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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.03.02
今日の言葉

禅問答は難しい

先日の小川隆先生の中国禅宗史講義では、馬祖禅について学びました。

終わりの方で馬祖禅師の教えを受け継がれた大珠慧海禅師について教えていただきました。

およその内容を意訳しますと、

馬祖禅師のお弟子である大珠禅師に、源律師という方が聞きました。

「和尚は、修行するのに、何か工夫をしているのですか」と。

工夫は「てまひま」のことをいうと教わりました。

てまひまかけてなにかしていますかという質問です。

大珠禅師は答えました。

「工夫している」と。

「ではどのような工夫をしているのですか」

と問われて、大珠禅師は、

「お腹が空いたらご飯を食べるし、疲れたら眠るのだ」というのです。

そう言われて源律師は、

「そんなことなら、誰でもやっています。世間の人と変わらないではないですか」と問います。

大珠禅師は答えました。

「世間の人とは同じではない」と。

「どうして同じではないのですか」と問われて、大珠禅師は、

「世間の人は、ご飯を食べる時に、ただ食べずにあれこれ考えて食べている。

眠る時にも、サッと眠らずにあれこれと考えている、ここが同じではないところだ」と答えました。

そう言われて律師も何も言えなかったという問答です。

この大珠禅師が馬祖禅師のもとで悟るときの問答も思い起こしました。

これもおおよそを意訳しますと、

大珠禅師が馬祖禅師に参禅しました。

馬祖禅師は、「どこから来たのか」と尋ねます。

大珠禅師は、正直に「越州の大雲寺から参りました」と答えました。

馬祖禅師は、「何を求めてここに来たのか」と問います。

大珠禅師は「仏法を求めて来ました」と答えます。

そこで馬祖禅師は言いました、
「自らに素晴らしい宝の蔵があるのに、それをおいて走り回っていって何をしようとするのか。私のところには、あなたに与えるものは何も無い」と。

そう言われてもまだ分からない大珠禅師は、礼拝して更に問いました、

「一体私自身にある宝の蔵とはどのようなものでしょうか」と。

馬祖禅師は、「今私に質問している者、それこそが宝の蔵なのだ。

その宝の蔵には、あらゆる教えが皆具わっていて何も欠けるところが無い。

そしてその宝を自由自在に使うことができるのだ。

そんな宝を持ちながら、どうして外に向かって求めようとするのか」と示されました。
大珠禅師は、そう言われてハッと気がついたという話です。

自分の心というのは、知る対象ではないのです。

知ろうとしている、まさにその心そのものが仏なのだと。

宝を探している、あなた自身が宝なのですよというのです。

こういう問答は実に痛快であります。

馬祖禅師の素晴らしい示し方であります。

小川先生はよく禅宗というのは「自己の心こそが仏であるという活きた事実を、活き身の自己と目前の現実に即しつつ、問答を通して求道者自身に自ら悟らせる宗教」だと説いてくださるのは、まさにこの通りなのです。

大珠禅師は馬祖禅師から「即今我に問う者、是れ汝が宝蔵」と言われて気がついたのですが、もうひと手間かかったのが無業禅師でありました。

馬祖禅師と無業禅師の問答についても、先日の小川先生のご講義で最後のところで学びました。

この問答については、小川先生の『禅思想史講義』(春秋社)に素晴らしい現代語訳がありますので、引用させてもらいます。

「馬祖の禅門が盛んであると聞いて、汾州無業が訪ねていった。

馬祖はその魁偉なる容貌と鐘のような大音声をとらえていう、

「堂々たる仏殿だ。 しかし、そのなかに仏は無い」

無業、「三乗の学問はおおむね究めました。しかし、禅門で説かれる“即心是仏〟 その意が未だ了(わか)りませぬ」

馬祖、「〝了らぬ”というその心、それがまさしくそうなのだ。ほかに無い」

無業、「しからば祖師西来の密伝とは、如何なるものにございましょう?」

馬祖、「そなたも、まことにうるさいことだ。ひとまず帰って出直すがよい」

そこで無業が一歩外に踏み出したその刹那、馬祖がだしぬけに呼びかけた。

「大徳!」

無業はハッと振りかえる。そこへ馬祖がすかさず問う。

「何だ?」

無業ははたと悟り、そして、礼拝した。

馬祖いわく、「鈍いやつめが、今ごろ礼拝などして、どうするか」」

というものです。

この最後の「鈍いやつめが、今ごろ礼拝などして」というのは、馬祖禅師も機嫌良く言われたのだと解説してくださっていました。

無業禅師は「了らぬという心が佛だ」と言われても気がつかなかったのです。

もうひと手間かけて、「大徳」と呼びかけられて、振り向いたところで、「是れ什麼ぞ」と問われて気がついたのでした。

これもまた「自己の心こそが仏であるという活きた事実を、活き身の自己と目前の現実に即しつつ、問答を通して求道者自身に自ら悟らせる」手段でありました。

こういう問答が唐代の問答です。

決して訳の分からないものではありません。

仏心仏性というのは、はたらきの中にこそあるのです。

「分からぬ」というのも心のはたらきですし、呼ばれてハッと振り向くのもはたらきです。

そのはたらきに、仏心仏性が顕わになっていることに気がつくのです。

それが宋の時代になって「公案」を用いて問答するようになると大きく変わってきます。

どのように変わったか、こちらも小川先生の『禅思想史講義』には次のように書かれています。

「そもそも唐代の問答は、一見、不可解でありながら、実はそこには悟るベき意味が含まれていました。

それが、不可解と見えるのは、師が一方的に答えを教えるのでなく、質問者自身に自らその答えを発見させようとーさらにいえば、他人さまに問うまでもなく、それを問うている己れ自身が実はその答えにほかならないのだと自覚させようとーやりとりが仕組まれているためでした。
ところが宋代になると、問答は、初めからいかなる意味も論理も含まない、絕対的に不可解なコトバー「公案」―として扱われるようになりました。

あらゆる意味を脱落させ、あらゆる論理を切断した、頑としたコトバのカタマリ。

そうであるがゆえに、修行者からすべての知的分別を奪い去り、その心を追いつめて捨て身の跳躍を迫るもの、そのようなものとして「公案」が用いられるようになったのです。」

と説かれている通りです。

趙州和尚の「無」の一字などはその典型です。

有る無しという意味を持たせないのです。

ただ「無」に全身全霊で取り組めというようになってゆきました。

知的分別をすべて奪い去るのですから、どんな答えをあれこれと考えて言おうが、すべて否定されてしまいます。

そうして万事窮するところに追い込んで気づかせるという手法であります。

これがこの頃なかなかうまくいかないと感じることが多くなりました。

先日とある方とお話していて、こんなことを聞きました。

この頃の子供は何でも親が用意をしてあげて、答えを常に教えてもらうようにしてもらっていて、自ら考える能力に乏しくなっているというのです。

そこで自ら答えを出せと言われると、そのことだけで、困ってしまい、精神的にも追い込まれてしまうこともあるそうなのです。

まして況んや出した答えを否定されたらどうしようかと悩むそうです。

今のお若い方には、答えを求められて、そして何を言っても否定されるようなやり方には耐えられなくなっているのかと思いました。

そうなってくると、「禅問答も難しい」と思うのです。

そういうときに、その方は、答えを求めるのではなく、今どのように感じているのかを話してもらうといいと言っていました。

なるほど、今の修行道場でも禅問答には積極的ではなくても、読書会をして、お互いにどう思うか、どう感じるかを発表してもらうと、よく話をしてくれるのです。

禅問答の難しい今、いろいろ指導の工夫もいるのです。

 
横田南嶺

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