厳しさとやさしさ
小春はしょうしゅんとも読んで、陰暦十月のことをいいます。
十月のよく晴れた日のことを、小春日和というのです。
本当は陰暦の十月のことですから、十一月から十二月にかけてをいうのです。
十月小春という言葉もあって、先日はそんな穏やかな秋のよいお天気でありました。
午前中は山内の續燈庵の前の前のご住職であった須原耕雲和尚さまの十三回忌の法要をお勤めしました。
円覚寺山内の和尚様方や、ご縁のある和尚様が集まって法要を営みました。
須原和尚は、居士林の主事を長くお勤めになっていました。
山内の桂昌庵に弓道場をお開きになった方でもあります。
弓道でも高名な方でありました。
在家から出家されて円覚寺の僧堂で修行をして續燈庵の住職になられています。
ただいまのご本堂もこの和尚様の再建でありました。
私が僧堂の師家になった頃、まだ三十代の私の講座によくお見えくださっていました。
白いおひげが特徴で、静かに坐って聴いてくださっていました。
ある日のこと、講座を終えて隠寮に戻ろうとすると、續燈庵の老僧がおいかけて見えて、さっき提唱で紹介した言葉を書いてほしいと頼まれたことがありました。
「朝に道を聞けば夕に死すとも可なり」という論語の言葉を説明するのに、「何もかもなげうって死さえもいとわないほどの価値ある宝が見つかったときにこそ、人はほんとうの意味で生きる」というアントニー・デ・メロ神父の『心の歌』という本にある言葉を紹介していたのでした。
この言葉を書いてほしいと頼まれたのでした。
もう八十を超えていらっしゃったと思いますが、それでもなお学ぼうとされるお姿と、このような志を今も失っていないことに感動したことを覚えています。
法要を終えてお昼に正伝庵に戻って、しばらくして午後からは西園美彌先生の講座となりました。
駅にお迎えに行こうとすると、境内のベンチに腰掛けて本を読んでいる青年の姿が目にとまりました。
よくみるとホトカミの吉田亮さんでした。
何を読んでおられるのかと思ってソッと近寄ってみると、藤田一照さんの新刊本『AI時代に学ぶ禅: 本来の自己を生きるために』でした。
ただいまNHKラジオ宗教の時間で放送されているものです。
私も一照さんからお送りいただいて拝読していました。
この本には一照さんの長年の探求の歩みが分かりやすく書かれていて、どんな時代になろうが変わることのない真実の生き方が説かれていると感じいりました。
駅で西園先生をお迎えしてしばし境内を歩きます。
西園先生から最近私の歩き方が変わったと言われて驚きました。
おそらく見た目ではほとんで分からないことだろうと思います。
ただ私の歩く質感が大きく変わったのでした。
よく西園先生から足のMP関節から曲げるということを教わってきました。
これがなかなか難しいのです。
MP関節というのは「メタタルソ・ファランジアル関節」の略です
足の甲の骨である中足骨と指の骨の間の関節という意味です。
足の指の付け根にある関節のことであり、足の甲と指の骨がつながるところでもあります。
ここがつま先立ちをするときに曲がる関節であり、歩くときや、地面を蹴り出す瞬間に動く関節でもあります。
私の場合この関節がなかなか動かなかったのでした。
もうこの年齢でありますし、あきらめかけていたのでした。
それが西園先生に教わってもう三年にもなりますが、ここ最近になってはじめてこの関節が動く感覚が目覚めたのでした。
ほんの微かな動きでしたが、これかなと思い当たったのでした。
それからこのMP関節を意識して歩くと、歩く感覚が大きく変わったのでした。
一歩一歩たしかに足で地面をとらえているという感覚ができたのでした。
そうして歩くと実に心地よいのです。
なんだか大地とより親しくなったように感じるのです。
こんなことは自分の内部の感覚で人には分からないと思っていました。
それを西園先生は見抜かれたのですから恐れ入りました。
今回の講座でも修行僧達の今の悩みや思っていることを聴いて下さいました。
それぞれの課題を抱えています。
それに的確に答えてくださり、さらに改善法を教えてくださり、講座が終わるとよくなっているという魔法のような講座であります。
今回はつま先立ちを丁寧に行いました。
これがきちんと足の指に乗るというのが難しいのです。
二人一組になって一人が相手を支えながら丁寧に行います。
それからしゃがむという動作も行いました。
我々は草取りをしたりすると長い時間しゃがんでいます。
このしゃがむという動作も難しいものです。
近年和式のトイレがなくなって一層難しくなっていると思います。
うまくしゃがめない人もいるほどです。
前脛骨筋という、脛骨の前の筋肉のはたらきが強すぎると、うまくゆかないそうなのです。
これがMP関節をまげるのも妨げます。
それからしゃがむときにも強すぎるとうまくゆかないのです。
踵に乗りながらしゃがむというコツを教えてもらいました。
MP関節から曲げるということも何度も行いました。
それが胸骨の動きとも関連しているというので、胸骨をやわらかく動かすことも実習しました。
そうするとつま先立ちをしやすくなるから不思議です。
いつもの股関節をはめるワークも実に丁寧に行いました。
これを丁寧に行うとかなりきつい運動になりました。
そんなことをいつものように三時間実習していました。
終わった後に西園先生といろんな話をさせてもらいました。
厳しい指導について話をしていました。
今はかつよりもかなりお優しくなっているそうなのですが、バレエのご指導ではご自身でも厳しい方だと仰っていました。
それでも後になって厳しく教えてくれたことを感謝してもらえることがあるというのです。
「師厳にして道尊し」という言葉を思いました。
ただ今の若い子の場合、いきなり相手を否定してしまうと、それで落ち込んでしまうこともあるので、気をつけないといけないと言っていました。
まさにその通りで、厳しく接するのは大事なことですが慎重にしないといけないこの頃であります。
私たちの講座はバレエの上達を目指すわけでもないので、優しく指導してくださっているのでたすかります。
厳しさとやさしさは相反するものではないはずなのです。
横田南嶺