夏草を刈る
今年も、十四日までにお盆のお参りを済ませました。
例年、正午の時報と共に自室で黙祷をささげています。
終戦80年の今年も同じように静かな一日でありました。
朝のうちに、何通か手紙の返信などを書いて、お昼まで時間があったので、崖の草刈りをしていました。
炎天下でありますが、いつもやることなので、平気であります。
ただこの時期の草刈りはいろいろ気をつけないといけません。
一番気をつけるのは虫であります。
特に蜂には気をつけます。
最近はあまりないのですが、よく草刈りをしていて蜂に刺されたものです。
注意していても、土の中に巣を作る蜂もいますので、いきなり飛んでくると避けようがないのです。
まずはよく目視します。
蜂の巣がどこかにないか、何匹かでも蜂が飛んでいないかを確かめます。
それから少し柄の長い鎌で、草を払って確かめます。
慎重にしないと蜂に刺されてしまうと、あとの仕事に差し障りがあります。
それから毛虫にも気をつけます。
これは襲ってくるわけではないので、よく確認すればだいじょうぶです。
それでも何があるかは分かりませんので、作業着に身を包んで、手甲を着けて作業に臨みます。
肌が露出するようなものでは危険なのです。
もちろん炎天下ですので、汗はたくさんかきますが、安全の方が大事です。
そうしてお昼前に草を刈っていました。
まずは鎌をよく研ぐことから始めます。
よく切れる鎌でないと作業ははかどりません。
丁寧に鎌を研いで行いました。
幸い、八月十五日、炎天の下を、観光する方もほとんどいませんでした。
外国の方がチラホラと見えるだけでした。
それで作業に集中できます。
管長と声をかけられる心配がないのです。
しばし汗を流しながら、草刈りや伸びた植木の剪定をしていました。
終戦の 八十年の 炎天に
この草を刈る この夏草を
こんなつまらぬ和歌を口ずさんでいました。
そろそろ終わろうかと思ったところで、小さな蜂の巣を見つけました。
枝を剪定したのですが、その枝に小さな蜂の巣がありました。
蜂が何匹も飛んでいましたが、幸いに身をかわすことができました。
攻撃的な蜂でなかったのが幸いでありました。
気になっていた草を無事に刈り終えてお昼になりました。
例年この時ばかりはNHKテレビをつけます。
総理大臣の式辞を拝聴し、正午の黙祷を捧げ、天皇陛下のお言葉を拝聴しています。
やはりこういう時は正座になるものです。
終戦の日の前日には裏千家の千玄室大宗匠の訃報が入りました。
百二歳とか、今年の一月にお目にかかってお話させてもらったことを思い出します。
私が建仁寺で修行していた頃から何度もお目にかからせてもらいました。
円覚寺でも献茶をしていただいたこともあります。
お献茶をしていただいたのは、二〇一四年の開山忌でありましたので、もう十一年前のことになります。
その頃のことも思い起こします。
南泉禅師に草刈りの問答があります。
南泉禅師が草を刈っていた時に、ある僧が質問しました。
南泉の路はどこに向かって行けばいいのですかと。
南泉禅師は、使っていた鎌を取り上げて、この鎌は三十銭で買ったのだと答えます。
僧は、鎌のことを聞いているのではありません、南泉の路はどこに行ったらいいのかを聞いているのですと言うと、
南泉禅師は、この鎌はよく伐れるぞと言ったのでした。
南泉の路というのは、南泉禅師の禅そのものを問うているのでしょう。
南泉禅師にしてみれば、この鎌を三十銭で買ったことも、今そのよく伐れる鎌で軽快に草刈りをしていることも、すべて禅を丸出しにしているところなのです。
そんな話を思い出しながら草を刈っていました。
正午に正座して黙祷をしていると、やはりこういう時は正座になるなと思いました。
正座という座り方には、賛否両論さまざまあるようです。
禅ではやはり結跏趺坐という坐を組むのを大事にしています。
そういいながらも正座をすることもございます。
棚経など、お檀家さんのお宅にお参りする時には、やはり正座であります。
坐禅を組んでお経をあげるというわけにはいきません。
修行道場で毎朝のお経をあげるときには、坐禅をしてお経をあげます。
その場その場でいろいろあります。
老師のところに禅問答に行く時も正座であります。
老師の方は坐禅を組んで坐っています。
なにか謙虚な姿勢として正座があるようにも感じます。
正座は、それほど古い座り方ではないようです。
いつ頃から正座という座り方があるのか、諸説あるようです。
鎌倉の武士などは正座はしていなかったようです。
室町時代の頃から、畳の普及が進み、茶の湯など坐って行う文化が発展してきました。
茶道作法や武家礼法の影響で、膝を揃えて座る形が徐々に定着し始めたようです。
それが江戸時代になって、畳の文化も普及し、礼儀作法として正座が定着していったと言われています。
坐禅をする時には、どうしてもお尻を高くする必要があるので、お尻の下に敷く物が必要ですが、正座は足を組み合わせて、その上にお尻を乗せますので、自然と腰が立ちやすくなる利点があります。
また下腹も充実しやすいものです。
ただし、血行が悪くなりますし、膝関節への負担が大きいという欠点もあります。
また国によっては正座させられることは屈辱に感じられることもあるようです。
夏の草を刈り、正座して黙祷し戦没者を追悼し、そして平和をお祈りする終戦記念日でした。
横田南嶺