じっとしているのは体によくない
先日のイス坐禅のあともイス坐禅をして背中が痛くなるという方がいらっしゃいました。
修行道場でも背中が痛いとか、腰が痛いというのはよく耳にします。
どうしたら改善されるのか、長い間工夫してきました。
坐禅は安楽の法門というからには、そんな痛みは起こらないはずではと思ったのでした。
自分の修行時代はというと、そんな痛みもなにも麻痺してしまうくらいに打ち込んできたと思います。
これがいいとは思いませんが、そんなことは意に介さずに坐禅してきました。
若い頃は、平気だったのです。
いくら痛くても、それは名誉なこと、勲章くらいに思っていたのでした。
しかしそんな無理な坐禅は若いうちはなんとかなりますが、年と共に困難になってきました。
それでいろいろ勉強するようになりました。
まず丹田呼吸や腹式呼吸といって、お腹をふくらますようにしますが、これがお腹を前の方に膨らます、張り出すようにばかりしていました。
これでは腰が反ってしまいます。
腰が使えていないのです。
胸も張り気味になりますので、背中が使えずに硬くなります。
よく他人様に坐禅のお話をするときに、「長年坐禅だけやってきて、ようやく分かったのは、じっとしていることは体によくないということです」と笑わせています。
皆さんも笑ってくれるのですが、これは実は深い真理なのです。
人間の体というのは、二時間以上まったく体位を変えずに同じ姿勢で圧迫が続くと、褥瘡のリスクが高まると言われます。
私たちは寝ている時でもじっとしてはいないのです。
体を上手に動かしながら寝ているから、褥瘡になりません。
体が衰えたり、機能しなくなると、じっとしていることになるので、褥瘡になるのです。
そうならないように、ある一定の時間ごとに体を動かしてあげるのです。
だいたい二時間ごとに体位変換をすることが必要だといわれています。
じっと動かない状態が二時間続くと組織障害が起こりやすいという研究結果にもとづいているそうです。
筋肉も二〇分から三〇分まったく動かないと、筋肉の中の血流が低下し、乳酸や代謝物が溜まって「固まった感じ」が出ることがあります。
長く同じ姿勢で座ったときのこり固まりはこの段階です。
一~二時間動かさないと、筋膜が軽く癒着しはじめ、筋肉の伸びが悪くなります。
「重い」「張る」といった感覚が出ます。
これらの段階では動かせばすぐ元に戻ります。
まだ「硬直(拘縮)」というのとは違います。
そこで坐禅のある時間ごとに体を動かすことは必要なのです。
このところ、夜の坐禅の前に一時間ほどかけて修行僧たちと体をほぐす運動や体操を行っています。
はじめは新しく修行道場に来てまだ坐禅に慣れていない人の為に、股関節をやわらかくする体操などを教えていたのでした。
すると他の修行僧たちもやりたいといって今では全員で行っています。
これが私にとってもいい時間となっています。
まず修行僧たちの体の様子をよく見ることができます。
なかなか人の心は見えませんが、体は見えます。
もっとも見えても表面だけで体の奥深いところまでは分かりません。
それでも長年こういう仕事をしていますと、あの修行僧は腰が張っている、肩が凝っているというくらいは分かります。
腰の痛み背中の張りなどを解消するために、いろいろと考案した体操を行ってみました。
やはり大事なのは、腰まわりや背中まで使って呼吸をするということです。
坐禅は決して静止しているわけではありません。
体のいろんなところは微細に動いています。
呼吸をしていますから、呼吸は運動なのです。
横隔膜を上下させますので、お腹が膨らんだり凹んだりします。
動いているのです。
外からはじっとしているように見えますが、微細な動きがあります。
ただ腹式呼吸といってもお腹を前に出して膨らませて、そして凹ますことしかしていないことが多いのです。
私自身も長年そうでした。
そうしますと腰回りは固定して動かないのです。
背中も動かないままです。
やはり呼吸は体全体が球体のように全方向に膨らんだり凹んだりするのが理想です。
そこで腰の背部にまで息が入るように動かすことをしました。
背中の膨らんだり縮んだりするのを感じとれる体操をやってみました。
それには背骨の柔軟性が必要です。
背骨も硬直しているのではありません。
呼吸に合わせてしなやかな動きがあります。
それが微細だから見えないだけです。
そこで大きく背骨を動かす運動などを行ってみたのでした。
肋骨あたりを回旋させることも大事です。
小一時間かけてじっくる背中まわり、腰まわりをほぐして動かしてゆきました。
そんなことをやっていると皆の姿勢がとてもきれいになってゆきました。
よけいな力が抜けていくのです。
一時間体をほぐしてから立つととてもきれいな立ち姿になっています。
腰を張っていませんので、更にどっしりと立つことができるようになっています。
驚いたのは私自身でありました。
皆さんに教えて体操しているうちに自分自身もかってないほどに、腰回りがほぐれてどっしりと坐れるようになっていました。
まだまだこんな変化があるのだと驚いたのでした。
そのあと、とても心地よく坐ることができました。
これもみんなで動かすことの良さだと思いました。
かつては姿勢が乱れると警策という棒で打って矯正していましたが、もう警策は用いずともみんなが調った姿勢の心地よさを感じてもらえるようになっています。
やはり丁寧に時間をかけて教えることは大事であります。
今甲野陽紀さんとの対談本を出すに当たって校正作業をしているところですが、その中に坐禅は「身体がじっと坐っているように見える動きをしている」ことだと書いています。
坐禅の探求は尽きないものです。
横田南嶺