icon_arrow-r_01 icon_tryangle icon_search icon_tell icon_download icon_new-window icon_mail icon_p icon_facebook icon_twitter icon_instagram icon__youtube

臨済宗大本山 円覚寺

臨済宗大本山 円覚寺

  • 円覚寺について
  • 拝観案内・アクセス
  • 境内案内
  • 年間行事・法要
  • 管長のページ 2025.06.18 更新
  • 法話会・坐禅会・
    写経会
  • 御朱印・御祈祷
  • 円覚寺売店
  • お知らせ
  • Q&A
  • リンク

© 2019 ENGAKUJI
ALL RIGHTS RESERVED.

お問い合わせ

2025.06.18
今日の言葉

提唱のよさ

公益財団法人仏教伝道協会が開催する第五十三回実践布教研究会に招かれて講演をしてきました。

会場となったのは、静岡県浜松市にある方広寺さまであります。

今回の研修会のテーマは「臨済禅師の仏道~禅の教えに学ぶ」でありました。

第一講が柳幹康先生でした。

「禅の系譜とその教え」という題で格調の高い講演でした。

第二講が私で、仏教伝道協会から与えられたテーマは「これからの布教伝道のあり方」でした。

第三講が、方広寺派管長の安永祖堂老師の『臨済録』の提唱でありました。

私は伝道布教ということでまず仏教の原点として梵天勧請の話をしました。

この日の聴衆の皆さんは、仏教の各宗派のお坊さんたちでしたので、梵天勧請の細かな説明などはしませんでした。

梵天勧請ということは皆さんご存じであるという前提で話をしました。

悟りを開かれたお釈迦様に、梵天が一切の生きとし生けるもののために説法をしてくださいとお願いした話であります。

これがなければ仏教は今の世に伝わっていなかったのでした。

紀元前のインドの山中で、修行者が悟りを開いて亡くなったというだけではなにも伝わりませんでした。

お釈迦様もはじめは説法することをためらわれたのでした。

「わたしがいま証得したこの法は、はなはだ深くして見がたく悟りがたく、微妙にして思念の領域を超え、微妙にして賢者のみよく知るべきものである。しかるに人々は五欲を楽しみ、五欲を喜び、五欲に躍る。かかる人々には、この縁起の理は見がたく、この涅藥の理は悟りがたいであろう。もしわたしが法を說いたとしても、人々はわたしの言うところを了解せず、私はただ疲労困憊するのみであろう。」

というのがお釈迦様のお気持ちでした。

増谷文雄先生の『阿含経典による仏教の根本聖典』にある訳文であります。

それに対して「世尊よ、法を説きたまえ。世尊よ、願わくは法を説かせたまえ。世間には、その眼の塵垢に蔽(おお)わるること少なき人々もある。彼らは、法を聞くことを得なかったならば退き堕ちるであろう。されど、彼らは、聞くことを得ば、悟ることができるであろう。」と梵天様がお願いをしたのです。

そしてお釈迦様が「その時、世尊は、梵天王の勧請を知りて、衆生に対する哀憐の心を生じ、覚者の眼をもって、世間を眺めたもうた。そこには、塵垢多い者もあり、塵垢少ない者もあった。利根の者もあり、鈍根の者もあった。善き相の者もあり、悪しき相の者もあった。教えやすき者もあり、教えがたき者もあった。その中のある者は、来世と罪過の怖れを知っていることも見られた。そのさまは、譬えば、蓮池に生いる青き、赤き、また白き蓮の花が、あるいは水の中に生じ、水の中に長じ、水の中にとどまっているもあり、あるいは水の中に生じ、水の中に長じ、水面にいでて花咲けるもあり、またあるいは、水より抜きんでて花咲き、水のために汚れぬものもあるに似ていると思われた。

かくて世尊は、偈をもって梵天王に答えて言った。「いま、われ、甘露の門をひらく。耳ある者は聞け、ふるき信を去れ。……」」

ということなのです。

そんな梵天の話が仏教の原点であり、「衆生に対する哀憐の心を生じ」たとある慈悲の心が大切なのであります。

そのあと一気に臨済禅師の話に飛びました。

岩波文庫『臨済録』にある現代語訳を紹介しました。

上堂して言った、「一人は、絶対究極の境地に達して、もはや先へ進み出る道はなく、一人は現実のさなかに生きつつ一切の相対を超えている。さて、どちらが優り、どちらが劣っているか。前者は維摩詰だ、後者は傅大士だなどとは言うまいぞ。やあご苦労。」

という言葉を引用して、誰も寄りつかない山の頂上にある生き方もあれば、十字街頭にあって世の中に迎合することもなく背くこともなくはたらく生き方もあります。

どちらがいい、悪いということはありません。

ただ臨済禅師は後者の生き方を実践されました。

十字街頭でお説法をするということから、私がお世話になった松原泰道先生の話をしました。

学生の頃、松原先生にお世話になっていて、当時の松原先生は喫茶店で説法をするという活動を始められていました。

そして百一歳でお亡くなりになる三日前も喫茶店でお話をなさっていたのでした。

まさに十字街頭で説法をなされたご生涯でありました。

そんな松原先生のご縁をいただいて私はこの道に入ったことをお話しました。

そこから今行っている活動をお話しました。

古くから行われている、本山での法話や説法、夏期講座などに加えて、各地の講演、法話、そして書籍の出版などをあげました。

更に今の時代に合わせてYouTubeなどもあげました。

そして最近のイス坐禅や布薩の会についても話をしました。

これなどは、一方的に話をするだけではなく、皆さんに参加して体験してもらうことであります。

幸い多くの方が集まってくださっていて有り難いのですが、人数が多ければいいというものではありません。

人集めに走っては大事な事を見失います。

布薩などは本来お釈迦様の時から行っているもっとも大事な行事でありました。

それを見失っていたのです。

佐々木閑先生の『出家的人生のすすめ』 (集英社新書)にある、

「出家とはいったいなにか。それはひとことで言うなら、「世俗の暮らしでは手に 入れることのできない特別なものを求めて、世俗とは別の価値観で生きる世界へとジャンプすること」という言葉を紹介して、仏教者としての価値観をしっかり持つべきことを伝えました。

関大徹和尚の『食えなんだら食うな』(ごま書房)にある、

「自分は僧侶として好きなことをやっているのだから、一握りの米も頂けなくなったら、誰を恨むでもない。そのときは、心静かに飢え死にすればいい。高祖いらい、みんなその覚悟でこられたからこそ、こんにちの禅門があり、禅僧といわれる人は、その祖風をしたって仏門に入ったはずである。」

という言葉を紹介して、お釈迦様の教えが好きでその道に入って、お釈迦様の弟子として歩ませてもらっているので、それだけで十分幸せであることを申し上げました。

それぞれ自分が本当に好きで楽しんで喜んでやれることをやってゆく、これに尽きるとお話して一時間の講演を終えました。

そのあとお昼を挟んで安永老師の提唱が方広寺様のご本堂で行われました。

本堂はとても大きな建物です。

提唱の前には方広寺様の梵鐘が鳴り響き、続いて法鼓といって、太鼓が鳴ります。

どの音も方広寺様の幽邃の境致にふさわしい重厚な音色です。

そんな音を聞きながら本堂に坐っているだけで、心が清まります。

やがて安永老師が御袈裟をつけてご入堂なされます。

焼香をなされて三拝をされました。

堂々たるお姿で恭しく焼香三拝されるそのお姿に触れるだけで、至福の思いでありました。

講座台に登って、講本をお開きになって提唱が始まります。

一時間老大師の提唱を拝聴することができました。

私の拙い講演などと違ってやはり提唱はいい、禅というものを体全身で感じることができます。

各宗派の和尚様も禅の提唱の雰囲気に魅せられたと思いました。

提唱はやはりいいとしみじみと感じたのでありました。

かくして雨の方広寺を後にして鎌倉に帰りました。

 
横田南嶺

提唱のよさ

前の記事

カテゴリー

  • 僧堂提唱(37)
  • 坂村真民 詩(88)
  • 掲示板 (今月の詩)(31)
  • 今日の言葉(2113)
  • 今日の出来事(164)
臨済宗大本山 円覚寺

〒247-0062 鎌倉市山ノ内409  
TEL:0467-22-0478

  • 円覚寺について
  • 拝観案内・アクセス
  • 境内案内
  • 年間行事・法要
  • 管長のページ
    • 管長侍者日記
    • ビデオ法話
    • 回覧板 (おしらせ)
  • 法話会・坐禅会・写経会
  • 御朱印・御祈祷
  • お知らせ
  • リンク
  • 円覚寺売店
  • Q&A
  • お問い合わせ