森信三先生の教え
もうかれこれ十三回通っています。
おうかがいする頃になると、改めて森信三先生の教えを学び直しています。
初めておうかがいした折には、寺田一清先生も御元気で、鍵山秀三郎先生も御元気で、お二人が最前列で聴講なされて恐縮したのでした。
寺田先生のご縁で学ばせてもらうことができました。
寺田先生と初めてお目にかかったのは、二〇一二年の秋でありました。
もう十四年前のことになります。
その年の暮れに、致知出版社の企画で対談をさせてもらったのでした。
二〇一四年の二月から人間学塾中之島で講義をさせてもらっています。
その年の五月に寺田先生に円覚寺にお越しいただいて、読書会のご指導をいただきました。
それ以来、その方法に則って、読書会を継続しています。
そのときに、寺田先生は手書きの資料を用意してくださいました。
そこに書かれたいたことを紹介させていただきます。
森先生の教えが凝縮されています。
一、「人生二度なし」
これ人生における最大最深の真理なり
二、天下一等の師につきてこそ、人間も真に生き甲斐ありというべし
三、つねに腰骨をシャンと立てること
これ人間に性根の入る極秘伝なり
四、「朝のアイサツ人より先に」―これを一生つづけることは人としてー最低の義務というべし
五、逆境は神の恩寵的試練なり
六、幸福とは求めるものでなくて与えられるもの
自己のなすべきことをした人に対し天がこの世において与えられるものである
七、畏友と呼び得る友をもつことは、人生の至楽の一つといってよい
八、一切の人間関係のうちで夫婦の間柄ほど忍耐を要するものはない
前世の因縁によって結ばれたものであるーと肚のすわらない限り一生動揺のたえないものである
九、親から受けた恩の有無厚薄を問わない 父母即恩である
一〇、絶対不可避なる事は、絶対必然にして これ「天意」と心得べし
という十の項目でした。
それと、慈雲尊者の憶念法を書いてくださいましたが、これについては講義なされませんでした。
まず森先生のご生涯のあらましを紹介します。
明治二十九年愛知県知多半島にお生まれになっています。
三歳の時に、森家の養子となります。
十五歳のときに岡田虎二郎先生のお姿に接して、静坐法のうち腰骨を立てることに着手します。
そしてこの腰骨を立てることを生涯貫かれました。
二十代では福島政雄、西晋一郎などの諸先生より教育·倫理·哲学の教えを受けます。
三十代では「人生二度なし」の真理に開眼します。
ついで二宮尊德の『二宮翁夜話』に触発されて「真理は現実の唯中にあり」との学問観に開眼されました。
天王寺師範の専任教諭になって修身科を受け持ちます。
この頃の講義をまとめたのが『修身教授録』です。
昭和十二年から十三年頃のものです。
五八歳で神戸大学教育学部教授になられています。
平成四年九七歳でお亡くなりになっています。
森先生の呼び名については、寺田先生から頂戴している『森信三の生き方 信条』には次のように書かれています。
「呼び名について
先生のお名前の信三について「のぶぞう」か「しんぞう」か、どちらが正しいのかとお尋ねくださる方が随分多いのに驚いております。
私は、「幼にして『のぶぞう』、長じては『しんぞう』です。
森先生にもお尋ねいたしましたが、『しんぞう』で結構ですと仰言いました」とお答えしております。」
と書かれています。
腰を立てることについても『森信三の生き方 信条』に寺田先生が次のように書かれています。
「森信三先生は、二十一世紀を迎えずして一九九二年十一月二十一日、九十七歲のご生涯を終えられました。
最晚年を迎えられる五年前、「二十一世紀の教育において何が一番大事でしょうか」とお尋ねいたしましたところ、「それは君、立腰教育だよ」と直ちにお答えくださいました。
それを伺って、それほど身心相即の理に基づいて腰骨を立てる教育が最も優先されるべきことかと、改めて感じ取ることができました。
そもそも腰骨を立てる教育は、古来、日本に伝わる禅の伝統ですが、それを近代化されたのが、岡田虎二郎先生による「静坐法」でした。
そして、その静坐を教育に生かしたのが、森信三先生提唱の「立腰教育」なのだと理解しております。」
というのであります。
立腰教育と共にしつけの三原則はよく知られています。
一、朝の挨拶をする。
二、ハイと返事をする。
三、履き物をそろえる。
の三つであります。
仏教についても次のような指摘をなされています。
これも寺田先生の『森信三の生き方 信条』から引用します。
「森先生いわく、「真理は現実の唯中にあり。かくして全身心をもって把握せられた真理は、また現実改革の真理を内蔵せるものなり」と。
こうした見地からの進言として、「仏教再興の道」というお話をお聴きしたことがあります。次のような内容です。
(一)寺院は鐘を正しくつくだけでも、最低限その存在価值はあろうと思います。つまり鐘の音こそ広大無辺の説教であり、諸行の無常なることを下手な説教以上に分からすことができましょう。
(二)春秋の彼岸と土用と寒中に托鉢して、それを社会事業に寄付すること。
この二本立てで、仏教再建の歩みが始まることでしょう。」
というものです。
それぞれ肝に銘じたいものです。
禅の教えでも日常の実践を重んじていますので、森先生の教えと共通するところも多く、また学ぶものも多いのです。
横田南嶺