50年ごとに行われる祖師の法要を「遠諱おんき」と呼びます。平成31年は円覚寺中興の祖である大用だいゆう国師の二百年遠諱、
そして平成30年は禅を世界に弘めたことで知られる釈宗演老師の百年遠忌にあたります。
 大用国師は江戸時代後期、修行道場を再興するなど、それまで一時衰退していた円覚寺を立て直された中興の祖です。
 釈宗演老師は、明治時代の円覚寺の老師で、夏目漱石が参禅したことでも知られています。漱石はその体験をもとに「門」を書きました。
また明治26年(1893)に開催されたシカゴ万国宗教大会で講演をし、欧米に向け初めて「ZEN」を紹介したパイオニア的存在です。
釈宗演老師に参禅していた仏教学者である鈴木大拙は老師の紹介で渡米し、
その後多くの禅に関する著作を英語で出版し、欧米でのZENブームが起こりました。
 この両遠諱を記念し、円覚寺とこれまで縁がなかった方々とも縁ができることを願い、4つの主な事業を行う予定です。
詳細はこのホームページ上でも、順次お知らせいたします。

  • 法要、授戒会、接心会
  • 伽藍の整備
  • 展覧会や寺宝の公開
  • 出版、映像制作

誠拙周樗

伊予国下灘村(現愛媛県宇和島市津島)に生まれ、7歳にして宇和島仏海寺霊印和尚につき得度。長じて豊後福聚寺東巌和尚、続いて伊予竜山荊林和尚に参じて18歳にして省悟あり。
さらに武蔵国永田の東輝庵(現宝林寺)に月船禅慧に参じて嗣法。円覚寺に移錫して正伝庵、仏日庵の塔主を経て天明元年(1781)円覚寺僧堂前版職(師家)に任ぜられる。時に37歳。
 天明5年(1785)に円覚寺正続院に前版寮を新築して一撃斎と号し、また開山仏光国師五百年遠諱を営む。  寛政九年(1797)秋に紀伊由良興国寺に法灯国師五百年遠諱を修し、文化3年(1806)春には武蔵山田広園寺開山俊翁令山禅師四百年遠諱に『無門関』を提唱し、同寺を開単す。同五年に前版寮を法嗣清蔭音竺に委ねて山内伝宗庵に移り、また相模金井の玉泉寺に隠居したものの、文化6年(1809)には上京して相国寺に開基足利義満四百年遠諱に前版職として『夢窓録』を提唱、さらに同10年には招かれて天龍寺に『碧巌録』を提唱。同12年に円覚寺に再住開堂の式を行い住山、ときに71歳であった。
 文政3年(1820)には相国寺から新僧堂前版職の拝請を受けて上京、僧堂開単慶讃仏事を行い『碧巌録』を提唱したが体調すぐれず、6月19日に遺偈を書して同28日に相国寺玉竜庵に示寂。世寿76歳。 相国寺心華院と円覚寺正伝庵、相州玉泉寺に分塔す。法嗣に志山、清蔭、淡海、泊船、龍門、拙庵等。著作は『忘路集』『誠拙語録』『虚行実記』『正法眼』等。
 大正8年(1919)の一百年遠諱に大用国師の諡号を賜った。
「その道力においても、見識においても、社会的活動の幅広さにおいても、白隠系を代表した隠山・卓洲等の英豪に伍して遜色なかったばかりか、溌剌たる禅機においては彼らを凌ぐものがあった。」とは、150年遠諱に寄せた別峰朝比奈宗源老大師の辞である。

誠拙周樗

釈 宗演

若狭国高浜(現福井県大飯郡高浜町)に生まれ、明治3年(1870)に妙心僧堂越渓について得度。ただちに妙心寺天授院に越渓に侍し、東山の群玉林(建仁寺山内)や三井寺の大宝律師について学を積み、同11年(1878)秋に円覚寺洪川のもとに掛錫するやたちまちに頭角を現し、洪川曰く「宗演禅士は観音の再来」と。同16年(1883)には嗣法。時に数え年の26歳であった。
同18年(1885)に慶応大学に入って西洋の学を学び、さらにセイロンに渡って梵学を修め、南方仏教を体得して帰国するや、永田の宝林寺住持を経て、明治25年(1892)には洪川遷化のあとを推されて円覚寺派管長に就任。時に34歳は比類ない若さであった。
翌26年(1893)、米国シカゴで万国宗教会議が催されると招かれて渡米、「仏教の要旨並びに因果法」と題して講演したのは、欧米人に禅を講じた最初である。
哲学者ポール・ケーラスは宗演の講説に刺激され『ブッダの福音』を上梓、鈴木大拙はこれを邦訳したことを縁に渡米、英語を駆使しての活躍が、後の「ZEN」の源流となった。また宗演も参禅の信徒ラッセル夫妻の招に応じて明治38年(1905)に再度渡米して、各地に講演、接化。さらに英、仏、伊からセイロン、インドを巡錫して、同39年(1906)に帰国。前後に建長寺の管長兼任(明治36年~)、臨済宗大学、花園学院学長(大正3年~)、加えて円覚寺派管長再任(大正5年~)など多忙極まりなき中にも国内各地を巡錫、接化し、さらに大正6年(1917)9月には中国に渡り、当地在住邦人のみならず中華民国の大官とも交流を深めて11月に帰国した。その後体調芳しからず、大正8年(1919)11月1日遷化。世寿61歳。『楞伽漫録』『宗演禅師書簡集』など著書多数。

釈 宗演

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