崖に咲く花
この頃はなかなかその時間もとれないのですが、時間があれば植木の刈り込みをしたりしています。
鋏をもって刈り込んでいると、いろんなことが思い出されるのです。
円覚寺の先代の管長足立大進老師には三十年近くおそばで修行させてもらったので、ことあるごとに思い出します。
庭の木が伸びてきて、剪定ばさみで刈り込むと、まだ早いと言われます。
まだこれから夏にむけて日差しをしっかり浴びる時だからまだだと仰せになるのでした。
そうかといってしばらくそのままにしておくと、刈り込みもしないとまた叱られます。
そんなことをよく繰り返していました。
こちらが刈り込んで、すっきりしたなと思っていると、切り過ぎだと言われます。
少し伸ばすくらいにしておくて、もっとしっかり刈り込まないと、と言われたものです。
そんなことを繰り返すうちに、これは何をどうやってもお小言を言われるのだと学びました。
このようなことをして何を学んだかというと、他人からどう言われようと、自分でこれが大事だ、これでいいと思うことを信念を持って貫くことです。
円覚寺は崖を切り開いて作られたようなところですので、崖が多くあります。
崖を刈り込んでいたりすると、足立老師はまたごきげんがよくありません。
そこの崖には卯の花が咲いて、その卯の花を朝比奈老師は大事にされていたのだと仰せになっていました。
これはなるほどと思ったものです。
なにもきれいに刈り込むだけがいいのではありません。
卯の花というのはウツギの一種で、いまごろ白いきれいな花を咲かせます。
卯の花に兼房見ゆる白毛かな
という俳句も思い出します。
花が咲いていないときには、崖に草が伸びているだけに見えてしまうのですが、初夏にはきれいな白い花を咲かせます。
また崖には山百合の花も咲くのです。
これはもう少しあとになると咲きます。
崖から山百合の花が花を咲かせている姿も風情があるものです。
足立老師は、この山百合の咲く季節になると、
見おぼえの山百合けふは風雨かな
という星野立子さんの俳句を色紙などに書かれていました。
以前見た覚えのある山百合がまた今、風雨に堪えながら咲いている情景であります。
崖から山百合が咲いているのを見ると足立老師が、この句を書かれていたのを思い出すのです。
私の住んでいる建物は崖に面していますので、かつてはよく落石があったものです。
小石くらいならまだいいのですが、けっこう大きな石や土も落ちることがありました。
若い修行僧たちをお預かりしていますので、けがをするといけませんので、何年も前に、崖に網をかけて落石を防ぐようにしました。
それ以来石が落ちることもなく安心して過ごしていました。
ところが、とある風雨の強い日に、崖の上から大木が倒れて落ちてきて、建物の屋根を貫通してしまうということがありました。
幸いに人がいなかったのでけが人はなかったのですが、もし人がいたらたいへんなことです。
山の木も危険なものはあらかじめ伐採するようにしていたのですが、気がつかなかったのでした。
瓦も割れて屋根も壊れましたので、職人さんに修理してもらいました。
そこで植木屋さんとも相談して崖を刈り込んだり、危険そうな木を伐採してもらいました。
お若い職人さんが連日木を伐り、崖を刈り込んでくれました。
かつては私も崖にもよじ登って草刈り鎌で刈り込みもしていたのですが、今回はかなり危険な高いところまで行うのでお任せしていました。
きれいに刈り込んでくれて、お若い職人さんに「きれいにしてくださって有り難うございます」と申し上げました。
職人さんは汗を拭いながら「さっぱりしましたね」と爽やかに答えてくれました。
有り難いことです。
有り難いことながら、私としては長年住んでいますので、崖のあのあたりには、毎年ツツジが咲いてくれていた、あのあたりの卯の花がきれいだった、卯の花が咲いて白い花が道に落ちている様子もよかった、などなどと思い出されるのです。
自分で崖を刈り込んでいた頃には、このあたりには山百合が咲くので注意しなければと思って行っていました。
今回のような大がかりな刈り込みとなると、そんなことを言ってはいられないのです。
人がけがをしては元も子もないのです。
崖に咲くツツジを見るのも好きでありました。
禅語に
石圧して笋斜めに出で、岸に懸って花倒しまに生ず
という言葉があります。
石に抑えつけられたたけのこは、石をよけて斜めになってでも伸びるのです。
断崖の花はさかしまになってでも咲いているのです。
たけのこも花も、どのような困難に耐えてでも生き続けようとします。
そんな姿に学ぶものがあります。
崖ですから、土もたくさんあるわけではありませんので、土の養分も少ないのです。
しかも崖ですから、逆しまになって花を咲かせます。
その花の色というのは、大事に育てられた庭のツツジとはまた違った濃い色をしているのでした。
崖に臨んだ建物に長年住んできました。
折に触れてそんなツツジの花の色や、卯の花の白い色、山百合の姿に励まされて、風雨を乗り越えてきたのでした。
きれいに刈り込まれましたが、まだ根が残っていればまたいつか咲いてくれるかもしれません。
崖に咲く花のことを思って崖を眺めていました。
横田南嶺