こんぴら参り
かつて先代管長の足立大進老師が、金比羅にお参りされたことを思い出したのでした。
金比羅さんというと、「一生に一度はこんぴら参り」と言われたほどであります。
日本の有数の霊地でもあります。
私も一度はと思っていましたので、先日念願のお参りを果たしてきました。
素晴らしい聖地であると感動しました。
それと共にいろいろと考えさせられることもありました。
かつて大学時代にサンスクリット語を学んでいた折に、「クンビーラ」という言葉が出てきて、「ワニ」のことだと習いました。
そしてこの「ワニ」を表す「クンビーラ」が日本のこんぴらさんになっているのだと教わったのでした。
インドのワニが、どうして日本のこんぴらになったのかなと漠然と不思議に思っていました。
金比羅さんにお参りしても、どこにも「ワニ」のことを書いたものが見当たりませんでした。
不思議だと思ったのでした。
改めて『広辞苑』で調べてみると、
「金比羅」は(梵語Kumbhīra 鰐魚の意)
仏法の守護神の一つ。もとガンジス河にすむ鰐が神格化されて、仏教に取り入れられたもの。蛇形で尾に宝玉を蔵するという。薬師十二神将の一つとしては宮毘羅(くびら)大将または金毘羅童子にあたる。
香川県の金刀比羅宮のこと。」
と解説されています。
『広辞苑』にははっきりと、ガンジス川に住むワニのことであったと書かれています。
では金刀比羅宮とは何でしょうか。
これも『広辞苑』で調べてみますと、
「金刀比羅宮」とは「香川県仲多度郡象頭山(琴平山)の中腹にある元国幣中社。祭神は大物主神・崇徳天皇。もともとは 金毘羅を祀り、船人に尊崇された。毎年10月10日の大祭は盛大。金毘羅大権現。金毘羅宮。金毘羅さま。」
と書かれています。
ここにもはっきりと、もともとは 金毘羅を祀ると書かれています。
しかし、「もともと」という表現が気になります。
御祭神は大物主神とされています。
そして崇徳天皇を配祀するというのです。
「大物主神」とは『広辞苑』には、
「奈良県大神(おおみわ)神社の祭神。
蛇体で、人間の女に通じ、また祟り神としても現れる。
一説に大己貴神(おおなむちのかみ)(大国主命)と同神」だとされています。
大国主命は出雲大社にお祀りされている神様でよく知られています。
「崇徳天皇」というと、「平安後期の天皇。
鳥羽天皇の第1皇子。名は顕仁(あきひと)。
父上皇より譲位させられ、新院と呼ばれる。
保元の乱に敗れ、讃岐国に流され、同地で没す。
崇徳院は諡号」と解説されています。
讃岐でお亡くなりになった天皇さまであります。
いろいろと気になることがあります。
まずは「象頭山」という山の名前であります。
これは仏典に出てくる名前です。
それからもともと金比羅を祀るというのはどうなったのかなどが気になります。
いろいろ調べて見ると、明治初頭までは神仏習合で、象頭山(ぞうずさん)金毘羅(こんぴら)大権現と称していたようであります。
古代、松尾山すなわち象頭山の松尾寺に寺院守護神として勧請の金毘羅神と習合して金毘羅大権現の神格が成立したのではないかというのです。
松尾寺というのが、真言密教の大寺院であります。
しかし明治の神仏分離令によって、金毘羅大権現が鎮座してから付けられた山号であった象頭山から琴平山になりました。
村名は金毘羅村から琴平村になりました。
社名は金毘羅大権現から金刀比羅宮になったのです。
主祭神の名は大物主神と定め、崇徳天皇を祀るようになり、仏教的なものは取り除かれたようであります。
お参りして建物などは仏教的な影響が残っていると感じました。
かくしてインド由来の金比羅は姿を消して、日本の神様をお祀りする神社となったのでした。
なるほどと思ったのでした。
今も素晴らしい霊地であり、年間大勢の方がお参りしています。
その日も多くの方々が熱心にお参りされていました。
そんな姿にも感動するのであります。
象頭山というと、仏典にこんな話があります。
増谷文雄先生の『阿含経典による仏教の根本聖典』にある一節を引用します。
「世尊は、なおしばし、ウルヴェーラにとどまってのち、新しい比丘千人を率いてガヤーシーサ(象頭山)にのぼった。山上において、世尊は彼らに告げて言った。
「比丘たちよ、一切は燃えている。熾然として燃えている。なんじらは、このことを知らねばならぬ。
比丘たちよ、一切が燃えるとは、いかなることであろうか。比丘たちよ、眼は燃え、眼の対象は燃えている。
耳は燃え、耳の対象は燃えている。鼻は燃え、鼻の対象も燃えている。舌は燃え、舌の対象も燃えている。身は燃え、身の対象も燃えている。意もまた燃え、意の対象もまた燃えているのである。
それらは何によって燃えるのであろうか。それは、貪欲の火によって燃え、瞑恚の火によって燃え、愚痴の火によって燃え、生·老·病·死の焰となって燃え、愁·苦·悩·悶の焰となって燃えるのである。
比丘たちよ、かように観ずるものは、よろしく、一切において厭いの心を生ぜねばならぬ。眼において厭い、耳において厭い、鼻において厭い、舌において厭い、身において厭い、意においてもまた厭わねばならぬ。
一切において厭いの心を生ずれば、すなわち貪りの心を離れる。貪りの心を離るれば、すなわち解脱することを得るのである。」
という話であります。
そんな説法を思い出しながら金比羅山の石段を登っていました。
本宮までは七三五段の石段、奥社までは一三六八段をすたすた登ってきました。
かつては長い石段や山を下りると、膝がガクガクしたものですが、今回は長年の身体の研究をとりいれて膝に負担をかけない降り方を工夫してみました。
そのおかげで膝にはまったくの違和感も残らず快適に下りられました。
所要時間を示されているものよりはかなり早く登って下りてきました。
翌日も筋肉痛もなく快適でありました。
身体の使い方を工夫すればまだだいじょうぶだと思ったのでした。
楽に階段を上がる方法、膝に負担をかけずに階段を下りる方法など、興味があればお伝えしてあげたいものであります。
横田南嶺