はじめ塾の合宿 – 其の一 –
昨年に続いて二年目であります。
昨年も衝撃の体験であり、感動でありました。
今年もまた新たな驚きと発見がありました。
感動でありました。
はじめ塾とは、和田重正さんが一九三七年(昭和一二年、東京の杉並に寄宿寮「一誠寮」を立ち上げたことが始まりです。
その後小田原に移って今日に到ります。
塾といってもいわゆる「学習塾」と全く異なります。
ただいま小田原のはじめ塾には、十五名の中学生高校生が寄宿生活をしています。
そのほかにも小学生から通って来ている子供たちもいます。
「人は台所で育つ」という言葉を大切にしていて食を通じて関係性や生活力を学ぶことを重視しています
お米もお野菜も自分たちで作っているのです。
お茶も作っていました。
寄宿している生徒の多くは、それぞれの学校に通学しているのであります。
夏には、丹沢で一ヶ月合宿を行っているようで、そこで、田んぼを作り、薪でご飯を炊き、お風呂を沸かして過ごしているのです。
その丹沢の合宿に一日参加させてもらったのでした。
はじめ塾のホームページには、合宿について、
「四季折々の自然環境や参加者の年齢に応じたバラエティに富む内容の合宿(神奈川県山北町にて)を実施しています。春の合宿では、野山を縦横無尽に駆け巡り、夏の合宿では、広い寮が小学生から高校生までの大家族の生活の場となります。また、冬の合宿では、受験に向けて勉強三昧の日々を送ります。小学3年生までを対象にした月に1度開催の親子合宿では、遊びを通して「勘」を養っています。」
と書かれています。
「勘」を養うというのも大事にされています。
三つの「カン」ということをよく説いていらっしゃいます。
まず第一に、人間の成長に必要な基盤として、感じる力の感です。
それから直感的な判断力の勘です。
勘がよいというときの勘です。
それから深く観る力の観です。
観察の観です。
特にこの勘がよいの「勘」は、遊びや台所仕事などの実体験によって育まれるものというのです。
前回三人の修行僧を連れてゆきましたが、今回は四名の修行僧を連れてゆきました。
合宿が行われているのは、山北町にあります。
ほんとうに周りには家もほとんどみあたらない山の中の民家であります。
九時前に着くとちょうど朝のご飯が終わったところでした。
私たちが控え室に使わせてもらうところは、その前日に子供達が何時間もかけて丁寧に掃除をしてくださったそうなのです。
母屋の障子もみな張り替えられたばかりで、その前の日にすべて張り替えたというのですから、たいへんだったろうと思います。
昨年鳩サブレを持っていってあげて好評だったので、今回も鳩サブレを皆さんに持っていってあげました。
はじめに鳩サブレを食べていただくことから始めました。
そうして簡単な体操をして、呼吸法を実習して五分ほどの坐禅をしました。
小学四年生から高校大学生まで五十名近くの子供達ですが、しっかり集中して坐ってくれていました。
それからは質問学習といって子供達からの質問について答えました。
これがいろんな質問がでます。
やはり若い修行僧たちに関心があるのか、私に対してよりも修行僧への質問が多かったのでした。
どうしてお坊さんになったのかとか、彼女はいますかなど素朴な質問でありました。
中には今まで悪いことをしたことはありますかという質問もありました。
そんな質問が続く中、ある子供が「横田さんに質問です、今何を考えていますか」と問われました。
それには即答しました「この質問はいつまで続くのかと考えています」と答えました。
プレッシャーにはどのように向き合って克服すればいいのですかという質問もありました。
私は、自分一人のことくらいはたいしたことではないと思って臨みます。
たとえば講演会の前にプレッシャーを感じたとしても、なに自分ひとりくらいたいしたことではないと思うのです。
修行僧の一人は、失敗しても叱られるだけだと思うというのもありましたし、しっかり準備して練習に練習を重ねればプレッシャーに負けることはないという答えもありました。
さてその日はあいにく朝から強い雨でした。
ですから外の仕事ができません。
昨年私は茶畑の草取りをさせてもらったのでした。
今回は屋内でしかできないので、どうするか相談しましたら、なんとかくれんぼになりました。
かくれんぼとは驚きました。
かくれんぼをしようと和田先生がいうと、子供達が大きな歓声をあげてもりあがるのでした。
四十数名が屋内に隠れて、私たち修行僧と共に隠れているのを見つけるのです。
簡単そうに思いますが、これが見つからないのです。
隠れる時間が二十分ほどで、探すのは十分です。
私はほんの数人見つけられだけでした。
探す時間の十分が終わって驚いたのは、床下からぞろぞろ大勢の子供が出てきたことでした。
床下も気になりましたが、そこに入るには頭がかろうじて入るかどうかの隙間しかありません。
これは無理だろうと私は思ったのでした。
しかしその隙間から入っていたのです。
子供達はというと、シャツがどろんこでありました。
頭から足まで土にまみれていました。
これはオトナにできないことだなと思いました。
私たちは、この遊びに服を汚したらあとがたいへんだと考えてしまいます。
子供にそんな余計な分別がないのです。
全力で隠れているのです。
それでどろんこになって、「先生、どうしよう」と言っているのです。
かくれんぼではあらかじめキーマンとなる十名を決めて、その子たちを見つけられなかったら私たちの負けとしていました。
完全に負けました。
負けた罰で腕立て伏せを五十回行いました。
私は毎日腕立て五十回を行っていますので、難なく皆さんの前で五十回行いました。
そうしているとお昼になりました。
私も皆さんと食事も盛り付けをさせてもらいました。
手作りの美味しいお昼ご飯でした。
私も久しぶりにおかわりをさせてもらいました。
そして午後については、次回書かせてもらいます。
横田南嶺