空と慈悲
我が国では703年(大宝3)に藤原京の四大寺で修したのが記録に残る最古の例だといいます。
ではもともと中国ではいつ頃からか調べて見ました。
春秋社の『般若経大全』には次のように書かれていました。
一部を引用します。
『大慈恩寺三蔵法師伝』に記されていることです。
「竜朔三(六六三)年冬の一〇月二三日、功は畢り筆を終え、併せて六百卷を完成し、大般若経と称する。合掌して喜んで衆徒に告げられた。この経は漢地に縁がある。玄奘がこの玉華(寺)に来たのは経典の力である。先に都に在ったときには、さまざまな条件が錯乱しており、はたして終了のときがあろうかと思っていた。今、訳し終えることができたのは、皆、諸仏の冥加、龍天の擁護と助けのおかげである。これはつまりは国家を鎮める経典、人天の大きな宝である。衆徒はそれぞれ躍り上がり慶ぶのがよい。そのときに玉華寺の都維那である寂照は、翻訳の功が終わったことをお祝いし、斎を設けて供養を行った。この日、経典を請うて粛誠殿から嘉寿殿に行き、その斎所にて(大般若経を)講読した。(『大慈恩寺三蔵法師伝』第一〇、大正蔵五〇、二七六中)」
と書かれています。
その解説に、
「玄奘は顕慶五年(六六〇)正月から始め、足掛け四年かけて『大般若経』の翻訳を完成した。このことを祝って斎を設け、訳了した『大般若経』を講読したというのである。ここでは、講読となっているが、いずれにせよ、訳了を記念する祝賀の読誦であったのだろう。」
とございます。
玄奘三蔵が経典をインドから持ち帰って翻訳して、翻訳が終わって行われたのが大般若会の始まりなのです。
玄奘三蔵は、その経典をはるばるインドまで命がけの旅をして持って帰ってきて、四年もかけて翻訳し終えたのですから、感無量だったと察します。
そこで注目したいのが、玄奘三蔵が大般若経を訳し終えて大般若会を行ったのが、西暦六百六十年であり、日本で初めて大般若会が行われたのが西暦七百三年だということです。
四十年後にはもうすでに日本にその膨大な経典が伝えられて大般若会が行われていたのでした。
とても速いと感じます。
おそらく当時唐の国に留学していたお坊さんたちによって伝えられたのでしょう。
日本の歴史で大般若経の転読については、『続日本紀』(七九七年編)にあるそうです。
この書物は西暦六九七~七九一年の歴史を記録した史書です。
この時代には『大般若経』の転読についての記事が二十回現れているそうです。
『般若経大全』には古い次の三つの記録があげられています。
「大宝三年(七〇三)三月十日 四大寺に詔して、『大般若経』を読ましむ。度すること一百人。
神亀二年(七二五)閏正月十七日 僧六百人を宮中に請じて、大般若経を読誦せしむ。災異を除かんが為なり。
天平七年(七三五)五月二十四日 宮中及び大安、薬師、元興、興福の四寺に於いて大般若経を転読せしむ。災害を消除し国家を安穏せんが為なり。」
天平七年のところで「転読」という言葉が出ています。
四大寺とは、大安寺·薬師寺·元興寺·弘福(興福)寺です。
このような官立の大寺院で「消除災害、安寧国家」を目的とする読経が行われていたのでした。
大般若経では、智慧の完成について説かれています。
般若波羅蜜多とは智慧の完成と訳されるのです。
「現代語訳 大乗仏典1『般若経典』中村元 東京書籍」には次のように解説されています。
「われわれの経験するありとあらゆるものは実体をもっていない、いつかは消え失せるものなのです。けれども、われわれはそれを知らずに執着しています。
世俗的な常識の立場を超えて、人間存在の真実の姿にまで思いを馳せてみますと、すべてはまた違ったように見えてきます。
たとえば、他人と対しているとき、その人が自分と別の人であると思っているかぎりは対立感があります。
あなたはいつまでもあなたとして、また私は私としてずっとつづいている。そこに隔てがあります。けれども、隔てなどというものは仮のものではないか、お互いに因縁が集まって、こちらの人はこう現れ、あちらの人はまた別の形で現れる、ともに因縁によって現れたわけです。
この不思議な因縁に目をさますと、自他の対立感はなくなります。そして、そのような、とらわれのない清らかな気持ちになってこそ、慈悲の実践が可能になります。
しかし、相手にこういうことをしてやったのだと思っているうちは、まだとらわれがあります。自分が他人を救うのだと思い上がってはいけません。救う主体も空、救われるものも空、さらに救われて到達する境地も空なのです。
与える人、受ける人、与えるものの三つが清らかにならなければいけません。このことを「三輪清净」といいますが、そうなってはじめて、ほんとうの慈悲行ができると、大乗仏教は考えます。」
と解説されています。
更には、空と慈悲について、
「慈悲と空とは、実質的には同じです。哲学面から見ると空ですが、実践面からいうと慈悲になります。われとなんじが相対しているとき、そこに隔てがあるかぎり、われとなんじの対立はいつまでも残っています。けれど、その根底にある空の境地に立って自分の身を相手の立場に置いて考えるようにすると、そこから、ほんとうの意味の愛が成立します。それを仏教では「慈悲」とよんでいます。「慈悲」ということを、仏典ではまれに「愛」ということばで表現している場合もありますが、愛の純粋化されたものが慈悲である、ということがいえます。世俗の愛は、いろいろな要素がまといついています。純粋の愛というものは、不純物がありません。われわれが空の境地を体得すると、よい行いがおのずから現れでてきます。」
とも書かれているのです。
空であるからこそ慈悲が現れてくるのです。
智慧の完成は慈悲の実践となるのです。
横田南嶺