一瞬一瞬のきらめき – 素晴らしきラジオ –
前回鎌倉エフエムの生放送の時に、一度ご挨拶をさせていただきました。
はじめてお目にかかって、とてもお元気そうな方で、そして身体能力がとても高い方だと思いました。
女優であり歌手であり、声優であり、多くの演劇やミュージカルに出ていらっしゃる方であります。
一月の鎌倉エフエムのごきげんラジオは、二回とも私が出させてもらいました。
二月からは、私が一度、そしてもう一回は土居裕子さんが担当されることになっています。
土居さんと村上信夫さんとのラジオ生放送が先日の十六日日曜日にございました。
私も拝聴してとても感激しました。
素晴らしいラジオでありました。
村上さんの素晴らしいことはいうまでもないのですが、土居裕子さんがまた素晴らしいのであります。
お声が素晴らしいし、歌も歌ってくださってそのお歌が素晴らしいし、そのお話がまた素晴らしいのであります。
こんな素晴らしいラジオ放送があるのかと思うほどの感動でありました。
土居さんは、宇和島のお生まれだそうです。
宇和島というと、坂村真民先生であります。
真民先生は、宇和島で高校の教師をなされながら、坐禅に取り組んでおられたのでした。
真民先生に
生きてゆく力がなくなるとき
死のうと思う日はないが
生きてゆく力がなくなることがある
そんな時お寺を訪ね
わたしはひとり
仏陀の前に座ってくる
力わき明日を思う心が
出てくるまですわってくる
という詩がありますが、このお寺というのが宇和島にある大乗寺のことであります。
あの「念ずれば花ひらく」の詩も宇和島にいらっしゃった頃の詩であります。
真民先生にとって宇和島はとても大事なところであります。
また宇和島は円覚寺にとっては、中興の大用国師のお生まれになったところでもあります。
土居さんは宇和島から上京なされて、東京芸術大学にお入りになっています。
数多くのミュージカルに出ていらっしゃる方であります。
鎌倉には五年程前からお住まいになっているそうなのです。
鎌倉エフエムでははじめに土居裕子さんの「ふるさと」の歌を流してくださっていました。
これがまたきよらかな歌声であります。
聴いているだけで心が浄められる思いがしました。
またこの歌は2008年、日本人宇宙飛行士・土井隆雄さんが搭乗するスペースシャトル「エンデバー」でウェイクアップコールに、使われたそうなのです。
そんな歌のあと、まず土居さんのお話は、足の話から始まりました。
足については、足指足裏の研究をしている私にとってはとても関心のあることであります。
足の話題になっただけで、私はとても興味を引かれました。
そして金子みすゞさんの詩を紹介してくれていました。
足ぶみ
わらびみたよな雲が出て、
空には春が来ましたよ。
ひとりで青空みていたら、
ひとりで足ぶみしました。
ひとりで足ぶみしていたら、
ひとりで笑えて来ましたよ。
ひとりで笑ってして居たら、
誰かが笑って来ましたよ。
からたち垣根が芽をふいて、
小径にも春が来ましたよ。
聞いているだけで心地よくなるリズムの詩であります。
それから土居さんはなんと坂村真民先生の詩もよく読まれるそうなのです。
もう私は感激しました。
そして真民先生の詩の中から「尊いのは足の裏である」を紹介してくださいました。
これは土居さんの希望で村上さんが朗読してくださいました。
尊いのは足の裏である
尊いのは
頭でなく
手でなく
足の裏である
一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その努めを果してゆく
足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ
頭から
光が出る
まだまだだめ
額から
光が出る
まだまだいかん
足の裏から
光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人である
この詩を紹介してくださるということは、真民先生の詩をよく読み込まれていることが分かります。
またラジオの中で、舌のトレーニングも教えてくれていました。
こちらも舌については私も最近研究しているので大いに共感しました。
私が紹介した「日日是れ好日」について話した「私が無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である」という言葉を紹介してくれていました。
この言葉にとても感激して泣いてしまったというのです。
素晴らしい感性をお持ちの方でいらっしゃいます。
このことにも感動しました。
それから音楽劇の中の言葉を紹介してくれていて、これも印象に残りました。
ラストの曲を歌った後に言う言葉らしいのです。
「だれか人生をその一瞬一瞬を生きている間に理解できる人はいるのでしょうか」という問いに、神と呼ばれる者が
「いいえ、聖人と詩人とかいくらかはね」
と答えるのです。
本当にお互いは人生の一瞬一瞬にきらめくものがあるはずなのですが、なかなか気がついていないのです。
高神覚昇先生の『般若心経講義』に
「般若の智慧によるならば、世の中のもの、皆すべてつまらぬものはないのです。いやすべては互いに裏となり表となり、陰となり、陽となって生かし、生かされつつある貴い存在なのです。まことに、「つまらぬというは小さき智慧袋」です。」
という言葉がありますが、お互いの人生は、朝目が覚めること、一杯のお茶をいただくこと、おはようと挨拶すること、一瞬一瞬たくさんのきらめきに満ちているのです。
土居さんのお話を聞いていると、そんな事が伝わってくるのでした。
最後にはその場で素晴らしい歌声を披露してくださっていました。
とてもとても素晴らしいラジオの放送でありました。
これからも拝聴するのが楽しみであります。
前回十六日の放送は、本日二十三日午前十時から鎌倉エフエムで再放送されます。
横田南嶺