安心
それなら安心だ、親を安心させる、など日常でも使っています。
これが、仏教では「あんじん」と濁って読みます。
『広辞苑』にも「あんじん」は、仏教語として
①信仰により心を一所にとどめて不動であること。
②阿弥陀仏の救いを信じて一心に極楽往生を願う心。
③宗派の教法の根本眼目。
と解説されています。
岩波書店の『仏教辞典』には、
「あんじん」と読んで、
「一般に、心が落ち着き心配のないことをいい、中国古典では『管子』心術下などに用例が見える。
とくに仏教では、信仰や実践により到達する心の安らぎあるいは不動の境地を意味する。
聖道門では自己への精神集中(観心・止観)によってその境地を目指すが、浄土門では阿弥陀仏への帰依が前提となる(聖道門・浄土門)。」
と解説されています。
禅門では達磨大師と二祖慧可大師との問答が安心にまつわるものとしてよく知られています。
『無門関』の第四十一則には、簡潔に記されています。
漢文の原文を記します。
達磨面壁す。
二祖雪に立つ。臂を断って云く、
「弟子、心未だ安からず。乞う、師安心せしめよ」。
磨云く、「心を将(も)ち来れ、汝が為に安んぜん」。
祖云く、「心を覓むるに了に不可得なり」。
磨云く、「汝が為に安心せしめ覓んぬ」。
というものです。
はじめに「達磨面壁す、二祖雪に立つ」と、漢字たった八文字で表しています。
この簡潔な表現も漢文の魅力であります。
達磨大師は南インドの王子様であったと伝えられています。
第二十七祖般若多羅尊者について出家し、修行されて法を継がれました。
そして海を渡って中国に見えました。
はじめ梁の国に到って、武帝と問答をしました。
ところが、問答が噛み合いません。
多くの寺を建てて、僧侶を供養してどんな功徳があるかと問う武帝に、達磨大師は「無功徳」と答えました。
では聖なる真理とはいかようなものかと問うと達磨大師は、「廓然無聖」と答えます。
からりとして真理など、尊いようなものは無いというのです。
そんな風に問答がかみ合いませんでしたので、達磨大師は揚子江を渡って魏の国にいたります。
そして嵩山少林寺でひたすら壁に向かって坐り続けられました。
これが先ほどの「達磨面壁」です。
そこに、後に達磨大師の法を継いで二祖となる慧可が訪ねてきました。
この慧可という人もすぐれたお方で、あらゆる書物を読み尽くしていたのですが、どうも自分で納得できるものが得られないと悩んでいました。
孔子や孟子の書物は結局礼楽の教えに過ぎないし、老荘の思想もまだ奥深いところまでにはいたっていないと思われていたのでした。
そこで最後の解決を得たいと思って達磨大師を訪ねたのでした。
達磨大師に入門して教えを授けてもらいたいとお願いするのですが、達磨大師はひたすら壁に向かって坐禅しておられて振り向いてもくれません。
しかし慧可は諦めはしません。
昔の人は道を求めるためには命を投げ捨ててでも求めたものだ、自分もこれくらいであきらめようかと頑張っていました。
ちょうど十二月になって九日、雪が降ってきました。
雪がつもって膝まで埋もれてしまいました。
雪の中で立ちすくんでいる慧可をご覧になって達磨大師はようやく声をかけられました。
これが『無門関』の「達磨面壁す。二祖雪に立つ」という場面です。
達磨大師は、慧可に長い間雪の中に立っていて何をしに来たのかと尋ねました。
何日も雪の庭に立ちすくんで今更何しに来たでもないと思いますが、慧可は、純粋に私はどうかして真理を求めたいと思ってまいりましたと答えます。
しかし達磨大師は、御仏が伝えてきたこの教えは奥深く、行じがたきを行じ、忍び難きをよく忍んでようやく達成できるものだ、あなたのような一時の思いつきや軽はずみなこころ、すぐに慢心してしまうような心で求めてみたところで何も得られはしないぞと答えられました。
そこで慧可は、自分の決意を示すために、自分の左の腕を刀で切り落として達磨大師の前に差し出しました。
これが「臂を断つ」であります。
それでやっとのことで達磨大師もこれは見所のある者だと思って、諸仏は道を求める為には命がけであったが、そなたは今自分の腕を断ち切って私に示した、それほどまでというのなら教えてあげよう、何を求めるのかと聞きました。
そこで慧可が言ったのが、「弟子心未だ安んぜず。乞う師、安心せしめたまえ。」です。
たくさんの書物を学んで来ました。
ありとあらゆる道を求めてきました、しかし、それによって我が心はまだ安らかではないのですという、実に率直なる問いであります。
また真摯なる求道の問いでもあります。
多くの者は心安らかでないのに、そのことに目を向けずに、何か他のことで気を紛らわしてしまいます。
慧可は、そのようにごまかすことができなかったのです。
それに対して達磨大師が言われたのが、「磨云く、心を将ちきたれ。汝がために安んぜん。」です。
ではその心を持って来い。その安らかではないという心をここに出してみなさい。
ここへ出して見せたなら、私がその心を安らかにしてあげようと仰せになりました。
それに対して慧可は言いました、「心を覓むるに了に不可得なり」と。
その安らかでない心がどこにあるのか、あれこれと必死になって探してみましたが、どこにも見当たりませんというのです。
そう答えたのを聞いた達磨大師は、「磨云く、汝がために安心せしめ竟んぬ」と言われました。
不安の心はどこにもない、そのことがわかればもうそれでいい、十分だ、あなたの心は安らかになったぞと言われたのでした。
どこにもないものに私たちは振り回され、恐れおののいて暮らしているのでしょう。
どこにもないと気がついたらそれで安らかになるのであります。
また不可得とは「天地一杯」だとも受けとめられます。
心とは如何なるものと思いしに目には見られず天地一杯。
と古人は詠っています。
天地一杯の心に目覚めたらなら、小さなことにくよくよすることもなくなります。
それこそ安心なのです。
横田南嶺