いつも微笑みを
昭和五十三年四月から五十四年の三月まで十二回にわたって行われました。
当時まだ中学二年生だった私は、このラジオの講話を聞いていたのでした。
松居先生の講話に感動したのでした。
NHKラジオ宗教の時間で、松居先生が『天台小止観』を講話されたものが、『禅の源流をたずねて―天台小止観講話』という1979年に柏樹社から出版された本です。
柏樹社がなくなり、この本は『微笑む禅―生きる奥義をたずねて』という題で、 1998年に潮文社から出されています。
『天台小止観』の最初には、
「諸悪莫作、諸善奉行、自浄其意、是諸仏教」という七仏通誡の偈が掲げられています。
これは
諸の悪を作すことなかれ
諸の善は奉って行なえ
自らその意を浄くせよ
これ諸仏の教えなり
というものです。
この言葉に松居先生は、大いに迷われました。
善とは何か、悪とは何か、これは難しい問題なのです。
松居先生は、この七仏通誡の偈を次のように意訳されました。
『ひとつぶでも まくまい
ほほえめなくなるタネは。
どんなに小さくても大事に育てよう
ほほえみの芽は。
この二つさえ絶間なく実行してゆくならば
人間が生れながらにもっている
いつでもどこでも なにものにも
ほほえむ心が輝きだす
人生で一番大切なことのすべてがこの言葉の中にふくまれている』
もう今から四十年以上前に、中学生の時に聞いたラジオの講話ですが、今も私の耳には、松居先生の優しく、暖かい口調で、
『ひとつぶでも まくまい
ほほえめなくなるタネは。
どんなに小さくても大事に育てよう
ほほえみの芽は。』
という声が耳に残っているのです。
天台小止観にある二十五方便についても分かりやすく解説されています。
はじめの五縁について、
第一は、「持戒清浄」で、戒律をまもって、清く、けがれのない生活をすること。
第二は、衣食、すなわち、きものとたべものの、ととのえ方。
第三は、なるベく静かな所で暮らすこと。
第四は、いわゆる世俗のつきあいをやめること。
第五は、正しい指導者をえらぶこと。
であります。
さらに第一の「持戒清浄」、戒律をまもって、清く、けがれのない生活をすることを更に徹底して、「いつもほほえみを大切にせよ」と説かれています。
次に呵五欲ですが、
これは目を刺激するものから離れること、耳を刺激するような音から離れること、鼻を刺激するような香りから離れること、味覚を刺激するようなものから離れること、身体に触れる快感や不快な思いから離れることの五つです。
松居先生は、
「私自身の過去をふり返ってみても、わずかのアメをなめさせられたり、誰かにほめられたり、よろこばれることなどを、どんなに大きな生き甲斐かのように思ったことでしょう。
しかし、それを、天台小止観流に分析してみると、それらの思い出のほとんどが、見るか、聞くか、嗅ぐか、味わうか、さわるかのよろこびだったようです。
考えてみると、われわれは、そういう、はかないよろこびに迷わされて、人生で一ばん大切な何ものかを、見失ってることが、ありはしないでしょうか?
それにしても、その、人生で一ばん大切なものとは、何でしょうか?
どうしたら、それを発見することが、できるんでしょうか?
天台大師は、そのためには、まず第一に思考力を正しく働かせる訓練が必要だと言うんです。
では、その、思考力を正しく働かせる訓練は、何から始めるべきかというと、まず第一に、四六時中、自分が出会う、あらゆるものごとを、ただそのままに、色は色、音は音、においはにおい、味は味と認めるだけで、それに対して、絕対に好きとか嫌いとかいう感情をつけ加えない練習を、くり返すんです。
そして、その純粋な知覚をもとにして、現在、自分にとって本当に必要なものは何かという、正しい判断を、時々刻々にくだす能力が、身につかなければいけないんです。」
と説かれています。
次が五蓋という心に覆い被さっている蓋を取り去ることです。
松居先生は、
第一が、普通にいう「貪欲」で、欲ばりむさぼること。
第二が、怒ったり恨むこと。
第三が、ぼんやりして、いねむりばかりしてるような状態。
第四は、心が落ちつかないで、フラフラと浮かれまわっている状態と、その反対に、済んでしまつたことを、いつまでもクヨクヨしてるような状態。
そして、最後の第五番目は、疑い深いことだと言っています。
しかし、面白いことに、この章の終りのところで、多分、この天台小止観の執筆者と思われる人物が、天台大師にむかって、
『世の中には、修行の邪魔になりそうなことなら、山ほどあるのに、なぜ先生は、特に、貪欲と怒りと、ボンヤリと、フラフラと、クヨクヨと、疑いだけを、やめろとおっしゃるのですか?』と、質問してるんです。
それに対して天台大師は、『いわゆる煩悩なるものは、細かに分析すれば、八万四千種類もあるんだが、問題の「心を覆う五つの蓋」は、すベての煩悩の根本なのだから、これさえ取り除けば、結局、人生の、あらゆる悩みは消えてしまうのだ』と、実に明快に答えています。」
と解説されています。
次に調五事です。
これは
「第一は、たベものに関する調節の仕方。
第二は、睡眠に関する調節の仕方。
第三は、体に関する調節の仕方。
第四は、呼吸に関する調節の仕方。
そして、最後の第五は、心に関する調節の仕方です。」
の五つです。
そして最後に行五法です。
これを松居先生は、
第一は、自分で、目標をはっきり立てること。
第二は、一応、目標を立てたら、そこヘ到達するまでは、途中でやめたり、休んだりしないこと。
第三は、途中でやめないといっても、ただ惰性的に修行を続けるのではなくて、明けても暮れても、最終の目標のことを、念頭から離さないこと。
第四は、あらんかぎりの知恵をしぼって、目標に到達するための、一ばんいい方法を、自分で工夫すること。
そして最後の第五番目は、目標に到達するための、自分にとっての最上の道が発見できたら、一心不乱に、その道だけを邁進して、わき目もふらずに修行すること」
と解説されています。
どれもとても分かりやすく説かれています。
改めて読み直してみると、学ぶことがたくさんあります。
読みながら、私はこういう講話に触れて中学生の頃から、いつでも微笑むよう努力をしてきたのだと思いました。
それでもまだまだ足らないのであります。
横田南嶺