椎茸の旨みに学ぶ
この話が本当なのか確かめるすべもなく、歳月が過ぎてしまいました。
先日ようやくこの話は本当だと確かめることができました。
いつもお世話になっている椎名由紀先生のご縁で、宮崎県高千穂の杉本農園の杉本和英さんにお越しいただいて、椎茸の素晴らしさについてお話をしてもらいました。
椎茸の帽子をかぶってのご講演でありました。
はじめに椎名先生が、三十分ほどZEN呼吸の講座を行ってくださいました。
最近の私の管長日記で「生きるとは何か」話をしていましたので、そのことに因んでお話くださいました。
「食べる」「出す」「寝る」といった身体のはたらきは、私たちはふだん何の意識もせずに行われています。
特に内臓の動きは、自分の預かり知らぬところで機能しており、人間は、自分で生きているというよりも「生かされている」というのが真実であります。
椎名先生は毎日内臓のひとつひとつに感謝しながら呼吸を行っていらっしゃいます。
いまの社会では「自分で生きている」と考える人が多くなっているように感じます。
目からの情報や、耳からの情報などがあふれていて、身心が疲弊して休まることがありません。
今回は胸鎖乳突筋をほぐすことを習いました。
竹をつかってほぐしてゆくのです。
これを行うとずいぶん首が伸びたように感じました。
首の凝りがとれるだけで、肩も楽になるものです。
頭もすっきりとします。
そうして講義を受ける準備ができあがったのでした。
杉本農園の杉本和英さんが、
「椎茸の旨みに学ぶ 禅が誇る日本の食文化を世界へ」という題でご講演くださいました。
杉本農園は1954年に創業されて、1970年に設立された会社であります。
干し椎茸の製造販売をなさっています。
宮崎県の高千穂にございます。
高千穂というと高千穂神社がございます。
私も二度ほどお参りさせてもらっています。
素晴らしい霊地であります。
そんな高千穂で育った椎茸というとそれだけで特別な思いがします。
杉本農園ではクヌギの原木で椎茸を栽培しています。
今や九割は菌床からの栽培になっているそうです。
原木に菌を植えて、椎茸ができるまで二年かかります。
私もかつて修行時代に、円覚寺の僧堂で椎茸を作っていました。
クヌギの原木が山で倒れたので伐採して菌を植えて栽培しました。
菌を植えながら、これで椎茸ができて食べられるようになるまで二年かかると言うと、他の修行僧たちは、もうその頃には自分はいないなと言う者が多かったと覚えています。
クヌギを切って菌を植えて、育てて十五年ほど椎茸を栽培して、そうしたらもとの原木からまた芽が出て新しく椎茸の栽培に使えるようになるというのです。
実に合理的にできています。
干し椎茸には、ビタミンDが豊富に含まれています。
ビタミンDは、カルシウムの吸収促進や骨の強化、免疫力の向上などの効果があります。
それから食物繊維が豊富で整腸作用があります。
ビタミンB群も多く、代謝が促進されます。
ミネラル類ではカリウムが含まれ免疫や酵素の働きを助けてくれます。
うま味成分としては、椎茸を干すことで「グアニル酸」が増加するそうです。
うま味成分というとグルタミン酸が知られています。
グルタミン酸とイノシン酸などがあります。
干し椎茸にグアニル酸があります。
これはだしの風味を強化し、減塩しても満足感が得られるそうです。
そこで出しの飲み比べをさせてもらいました。
昆布を水に一時間つけた出しと、昆布を三十分水につけて刻んで冷たい水に一晩つけた出しと、それに椎茸を水に一時間つけた出しと、そして椎茸の軸だけを冷たい水に一時間つけた出しと四種類を比べてみました。
昆布の出しも良いものであります。
しかし驚いたのは椎茸の軸の出しです。
これが実に美味しいのです。
椎茸の軸にはβグルカンというガンの予防になる成分があるそうです。
そして講座のあと杉本さんにサルは椎茸の軸だけを食べるという話を聴いたことがあると伝えると本当だと教えてくださいました。
椎茸の笠を捨てて軸の先端だけを食べるそうなのです。
三十数年本当かと思っていた疑問が解けました。
そして二十数年前に椎茸を栽培していた頃のことも思い出しました。
椎茸の原産地はボルネオで、日本を経由して中国大陸や朝鮮半島に広がったということも初めて学びました。
道元禅師には椎茸にまつわる逸話も残されています。
かつて伊深の正眼寺では梶浦逸外老師が、椎茸栽培に力を入れておられたという話もございます。
椎茸の素晴らしさを改めて学びました。
杉本農園の杉本和英さんは椎茸の帽子をかぶって熱心に講義をしてくださいました。
お兄さまの杉本達則さんもお越しくださり講座を手伝ってくださいました。
椎茸にかける熱意が伝わってきました。
修行道場も椎茸の軸を使って出しを取るようにしようと思ったのでした。
これまた有り難いご縁であります。
調五事といって食事と睡眠、姿勢と呼吸と心を調えることが大事なのですが、食事を調えるのは生きることの根本であります。
横田南嶺