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臨済宗大本山 円覚寺

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2025.11.29
今日の言葉

たよりなし

先日二十二日の管長日記に、鎌倉エフエムのラジオに出たことを書きました。

今年から毎月一回生放送に出ているのです。

第一日曜日の時もあれば第三日曜日の時もあります。

村上信夫さんと行っているごきげんラジオという番組なのです。

そこで、こんな事を書いたのでした。

「スタジオに着いてみると、この放送に寄せられるお便りが少ないというので、皆さんがあわてていました。」と。

そして
「この生放送はミュージカル俳優の土居裕子さんの会と私の会とで交互に行っています。
ファンの多い土居さんの会ではたくさんのお便りがあるようなので、私の会で少ないというのは、私の責任ではないにしても申し訳ないような気持ちになるものです。
それでこの年内で降板させてもらうことにしています。」

と書いたのでした。

それをご覧になった村上さんから、

「お便りの数は、土居さんの日も南嶺さんの日も数に変わりはありません、
あの日は、たまたまスタート時に少なかっただけです。

今年で降板されるわけでなく、回数が減るだけです。

もしよかったら、管長日記でその旨お伝えください。」

というご指摘をいただきました。

土居さんのお便りが多いということはないそうなので、お詫びして訂正しておきます。

降板の件につきましては、私と致しましては、もともと一年のお約束でしたので、この一年でやめさせていただき、来年は第五日曜日がある日のみ出させていただくという思いでありますので、ここは認識の相違であります。

うれしい言葉の伝道師の村上さんだけに、優しくご指摘くださったのでした。

お便りが少ないといってあわてておられると、こちらも申し訳なくなりますが、お便りはこれから来ると言ってくだされてばこちらも安心するもので、言葉の使い方には気をつけなければならないと思ったのでした。

便りがくるのは有り難いことですが、便りがこないのも頼りないと思ったのでした。

便りというとこんな禅の話を思い起こしました。

玄沙師備禅師(835~903)のお話です。

玄沙禅師という方は、中国は唐代の禅僧であります。

もと漁師であったと伝えられています。

毎日父と共に漁に出ていたそうです。

一説によれば、お父様が漁をしていて水中に落ちてしまったのを、まだ出家していない玄沙禅師がお父様を救おうとしました。

ところがお父様を救うことができませんでした。

そこで玄沙禅師は無常を感じて出家したと伝えられています。

既に三十歳であったといいます。

また「謝三郎」とも呼ばれていました。

禅語に「謝三郎、四字を知らず」というのがあります。

字も読めなかったのかもしれないと言われています。

後に雪峰禅師について修行しました。

師匠の雪峰禅師も一目置いていたほどの、熱心な修行ぶりでありました。

ある時に、雪峰禅師から、諸方を行脚してくるように勧められました。

そう言われてもなかなか気が進まなかったようです。

四度も勧められて、ようやく旅に出ることにしました。

旅支度を終えて、出かけて嶺の上に上って、道の石ころにけつまずいてしまいました。

その瞬間に、忽然と大悟しました。

その折りに「達磨東土に来たらず、二祖西天に往かず」と言われたのです。

達磨大師はインドの国から中国に来たと言われていますが、どこにも行ってはいないというのです。

もうどこにも出かけてゆく必要はないということを玄沙禅師は悟ったのでした。

玄沙禅師はその後生涯福州を出ることは無かったというのです。

行脚するといって出かけた玄沙禅師が、すぐに帰って来たので、不審に思った雪峰禅師が、どうしたことなのか子細を聞きました。

玄沙禅師は、石につまづいて悟った体験の話をしました。

雪峰禅師も大いにその悟りの心境を認めたのでした。

更に雪峰禅師の教えを受け継いで禅風を挙揚するようにまでなりました。

後に寺に住してからは大いに教化をなされていました。

ある僧が「私はまだ入門したばかりで、どのように修行したらいいか分かりません。どこから手をつけたらいいでしょうか」と聞きました。

玄沙禅師は「川のせせらぎが聞こえるか」と問いました。

「聞こえます」と答えると、「そこから入れ」と玄沙禅師は言われたのでした。

玄沙禅師は石にけつまずいて開悟したと伝わります。

躓くと思わず「痛い」と叫びます。

それはいのちある確かな証拠でもあります。

川のせせらぎを聞くものは何でしょうか。

これもまたいのちあればこそ聞いているのです。

そのいのちはどこから来たのでしょうか。

計り知れない無限のいのちを今ここにいただいて生きています。

その事を実体験することが禅の修行にほかなりません。

玄沙禅師がある時に、師の雪峰禅師のもとに一通の手紙を修行僧に届けさせました。

雪峰禅師が、久々の玄沙禅師からの書状を開いてみると、何と白紙でありました。

届けてくれた僧に、「これはどういうわけなのか」と問うても、僧は答えられません。

雪峰禅師は、白紙の手紙を取りあげて、「分からないのか、君子は千里同風だ」と言いました。

「千里同風」とは「千里離れた土地であっても、同じ風が吹いている」という意味です。

どこにいても、心と心は通じ合っていることを表しています。

白紙の手紙を見事に読み解かれたのでした。

師匠と弟子の心が一枚になっていて奥ゆかしいと感じます。

ちなみに十二月のラジオの生放送は、二十一日午前10時から正午までであります。

 
横田南嶺

たよりなし

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