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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.03.17
今日の言葉

生きていることの奇跡

三月十日と十一日と、この時期はいろんな事を考えさせられます。

十日は、鎌倉市内のホテルで、鎌倉のロータリークラブで講演をさせていただきました。

鎌倉の有名な企業の方々がお集まりになっていました。

お昼ご飯を一緒にいただいて、一時間ほどお話させていただきました。

いつもは三十分の卓話といって、講師の話を聞く会らしいのですが、今回はなんと有り難いことに、一時間も取ってくださったのでした。

私はいつものように、「禅の教えに学ぶ」と題して話をしました。

ただ、その日は三月十日でしたので、はじめに東京大空襲の日であることに触れました。

もう直接体験された方は少なくなっています。

海老名香葉子さんには、円覚寺の夏期講座で、この空襲の話をしてもらったことを覚えています。

その海老名さんも昨年お亡くなりになりました。

東京大空襲は三月十日未明のことです。

二百から三百機と言われる爆撃機が、東京の下町を焼夷弾を使って襲いました。

わずかの時間で、お亡くなりになった方は十万人と言われています。

二十数万の家は燃えてしまったというのです。

私などには想像すらできないことであります。

それから三月十日というと、今から十六年前に、鎌倉では鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れた日でもあります。

大銀杏は八幡宮のみならず、鎌倉の町にとって象徴のような木でありました。

それが倒れてしまったのでした。

吉田宮司の悲しみはいかばかりか、これも察するにあまりあります。

その翌年の三月十一日は、東日本大震災であります。

その日の新聞を読むと震災に関連する記事がたくさんございます。

この時期にだけ思い出すのも、大いに反省させられるのですが、追悼の思いを込めて記事に目を通します。

読売新聞には磯田道史先生が津波について書かれていました。

一六一一年に東北地方を地震が襲っていたそうです。

それが徳川家康の動静を記した『駿府記』にある、

「伊達政宗が初鰹を献上。それで(使者が言うには)政宗の領地は海ぎわの人家に波濤が大きくあふれて来て、尽く流失。溺死者は五千人。世に津波というものらしい」という現代語訳が載っていました。

これが「津波」という言葉が文献に現れる初めとされていると書かれていました。

この地震は慶長三陸地震と呼ばれていましたが、今までは過小評価されていたそうです。

磯田先生は、この地震津波は東日本大震災に匹敵する規模だと書かれています。

四百年に一度は来るというのです。

大川小学校の今の写真も大きく載っていました。

この小学校では、児童七四名、教職員一〇名がお亡くなりになっています。

校舎から二百メートル離れた北上川の堤防を越えて津波が押し寄せてきたのでした。

私もこの小学校には何度かお参りさせてもらいました。

悲しい場所であります。

避難の方法についてはいろいろ言われていましたが、海も見えないところで、あれほどの津波がその時に予測できたかというと、とても難しいと感じました。

二〇二一年から震災遺構として一般公開されているそうで、年間多くの方が訪れるそうです。

神奈川新聞のコラム記事には、南三陸町の遠藤未希さんの事が書かれていました。

「急いで高台に避難してください」と防災無線で呼びかけ続けて津波に襲われてしまったのでした。

震災後には「命の呼びかけ」と称えられたのですが、お母様は「褒められなくていいから逃げてほしかった」と骨組みだけ残る庁舎を見て泣き続けたという話であります。

この場所にもお参りさせてもらったことを思い出します。

お参りした時には雨の降る日でありました。

防災対策庁舎は高さ十二メートルです。

見上げるような建物でした。

しかし襲った津波は一六メートルだったのでした。

その後ご両親は海の見える高台で、「未希の家」という一日一組限定の民宿を営んでいらっしゃるという記事でした。

それぞれの人生を思います。

午後からは建長寺様におうかがいしました。

鎌倉では神道、キリスト教、仏教の諸宗教者が、この日一堂に集まって祈りを捧げています。

はじめに神道の方々が大祓の祝詞を奏上されます。

毎年一度、この大祓の祝詞を拝聴しています。

「天つ罪 國つ罪 許許太久の罪」という言葉がいつも心に響きます。

「ここだく」は数え切れないほど多いという意味らしいのです。

最後には「祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 國つ神 八百万の神等共に 聞こし食せと白す」という言葉があります。

罪穢れを祓い清めてくださることをお祈りするのです。

罪や穢れを祓い清めてくださることを、天の神々、地の神々、そして八百万のすべての神々が共にお聞き入れくださいますようにと、ここに申し上げますという心であります。

それからキリスト教の方々がそれぞれ聖書の言葉を読んではお祈りされます。

「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです」という『新約聖書』 マタイの福音書にある言葉は印象に残ります。

讃美歌を聴く機会もほとんどないのですが、この日はいつも聞かせていただいています。

そして仏教の祈りは、観音経の世尊偈と呼ばれる偈文を唱和します。

建長寺の管長さまはご出向中で、僧堂の酒井老師が、御導師をお勤めくださいました。

一時間ほどの儀式であります。

震災の日を思わせる冷たい風の吹く日でありました。

その日はそのまま茨城県へと向かいました。

明くる日、茨城県のお寺で和尚様の葬儀を務めるためです。

夜遅くに水戸のホテルに入りました。

震災のあとに、水戸のお寺にもお見舞いしたことを思い出しました。

まだ地震の爪痕の残る水戸市だったことを思い出したのでした。

三月十一日は、須磨寺の小池陽人さんがYouTubeで法話をなされていました。

「人は死を目の前にしたときに、命の尊さ、大きさというものに気づいて、それ以外のものは取るに足らないものになるのだ」とお話くださっていました。

修験道で、命がけの修行をするのは、命の尊厳、尊さに気づくためなのだと説かれていました。

生きていることはそれだけで奇跡だというのであります。

震災の日にふさわしいお話だと思って拝聴させてもらったのでした。

生まれたこと、生きていることの奇跡を思う日でありました。

 
横田南嶺

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