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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.02.01
今日の言葉

掃除

本日二月一日であります。

早くも二月となりました。

修行道場では、昨日の一月三十一日で雪安居が終わります。

次の雨安居の入制までは、制間といって少し修行がゆるやかになります。

もっとも朝のお経や坐禅などはいつもと変わることなく勤めます。

ただこの時期には、それぞれのお寺にしばらく帰ってもいいことになっています。

かつてはいろんなところを行脚してまわる者もいましたが、今ではあまり見なくなっています、

『法句経』の第一七二番には、

「また以前は怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人はこの世の中を照らす。あたかも雲を離れた月のように。 」

という偈があります。

この偈のいわれがなかなか難しいのです。

『仏の真理のことば註3』(春秋社)には、こんな話が書かれています。

「ひっきりなしに掃除をするのではなく、托鉢や学習の時間をきちんと持て」という話です。

サンマッジャニンという比丘の話です。

このお坊さんは、早朝に、或いは夕方に、と、時刻をはからないで常にひたすら掃除をしていたそうです。

彼は或る日ほうきを持って昼の休息の場所に坐っているレーヴァタ上座のところに行って言いました。

「この大なまけ者は人々が信仰によって与えたものを食ベて、ここに休息にやって来て坐っている。

ほうきを持って掃除することもできないのか」というのです。

一所懸命に掃除をしているこのサンマッジャニンという比丘は立派のように思えます。

しかし、レーヴァタ上座は「私は彼に教誡を与えよう」と考えて、
「来なさい。友よ」と言いました。

「何ですか。尊師よ」というサンマッジャニンに、

「君は掃除をして汚れているから沐浴してから来なさい」と告げます。

そこで、レーヴァタ上座は諭しました。

「友よ。比丘があらゆる時間に掃除をしてめぐり歩くのはよろしくないのだよ。

ではなくて、早朝だけ掃除をしてから托鉢に歩き、托鉢から戻って、やって来て、夜分に休む場所に、或いは昼間休む場所に坐り、三十二行相(身体を構成する三十二の部分、毛髪·皮ふ·骨·血·肉などのあり方、様相)を学んで、自分の身に滅尽・衰減をしっかりと確立して、夕方に思索から立ち上り再び掃除をするのが正しいのだ。」

常時掃除をするのではなくて、いわば自分のためにも時間は作られるべきであるというのです。

サンマッジャニンはその教えに従って阿羅漢の境地を得ました。

しかし、それまでのように掃除をしませんので、その場所は汚くなってしまいました。

すると比丘たちはサンマッジャニンに言いました。

「友よ。サンマッジャニン上座よ。

その場所は汚れています。なぜあなたは掃除をしないのですか」と。

そこでサンマッジャニンは

「私は放逸の時代にはそのようにしました。

今私は不放逸なのです」と言ったのです。

そのことをお釈迦様に告げると、お釈迦様は、

「サンマッジャニン上座は以前に放逸の時代には掃除をして歩きまわったが、しかし今や道の果の安らぎによって時を過ごして、掃除はしないのだよ」

とおっしゃったというのです。

そしてこの偈を唱えられたのでした。

「また以前は怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人はこの世の中を照らす。あたかも雲を離れた月のように。 」

という話です。

禅宗では掃除をすることを大事にしています。

掃除すること自体が修行であるとしています。

ですからいつも掃除しているとしたら、それは素晴らしいこととたたえられます。

ただそれは禅宗においてそのように教えられるのであって、お釈迦様の時代には、掃除をしておいて、そのあと、瞑想して修行をすることを大事にしているのであります。

そこまでは分かりますが、阿羅漢の境地を得たなら汚れても掃除をしないというのは私などには不可解であります。

禅では修行をしてもやはりほこりはたまるので、たえず掃除をします。

阿羅漢の境地になると、ほこりも汚れも無くなるということなのかと思いました。

もっとも掃除については、仏典にも周梨槃特の話があります。

チュッラパンタカこと周梨槃特は、聡明な兄に従って出家しましたが、わずかの偈も覚えることができませんでした。

あまりに愚鈍な為に兄からも見放されてしまい、寺から追い出されてしまいます。

悲しんでいる周梨槃特をお釈迦様が慰めます。

「チュッラパンタカよ、お前は私について出家したのだ。兄に追われたのなら、どうして私のところに来ないのか。さあ、私のところに来るがよい」と言ってくれました。

そこでお釈迦様は周梨槃特とに一枚の布を与えて、つぎのように教えました。

「ちり、あかを除け。ちり、あかを除け」言って掃除をするように教えたのでした。

掃除をするうちに手に持つている布はすつかり汚れてしまいました。

この布を見ながら、「この布はお釈迦様から手渡されたときは、手垢もなくまっ白だったのに、こんなに汚れてしまった。諸行は無常であるとは、こういうことを言うのであろう」と思いました。

そんな心の動きを知ったお釈迦様は、

「この布だけがちりやあかに染ったものと思つてはならない。

人間の心のなかにあるちりやあかを除きとることが重要なのだ」と教えました。

周梨槃特はお釈迦様の教えを理解してやがて阿羅漢の境地を得たのでした。

『ブッダとその弟子89の物語』(法蔵館)にある話を参照しています。

禅宗の立場では、やはりこの周梨槃特の掃除の話に心惹かれるのであります。

 
横田南嶺

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