この無常の世を生きる
あれから十五年の歳月が流れました。
先日八日の日曜説教でも、「あれから十五年」と題してお話させてもらいました。
あの震災は、私の人生にも大きな影響を与えました。
震災の前の年の四月に、私は管長に就任したのでした。
それまでは修行道場でただ坐禅だけをしていました。
そのあとも坐禅だけしていればいいと思っていました。
人前で法話や講演、話をすることはとても苦手でありました。
できればやりたくないと思っていたものです。
外に出かけるのも嫌いでありました。
だいたい車に乗れば三十分もすれば酔って気分が悪くなるというありさまでありました。
そんな人間が百八十度変わったといってもいいのが震災の体験でありました。
震災の二ヶ月後に、円覚寺派の被災寺院のお見舞いに行ったのでした。
電車も新幹線も使えませんので、車で行くしかありません。
車で横浜まで行くのも気分が悪くなる人間が、東北まで車で行ったのでした。
鎌倉に帰ってきて、自分が車に酔う体質だったことを思い出しました。
車に酔うことも忘れてしまっていたほどの衝撃だったのであります。
何かしなければ、何かできることはないか、それから真剣に考えるようになりました。
被災地に何度も足を運びました。
法話もさせてもらいました。
何かしなければと思って延命十句観音経を写経しては、現地にボランティアに行く修行僧達に託して届けてもらっていました。
延命十句観音経については折に触れて何度も何度も話をしてきました。
そんな中から延命十句観音経の意訳を作ったのでした。
延命十句観音経 意訳
観音さま どうか人の世の苦しみをお救い下さい
人の苦しみを救おうとなさるその心こそ
仏さまのみ心であり 私たちのよりどころです
この仏さまの心が私たちの持って生まれた本心であり
さまざまなご縁にめぐまれて
この心に気がつくことができます
仏さまと 仏さまの教えと
教えを共に学ぶ仲間とによって
わたしたちはいつの世にあっても
変わることのない思いやりの心を知り
苦しみ多い中にあって人の為に尽くす楽しみを知り
この慈悲の心を持って生きることが本当の自分であり
汚れ多き世の中で清らかな道であると知りました
朝に観音さまを念じタベに観音さまを念じ
一念一念 何をするにつけても
この思いやりの心から行い
一念一念 何をするにつけても
観音さまの心から離れません
というものです。
気仙沼の地福寺様には何度かお参りさせてもらいました。
本堂などを再建したばかりの頃に、あの津波で全てを流されてしまったのでした。
多くのお檀家さんがお亡くなりになりました。
観音様のお像をお届けしたことも思い出します。
あるときに地福寺様を訪ねると、本堂にこの延命十句観音経意訳を印刷してたくさん置いてくれているのを目にしました。
この意訳が被災でたいへんな目に遭われた和尚様のお心に何か響いたのでしょう。
皆でこの意訳を称えているのだと仰ってくださいました。
そこで、それなら皆で唱えやすいようにと延命十句観音和讃を作ったのでした。
延命十句観音和讃
大慈大悲の 観世音
生きとし生ける ものみなの
苦しみ悩み ことごとく
すくいたまえと いのるなり
苦しみのぞき もろともに
しあわせいのる こころこそ
われらまことの こころにて
いのちあるもの みなすべて
うまれながらに そなえたり
ほとけの慈悲の 中にいて
むさぼりいかり おろかにも
ほとけのこころ 見失い
さまようことぞ あわれなる
われら今ここ みほとけの
みおしえにあう さいわいぞ
おしえを学ぶ 仲間こそ
この世を生きる たからなり
われを忘れて ひとのため
まごころこめて つくすこそ
つねに変わらぬ たのしみぞ
まことのおのれに 目覚めては
清きいのちを 生きるなり
朝に夕べに 観音の
みこころいつも 念ずなり
一念一念 なにしても
まごころよりは おこすなり
一念一念 観音の
慈悲のこころを 離れざり
という和讃であります。
地福寺の和尚様には円覚寺にもお越しいただいて講演もしてもらいました。
「葬式無用、墓はいらないなんて言うのは、何でも無い時に言えることだ。
どうしようも無い時には、みな人はお墓を大事にしお寺をたよりにする」と仰せになっていました。
また「絶望のどん底には、もうただ祈るしかない」の一言は、体験した者ならではの千鈞の重みをもつと感じたのでした。
「震災で私達は多くの物を失った。かけがえのない家族や仲間、多くの財産を失った。しかし、それ以上のたくさんの人々のまごころをいただいた。」
と語られた言葉も忘れられません。
鎌倉では本日建長寺さまで、震災の法要を勤めます。
毎年三月十一日に鎌倉では神道、キリスト教、仏教の各宗教が、教義や宗旨の違いを超えて一つになって祈ろうと合同の法要を行っています。
神道、仏教、キリスト教の順に持ち回りで会場を設けています。
今年は仏教の当番ですので、建長寺様を会場にしてお勤めします。
その震災から十五年、あの後も熊本の地震をはじめ、各地で水害や噴火、地震など、災害が続いています。
大きな災害ならずとも、不慮の事故や病で身内を亡くすこともあります。
この無常の世の中を生きてゆかねばなりません。
須磨寺の小池陽人さんがいつも「一切皆苦」だと仰っていますように、苦に満ちた世の中であります。
しかし、その中で人は、このひとときを生かされていることに手を合わせ、感謝し、涙を流し、お互い手を取り合って支え合って生きてゆくのであります。
横田南嶺