天明3年(1783年)当山中興の大用国師誠拙和尚が再建。楼上に観世音菩薩・羅漢が安置されている。「円覚興聖禅寺」の額は伏見上皇の勅筆。
仏を選び出す堂宇のことで、元の坐禅道場。元禄12年、1699年に建立。
薬師如来立像。仏を選び出す堂宇のことで、元の坐禅道場。元禄12年、1699年に建立。
禅を志す在家のための坐禅道場。もと牛込にあった柳生流の剣道場を、昭和3年柳生徹心居士より寄進され移築した。
「方丈」の名は、インドの維摩居士の居室が一丈四方であったことに由来する。本来は住職の居間であるが、多くの宗教行事がここで行われる。
源実朝が宋の能仁寺から請来した仏牙舎利を奉安する堂宇。鎌倉時代に中国から伝えられた「唐(から)様式」を代表し、その最も美しい建造物として国宝に指定されている。
本尊は宝冠釈迦如来。昭和39年に再建された。天井に前田靑邨監修、守屋多々志揮毫の白龍の図がある。大光明宝殿。
北条貞時が7日7夜江ノ島弁才天に参籠し天下太平、万民和楽を祈り霊夢を感じて大鐘を鋳造(正安3年、1301年)し、当山に奉納。あわせて弁天堂を建立し、弁才天を祀り当山の鎮守とした。
1301年北条時貞が国家の安泰を祈って寄進。鎌倉時代の代表的な梵鐘である。
松嶺院から寺院に向かう途中から望む。