2017年9月1日

愛媛巡礼 


大乗寺の山門前にて。中央に河野徹山老師と横田南嶺老師。

 円覚寺派管長・横田南嶺老師は、先日8月30~31日に

老師をこよなく慕う若手布教師の有志の和尚さんらと

愛媛県にある大乗寺や坂村真民記念館などを巡礼されました。

坂村真民さんが毎朝、拝んだという重信川の朝日。

重信川の朝日を浴びる大乗寺・河野徹山老師と横田南嶺老師。


大乗寺にて河野徹山老師の講話を拝聴。

大乗寺にて真民詩を講義する横田南嶺老師。

大乗寺にて真民詩を講義する横田南嶺老師。

大乗寺地蔵堂にて坐禅。

宝厳寺新本堂阿弥陀像の前で河野徹山老師と横田南嶺老師。

坂村真民記念館前にて西澤孝一館長夫妻と。

2017年3月26日

管長 愛媛・坂村真民記念館で講演会


 円覚寺派管長 横田南嶺老師は、昨日、愛媛・砥部町にある坂村真民記念館横の

商工会館にて記念講演会を行いました。

 今、坂村真民記念館では、「東日本大震災と坂村真民の詩」展が開催されており、

関連イベントとして、この記念講演会が開かれ、横田南嶺老師が講師として招かれ

ました。

 宝厳寺にある坂村真民さんのお墓にお参りする管長。


 坂村真民記念館には、管長揮毫の坂村真民さんの詩が多数、展示されています。

2016年8月31日

管長 四国巡礼

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 円覚寺派管長・横田南嶺老師は、建仁寺教学部長さんや代表の和尚さんらと8月29、30日と

四国に出かけられ、愛媛県砥部町にある坂村真民記念館や一遍上人縁の寺・宝厳寺を訪問されました。

 今回の訪問の目的は、来年開催の円覚寺夏期講座の講師として、西澤真美子様にご登壇いただきたく、

管長がご依頼に赴かれました。西澤真美子様には、快くお引き受けいただき、来年の6月2日に

講師に決まりました。

 建仁寺さんも7月7日の建仁寺・暁天講座にて、西澤真美子様に講演いただけることになりました。
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記念館に掲げられている南嶺老師揮毫による坂村真民詩「火」。

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 坂村真民さんも毎日拝んだという、朝日輝く重信川。

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 重信橋
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 再建された宝厳寺本堂前にて。老師の隣にいらっしゃる方は、宝厳寺の新しい住職さんと

先住さんの奥様です。宝厳寺には、坂村真民さんのお墓があります。

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 火事で焼失してしまった一遍上人像ですが、見事に新しく生まれ変わりました。

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本堂と一遍上人堂

2016年3月8日

円覚寺派 正宗寺 旌桜寺

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正宗寺山門

昨日、円覚寺遠諱・展示広報委員会では、茨城県常陸太田市にある

ある円覚寺派寺院 正宗寺に遠諱の挨拶と末寺の寺宝調査に

和尚と学芸員さんなど14名で訪問致しました。

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正宗寺参道

 正宗寺は、923年に平将門の父・良将が律宗寺院増井寺として建立したことに

始まり、様々な変遷を経て南北朝時代に臨済宗寺院となり、現在では臨済宗円覚寺派

のお寺としてに至っています。
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本堂正面

 全盛期は、七堂伽藍が棟をつらね、4万石もの寺田を有し、臨済禅の一禅窟として

君臨したと伝えられています。
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掛け軸などの調査の様子。
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 正宗寺の調査の合間に、委員の和尚は、近くにある円覚寺派寺院 旌桜寺(せいおうじ)を

見学に行きました。境内には、樹齢を重ねた桜の古木とお堂が2つ境内にありました。

 この旌桜寺の旗桜は、桜愛好者には有名なようで、その寺名は、1631年佐竹氏が

お寺を建立した際に境内の桜が見事だったことから旌桜寺とした伝説があるそうです。

 桜が満開の時期にぜひ訪ねたいお寺です。

2016年2月24日

老師 真民先生に墓前報告

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<宝厳寺にある真民先生のお墓>

 今日、横田南嶺老師は、愛媛・松山の坂村真民のお墓や記念館を日帰りで訪問されました。

 今回の訪問の目的は、来月下旬に出版される新刊本(仮題)

「二度とない人生だから、今日一日は笑顔でいよう~生きるための禅の心」

(PHP出版社)の出版にあたって、ご著書の中で真民先生の詩を多く引用しているので、

真民先生の墓前に報告と詩の掲載許可を快諾してくださった

坂村真民記念館館長の西澤孝一様と西澤真美子様にご挨拶するためでした。

 記念館では、2月28日まで「坂村真民と一遍上人」展が行われていて、

大勢の人で賑わい、3月5日からは、新たに「森信三と坂村真民の世界」展が

始まる予定です。

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<真民先生にゆかりが深い重信川>
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<宝厳寺>

真民先生と一遍上人像の逸話で出てくる宝厳寺。

老師は、近年の火災による焼失から見事に復興し、再建完了間近の宝厳寺も

訪れました。

2015年9月4日

管長 本宮出向講演と玄峰老師巡礼②

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<生誕地にあるあづまや旅館>

 玄峰老師は、和歌山県四村の湯の峰温泉の旅館・芳野屋(現あずまや旅館)で生まれました。

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<山本玄峰老師が育った四村(現田辺市本宮市)の風景>

その後、四村の岡本家に養子にもらわれて育ちました。
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四村周辺の景色。きれいな川に田んぼに日本の原風景のような景色が残っています。

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湯の峰から少し離れた渡瀬温泉にある玄峰老師のお墓です。

岡本家のお墓の中に玄峰老師のお墓があります。

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 また、今日、九月四日はちょうど四年前に紀伊半島大水害のあった日です。

新宮市では午前中に合同慰霊祭が行われる予定で

南嶺老師は、その前に一人熊野川に面して建てられた慰霊碑に読経されました。
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2015年9月4日

管長 本宮出向講演と玄峰老師巡礼①

 円覚寺派管長 横田南嶺老師は、郷里である熊野地方での特別講演会に招かれ

熊野・本宮生まれの禅僧、山本玄峰老師について講演をされました。

山本玄峰老師は、終戦の詔勅にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言を進言したり、

時の鈴木貫太郎首相に象徴天皇制を発案するなどしたことで有名な方です。
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講演会の様子。会場は満席、外にもあふれるほど。

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湯の峰温泉にある玄峰塔。
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玄峰塔。玄峰老師がなくなる二十日ほど前に自ら石碑の字を揮毫された絶筆です。

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玄峰塔碑文

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本宮大社への参詣道

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大斉原(おおゆのはら)の日本一の大鳥居です。

2015年8月28日

愛媛・坂村真民先生巡礼の旅③

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<坂村真民先生の自宅前にて>

 その後、南嶺老師御一行は、真民先生ゆかりの開花亭でお食事をして、

坂村真民先生が生前住んでいたお宅を訪問しました。
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真民先生の御霊前にて読経。
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そして、御一行は、真民先生が毎朝通ったという、自宅近くに流れる重信川に。 
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重信橋にて
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真民先生の数々の詩の創作にインスピレーションを与えた重信川の風景。

2015年8月28日

愛媛・坂村真民先生巡礼の旅② 

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宝厳寺を後にして、御一行は、坂村真民記念館を訪問。

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記念館では、西澤孝一館長や真民先生のご息女である西澤真美子さんらと

2時間に及ぶ、講義や解説、質疑応答などが行われました。
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<真民先生が重信川で発見して、愛用されていた仏足を拝する老師>
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これが真民先生の「飯台」という詩に出てくる本物の飯台です。

 ちなみに終戦後に作られた「飯台」の詩を紹介しますと

{何もかも生活のやり直しだ 引き揚げて五年目 やっと飯台を買った

あしたの御飯はおいしいねと よろこんでねむった子供たちよ

はや目をさまして 珍しそうに 楽しそうに ご飯もまだ出来ないのに

自分たちの座る場所を 母親にきいている わたしから左回りして

梨恵子 佐代子 妻 真美子の順である 温かいおつゆが匂っている

おいしくつかった沢あん漬けがある 子供たちはもう箸をならべている

ああ 飯台を一つ買ったことが こうも嬉しいのか 貧しいながらも

貧しいなりに育っていく子の 涙ぐましいまでいじらしいながめである}

『坂村真民全詩集第1巻』より

2015年8月28日

愛媛・坂村真民先生巡礼の旅①  

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<愛媛・松山 大乗寺・地蔵堂にて>

 横田南嶺老師は、先日の26、27日に、布教師会に所属する若手和尚さん5人とともに

愛媛県松山に坂村真民先生巡礼の旅をされました。この旅は、南嶺老師に次の願いによって

実現しました。それは、若い布教師の和尚さんらとともに、真民先生が実際に生活されていた

松山・砥部町や真民先生ゆかりの地を訪ねて、そこで、真民先生の教えを学び、造詣を深めて、

その学んだことを今度は、布教師の和尚さんがより多くの人に広めて、真民先生の詩が

まるでタンポポの種が広範囲に広がって、さらに多くの人に真民詩を知ってもらいたいという

願いが込められています。

 南嶺老師御一行は、昨日、紹介したように、まずは、松山護国神社(失明宣告を受けて、絶望の中、

母が唱えていた「念ずれば花ひらく」を思い出した場所)を訪ね、次に宇和島城、そして

大乗寺・地蔵堂にて坐禅をされました。
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<宇和島城の竹やぶ>

 これが真民先生とアメリカ人青年とのエピソードで出てくる宇和島城の竹です。そのエピソードは以下。

 {真民先生には「涼しい風」に関してこういう逸話があります。真民先生は40代の頃、

四国・宇和島の大乗寺に毎朝、坐禅に通われていた。たまたま、そこにアメリカの青年が来た。

真民先生は「どうしてこんな四国の片田舎にアメリカの青年が禅をやるためにやって来たのか」

と不思議に思っていた。

 ある時に地元の宇和島城を案内していたら、城に上る途中にあった竹林のとこで

その青年が立ち止まってじっと竹を見ている。そして真民先生の方に振り返って

何を言い出すのかと思ったら「これがわかるか?」と言った。

 するとその竹林から涼しい風が吹いてきた。そして、その青年は「この風が禅だ」と

言いいました。真民先生はびっくりしてこんな青年はもう日本をさがしてもどこにも

いないだろう、アメリカの青年だからわかるまいと決めつけてはいけないと反省

させられたそうです。}
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2日目になり、御一行は、真民先生が敬慕して止まなかった一遍上人がお生まれになった

地に立つ宝厳寺を訪問。宝厳寺は一昨年に火災にて本堂などを消失してしまいましたが、

写真のチャリティーグッツ起き上がりこぼし「もういっぺん」の売り上げ(半分が募金に・

現在も販売継続中)やご寄付が予定額の8割集まったので、再建も始まりました。
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<再建が始まった宝厳寺>

blog-真民墓前の諷経
 また、この宝厳寺には、真民先生のお墓があり、墓前にてお経を上げました。

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