ラジオとイス坐禅
午前9時前には寺を出て鎌倉の長谷にある鎌倉エフエムというラジオのスタジオに向かいます。
午前十時からの生放送であります。
これでもう十二回目となります。
スタジオに着いてみると、この放送に寄せられるお便りが少ないというので、皆さんがあわてていました。
ラジオでは、私の出番は法話と禅語の紹介と坂村真民先生の詩の朗読であります。
それ以外の時間は音楽をかけたり、リスナーの方からのお便りを読むというのです。
どだいラジオを聞く方もどれくらいいらっしゃるのか分かりませんが、この頃はテレビにインターネットなどいろんな媒体があるので、総じて少なくなっているのではないかと察します。
この生放送はミュージカル俳優の土居裕子さんの会と私の会とで交互に行っています。
ファンの多い土居さんの会ではたくさんのお便りがあるようなので、私の会で少ないというのは、私の責任ではないにしても申し訳ないような気持ちになるものです。
それでこの年内で降板させてもらうことにしています。
はたから拝見していても、読む便りがないので、いかに時間をつなぐかに苦労している様子が伝わってきます。
私の法話では釈宗演老師の自分ファーストという考えに警鐘を鳴らしているということから、話をしました。
それよりも相手を思いやる心が大事であるという話にしました。
小泉八雲の言葉なども引用しました。
それから禅語では「忘己利他」を紹介しました。
これは伝教大師の言葉であります。
「己を忘れ他を利するは慈悲の極みなり。」という『山家学生式』にある言葉です。
山田無文老師の話を聞いた思い出などを語りました。
山田無文老師が妙心寺の管長にご就任なされNHKラジオ「宗教の時間」で「菩提心をおこしましょう」という話をなされました。
当時中学生だった私はその話を聞いて感銘をうけたのでした。
「この地球を全部牛の皮で覆うならば、自由にどこへでも跣足(はだし)で歩ける。が、それは不可能である。しかし自分の足に七寸の靴をはけば、世界中を皮で覆うたと同じことである。この世界を理想の天国にすることは、おそらく不可能である。しかし自分の心に菩提心をおこすならば、すなわち人類のために自己のすべてを捧げることを誓うならば、世界は直ちに天国になったにひとしい」
という内容の話でありました。
チベットの経典にあるという話であります。
その後高校生の頃に和歌山に見えた無文老師にお目にかかることができたのでした。
そんな思い出を話していました。
森信三先生の「如何にささやかなことでもよい。とにかく人間は他人のために尽くすことによって、はじめて自他ともに幸せになる。これだけは確かです。」という言葉や、
鍵山秀三郎先生の「日本をよくする法」として、「たとえ政府が百兆円投下しても今の日本はよくなりません。後世に借金を残すだけだと思います。日本をよくするには、国民の一人一人がちょっとした思いやりや人を喜ばせようという気持ちを持つことです」という言葉を紹介して終えたのでした。
その日の生放送のテーマがあります。
今回は、色にまつわる話です。
十一月十六日の放送だったので、良い色の日だそうです。
ラッキーカラーとか、好きな色などを手紙で書いてもらうのです。
放送していると少しお便りが届くようになってきました。
私は色にまつわる話というので、その日は鼠色の法衣に鼠色の絡子という袈裟を着けて参りました。
鼠にまつわる話にもなりました。
江戸時代に徳川幕府は、身分秩序を守るためにたびたび奢侈禁止令を出して、武士や町人が派手な衣服を着ることを禁じました。
奢侈禁止令に対抗して、許された茶と灰色を組み合わせたバリエーション色の四十八茶百鼠が生み出され流行したのでした。
同じ茶色でもいろんな種類があるのです。
鼠色でも、
小町鼠、源氏鼠、銀鼠、利休鼠、鉛鼠、藤鼠などいろいろあるのです。
生放送を正午に終えて十二時半からおなじ鎌倉の長谷にある鎌倉能楽堂で、Zen2.0の企画に出ることになっていました。
能楽堂は歩いて数分のところにあります。
Zen2.0は毎年建長寺で開催されていましたのが、今年は能楽堂での開催であります。
はじめに謡が披露されて、そのあと工藤煉山さんが尺八を演奏なされました。
そのあとに私のイス坐禅となりました。
これが、会場がそれほど広くなく、狭いところに一杯にイスがなれべられています。
体操などは全くできない状態であります。
これは難しいと思いながらも、どうにか隣とぶつかり合わないような体の動かし方で体を調えるように工夫してみました。
持参したのもあまり大きな物は持てないので、割り箸とビー玉のみにしました。
それらを使って姿勢を調えるようにしました。
私は能舞台の上に上がって実演しますので、よく調って坐れましたが、狭い中で会場の皆さんはどのように感じられたのか分かりません。
そのあと、小林泰紘さんの講演があり、そしてパネル対談として藤田一照さん、涼恵さん、小林泰紘さんの三人のお話がありました。
それを拝聴して失礼しました。
小林さんのお話では「リジェネラティブ」という言葉を初めて聞きました。
「再生」という意味らしいのです。
「自分」と「他者・地域」「自然・生態系」といった分断された関係を、もう一度“つながり”という軸で再構築していくことをお考えになっています。
「あわい」という言葉を大事にされているようで、とても興味深い内容でありました。
横田南嶺