伝えたい一つのこと
お彼岸の終わりの日曜日であります。
暖かいよい日でありました。
春日井市にある林昌寺というお寺の野田晋明和尚の結婚式にお招きいただいたのでした。
午前中にお寺で結婚式を行い、午後からは名古屋で披露宴を行うというのです。
有り難いことに、結婚式の戒師という役を仰せつかったのでした。
早いめに着きましたので、近くのお寺に立ち寄りました。
ただいまそのお寺のお弟子さんが円覚寺の修行道場に来てくれています。
そのお寺にお参りしてから林昌寺に到着しました。
早めに着きましたのは、やはりいろんな儀式は、宗派によって、または地方によってかなり異なることがあります。
こちらにはこちらのやり方があると思って早めに行って教わるように致しました。
円覚寺での儀式は、慣れていますので、なにも心配ないのですが、同じ臨済宗でも妙心寺派というように派が違うと細かいところに違いがあるものです。
式次第をいただいて、どこでどのようにやればいいのかを教えていただきました。
それでも本番で少し間違いそうになったほどでありました。
記憶力の低下をしみじみと感じます。
林昌寺の野田和尚とは、もうかなり以前の出会いでありました。
まだ僧堂の修行を終えて、布教師の資格を得られたばかりの頃でした。
細川晋輔さんのお寺である世田谷区野沢の龍雲寺様で法話会が行われ、そこでお目にかかりました。
細川さんからとても優秀な青年僧がいるのだと言って紹介されました。
私の法話の前に、野田和尚がお話くださったのでした。
それが緊張された様子も見受けられず、実に素晴らしい法話だったことを覚えています。
そのあとの私の法話がやりにくく感じたほどでした。
これはたいした青年がいるものだというのが、初めてお目にかかった時の印象でありました。
その後も野田和尚は何度か円覚寺にお見えになって、藤田一照さんや佐々木奘堂さんの勉強会にも参加されました。
とても熱心な方で、共に学ばせてもらってきました。
新婦の方は、数年前にご縁がありました。
琉球大学の医学部の学生からお手紙をいただいたことがありました。
生と死について、円覚寺で私の話を聞いて勉強会をしたいというのでした。
お若いのに熱心な方がいらっしゃるのだと思いました。
それが野田和尚の新婦であります。
今の医師としての研修に励んでおられるのです。
聡明なお二人が結ばれるのですから、とても将来が楽しみであります。
どうにか教わった通りに、結婚式を行ったのですが、打ち合わせの時に言われたのが、式典の終わりに、戒師の垂訓というのがあるというのです。
これは円覚寺派の結婚式にはないことでありましたので、準備をしていません。
早めに来てよかったと思いました。
垂訓とは教えを垂れることであります。
お若い二人に戒師として教えを示すということなのです。
控え室で何を言おうかとあれこれ考えてもそうすぐに思い浮かぶものではありません。
聡明なお二人に私などが何も言うことがないというのが本音であります。
そこで「聡明なお二人に、私から何も言うことはありませんが、お伝えしたいことはただひとつです。
今日の日のことを忘れないでください。
今しがた、仏さまの前で二人で誓い合った、この時の気持ちを忘れないでください。
それだけです。」
ということにしました。
それからもうひとつ、三帰依についてお話しました。
円覚寺派の結婚式でも三帰依戒を授けることになっています。
ただこちらでは読み方などがかなり異なっていました。
当日おとなえした三帰依文を紹介します。
三帰依文
自ら仏に帰依し奉る。仏とはひととし人の尊さなり
当に願わくは衆生と共に、悟りの道を踏みしめて、無上意を発さん。
自ら法に帰依し奉る。法とは己なきの尊さなり。当に願わくは衆生と共に、深く教えの蔵に入りて、智慧海の如くならん。
自ら僧に帰依し奉る。僧とは和合の尊さなり。当に願わくは衆生と共に、大衆を統べととのえて、よろずさわりなきものとならん。
という言葉です。
そして「この三帰依は仏教の信者となるはじめの教えであると同時に、仏弟子として仏教を学ぶ間も、そして仏教の究極でもあります。
仏様という、敬うものを大事にして、礼拝することです。
心を込めて仏様を礼拝し続けます。
そして仏様の教えを学び続けます。
僧とは和合を表します。
なかよく和合を尊んで暮らします。
その和合の根本は、夫婦の和合であります。
まずお二人が和合して、仲睦まじくお過ごしください。」
とそのようにお伝えしました。
どうにか無事に結婚式の戒師という大役を務めて午後の披露宴に向かいました。
少し時間があったので、これまた名古屋市内のお寺にお参りしました。
そのお寺のお弟子さんも円覚寺に来て修行してくれています。
ご両親にひとことご挨拶をと思って立ち寄りました。
ちょうどお彼岸の法要のあとのご様子でしたが、ご両親にお目にかかって親しくご挨拶させてもらいました。
披露宴では主賓の挨拶を頼まれていました。
これも大役であります。
慣れないころはとても緊張したものですが、この頃はやはり場数を踏んできたおかげか、あらかじめ原稿を作って暗唱していますので、どうにか終えることができました。
会場には晋明和尚のお仲間の和尚様が大勢お集まりでした。
お若い和尚様方が私の本を読んだり、YouTubeを参考にして勉強してくださっているというお話をうかがって感謝しました。
披露宴の挨拶では聡明なお二人が結ばれると、これからの日本の仏教も、いや日本の国にも光が射してくるように感じますと伝えたのでした。
晋明和尚は、お寺おやつクラブの活動も熱心になされています。
代表の松島靖朗さんにもご挨拶できました。
それから須磨寺の小池陽人さんも参列して下さっていました。
細川晋輔さんもお見えくださっていました。
いつもお世話になっている皆さんと歓談することもできました。
有り難いご縁でありました。
横田南嶺