました。
そのことを説明や論証を介さずに直に示したのです。
西天四七、東土二三といって、お釈迦様の教えを継いだ迦葉尊者を初代としてインドの祖師方が二十八代あります。
そして達磨大師を初祖として六祖慧能禅師へと伝わります。
六祖禅師のもとから、南嶽禅師が出てそのお弟子が馬祖禅師です。
また同じく六祖禅師のもとから青原禅師が出てそのお弟子が石頭禅師です。
馬祖禅師の系統と石頭禅師の系統と別れてゆきました。
そうして系譜ができあがり、それを共通に信奉しているのです。
そうするとどんな利点があるかというと、小川先生は、
「自身の悟りが釈尊や西天諸祖のそれと同質・等価であると、自ら信じ他にも信じさせることができる。
系譜を共有する者どうしの間で、一体感・連帯感を保持し、且つ上下親疎の関係を整序できる。
一人の師から嗣法するだけで、系譜の全体に接続できる」
と示してくださいました。
しかし、そのように系譜が伝えられているのですが、何を得て法を伝えたとされているのでしょうか。
それが、特別な秘伝のような教えが伝えられているのではないのです。
そこで、法を得るということは、何も得ないことだという臨済禅師の言葉が紹介されていました。
今回は大慧禅師の語録の言葉も引用されていて、それが印象に残りました。
漢文の原文と訓読文を教えてくださったのですが、分かりやすく私なりに一部を意訳してみます。
大慧禅師は「この仏法の大事は、自分自身で直接に証得し、自分自身で悟って、初めて究極の真実であることが分かるというものです。
もし、ほんの一言半句でも、何か特別な意味や不思議な奥義や秘密の教えとして、人から人へ伝え授けることのできるものがあるとするならば、それはもはや正法ではありません。
正法というものには、本来、伝えるべきものも授けるべきものもないのです。
ただ「私が証し、あなたも証する」というだけで、眼と眼が向き合うように、心から心へと通じ合うことによって、仏祖のいのちである智慧が絶えることなく受け継がれていくのです。」と仰せになっています。
更に「もし師匠と弟子とが互いにその真実を確証することなく、自分の心の外に何か証明されるべきものを求めるならば、「禅には不思議な奥義や特別な秘密があって、それは伝えられるべきであり、授けられるべきものだ」という考えになってしまいます。
そうなると、「私は禅を会得しているが、あなたはまだできていない」という思いが生じ、人を見下す軽薄な心を起こしたり、自我への執着をますます強めてしまいます。」とも説かれています。
何かを得たという思いは、他の人は得ていないと見下してしまいます。
その思いは、自我を増大してしまうのです。
なにも得るものは無いというのは、なにか頼りないように思われますが、これこそ自我が増えることもない修行なのです。
修行をしたということが新たな自我を生んでしまっては元も子もありません。
横田南嶺