2018年10月30日

長福寺の本堂の様子


齋会の行われた長福寺の本堂の中です。

祭壇に設けられた頂相は、東慶寺にある頂相を複製して作られました。

お位牌も、ご生家の皆さまで作られたものです。

百年諱の偈は

元これ、高浜の獅子児

終になる、三界の大宗師

碑を建て、徳を讃う、生誕の地

今まさに、深恩報謝の時

意訳しますと

もとは、この高浜の腕白小僧だったのが

とうとう、日本のみならず世界の人々を導く

立派な指導者となられた。

この生誕地では、顕彰の碑を建てて徳を讃えてくれていて

いまはまさに、宗演老師のご恩に報いる時である。

というほどの意味であります。

こうして、二十九日の夜に鎌倉に無事帰りました。

いよいよ十一月一日、円覚寺仏殿において

釈宗演老師百年諱の大法要が行われます。

2018年10月30日

釈宗演老師百年諱 無事円成


釈宗演老師の故郷、福井県高浜に昨日まで出向されていた

横田南嶺老師からのコメントと写真です。

「十月二十九日

高浜の長福寺において釈宗演老師百年諱の法要が無事に行われました。

長福寺は、釈宗演老師の御生家のすぐ近くで幼少の頃、この長福寺の印宗和尚について

漢籍を学ばれました。

本来であれば、お寺で和尚様の法要を行うのはそのお寺の世代の和尚に限るのですが、

今回は、地元も相国寺派の和尚様方の篤いお心によって、法要が行われました。

宗演老師も、かつて自分がまだ幼い頃漢文の基礎を教わった寺で、自分の

百年諱が行われるとは思いもしなかったでしょう。

それがこうして実現しました。

そんな法要に、円覚寺から私が招かれて大導師を勤めさせていただき、感慨無量でした。

高浜の地では、当初二十九日は雨の予報だったのですが写真の通り、見事な晴天に恵まれ

宗演老師のお徳と地元の皆さまの熱意のたまものと思ったのでした。]

2018年10月29日

福井新聞に管長の記事が掲載


 福井新聞に横田南嶺管長の記事が掲載されました。

皆様、ご覧下さい。

2018年10月29日

若狭富士


釈宗演老師の故郷、福井県高浜に出向されている

横田南嶺老師からのコメントと写真です。

釈宗演老師が四十一才の時に

両親の墓参の為に帰郷されています。

そのときに、

こんな漢詩を作られています。

七年省せず、故郷の関

骨肉、多くは帰る、黄土の間

余の愁念を慰む、知らん何物ぞ

旧きによって、雪浜、青葉山。

意訳しますと

七年故郷に帰っていなかったので

久しぶりに帰省してみると、親類の

多くは亡くなっていて淋しく思う。

わたくしのこのもの悲しい思いを慰めてくれるのは

なんだろうか。

それは昔ながらのこの高浜の青葉山だ。

という意味です。雪浜というのは高浜のことです。

この最後の青葉山が、長らく

私は季節の言葉で、青葉の山だと思っていましたが

高浜には青葉山というすばらしい山があるのでした。

若狭富士とも言われるものであります。

この青葉山を宗演老師は、懐かしく眺めておられたのだと

思いました。

2018年10月29日

旭の出る空ぞ恋しき


釈宗演老師の故郷、福井県高浜に出向されている

横田南嶺老師からのコメントと写真です。

「釈宗演老師が明治二十年数え年二十九才で

セイロンに行って南方の仏教を学ばれました。

現地では言葉も通じず、苦労なされたようです。

そんな折りにこんな和歌を残されています。

身は雲にこころは水に墨そめも

旭の出る空ぞ恋しき

きっと、ふるさと高浜の海からみえる

朝日を思い出されていたのだと想像します。

高浜の海に昇る朝日の様子を

私もしみじみと眺めていました。」

2018年10月28日

管長 釈宗演老師生誕地記念碑の除幕式と記念講演会@福井県高浜


円覚寺派管長 横田南嶺老師は、釈宗演老師百年忌にあわせて、

宗演老師の生誕地である福井県高浜に

生誕地記念碑の除幕式と記念講演会のために出向されました。

講演会や除幕式には、大勢集まりました。

記念碑の字は、横田南嶺老師が揮毫されました。

今回の記念碑はより多くの方に知ってもらうよう、国道沿いの、役場と公民館の前に建てられました。


五十年前の五十回忌の折に生家に建てられた朝比奈宗源老師の書かれた記念碑です。


高浜のきれいな海岸で、明鏡洞という名所です。

2018年10月9日

管長 ジャポニズム2018@パリ⑥ てぬきうどん


パリから横田南嶺管長のコメントです。

「パリの日本文化会館で

この写真のようなものが

ありました。

「てぬきうどん」?

何かの間違いかと思いましたが

インスタントのうどんでした。

国虎屋という日本の高知にある

れっきとした讃岐うどん店だそうです。

それがパリにお店を出しているのです。

因みにホテルの部屋でお湯を入れて食べてみると

これが実においしいのでした。

これも日本文化でありましょうか?」

2018年10月8日

管長 ジャポニズム2018@パリ⑤ 野村万作、萬斎さん親子の名前と


パリから横田南嶺管長のコメントです。

「パリ市立劇場エスパス・カルダンの

入り口にて。

野村万作、萬斎さん親子の名前と

ともに横田南嶺の名もありました。」

2018年10月8日

管長 ジャポニズム2018@パリ④ 講演会


講演中。

横田南嶺管長のコメント。

「十月七日午後三時より

パリ私立劇場エスパス・カルダンにおいて

横田南嶺の講演会が行われました。

十月二日から始まった

パリにおいて禅文化を紹介する企画も

この講演会が最後となります。

会場には約五百名の方々が集まりました。

講演のはじまり。

「みなさん、こんにちは。

日本からまいりました、鎌倉の円覚寺です。こうしてパリで、禅のお話しをさせていただきます。

一時間ほどお時間をいただいていますが、禅を伝えるのにそんな長い時間はいりません。

たとえば、一輪の花が咲いていたら、そこに禅はすべて説き尽くされています。

もしも花がないというのならば、こうして(扇子で机を打つ)カチンと音を出せば、

それですべてを説き尽くしているのです。

これは、何も奇をてらうものではありません。

禅は、決して過去の話でも、他人の話でもなく、

今ここでこの音を聞いているものは何なのか、

これを追求します。

皆誰しも心あればこそ聞いているのです。

この心を究めてゆくのが禅の道であり、

そしてその心に花を咲かすことを目指しているのであります。

…」


○講演後の椅子坐禅。

講演のあと、会場の皆さんとともに

椅子坐禅を十分ほど行いました。

講演のあとだけあって

みな真剣に坐っていました。

講演後の椅子坐禅の

参加者の一人からは

講演を聴いた後、皆で坐禅を

していると、フランス人に日本人の

垣根を越えてひとつに溶け合ったと

感じたと言ってくれた人がいました。

講演で、

坐禅して自我意識を越えるとすべてが

ひとつながりになっている、広い世界を

感じることができると話をしていたことを

聞いていて下さったのだと思いました。

それから、また別の参加者の方が

舞台の上で坐禅している私に

後光が射して見えたと感動していた

人がいましたが、

これは、後光ではなく、単なるライトの光です。

誤解のないように。

その証拠に、私自身がまぶしくて仕方がなかったのです。

居士林で長く坐っているモルガン氏。

ちょうどフランス滞在中で通訳を手伝ってくれました。

2018年10月8日

管長 ジャポニズム2018@パリ③ 「フランス人との問答」

円覚寺派管長・横田南嶺老師のパリからのコメントです。

「坐禅会のあと

質疑応答の時間を設けました。

とある女性からの質問。

今日教わった坐禅や数息観を

日常においてどのように活用して

取り入れたらいいですか。

坐禅をするのに一番いいのは

朝起きてすぐの時間と

夜の寝る前でしょう。

朝起きて、ベッドの上で

五分でもいいから静かにすわってみることです。

夜も同じくベッドの上でいいから静かに坐るという

習慣をつけることが大事です。

数息(呼吸を数えること)は

簡単なようで、大きな効果があります。

一番いいのは、感情的になってしまった時でしょう。

腹を立てて怒りの感情にまかせて

言葉を発したり、行動を起こすと

よい結果にはなりません。

感情的になっている時ほど

少し落ちついて自分の呼吸を十くらい数えてみることです。

それだけでも感情はおさまってきます。

また別の女性からの質問

坐っていても次から次へと思いが湧いて

あふれてくるのです。どうしたらよいのでしょう。

先ず、思いが湧いてくるのは自然なことだと

思う事です。

思いや雑念が湧いて、自分の坐禅がうまくいっていないなどと

自分を責める必要はありません。

そうですね、たとえば橋の上から川の流れをただ

見ているように、静かに自分の思いを見ていることがいいでしょう。

決して思いの中に入っていったり

追いかけたりしないで、ただ見ているのです。

すると、どんな思いであっても

必ず湧いては消えるものなのです。

少し離れて見ていることがいいと思います。

思いの波にのみ込まれないように

思いをそれ以上に増幅させないようにすることが

できます。

(坐禅会の会場である日仏会館にゆく途中

セーヌ川の畔を歩いていったので

川の流れを思いついたのと

フランスではマインドフルネスが流行していると

聞いていましたので、あえてマインドフルネス的な

答えを致しました。思いを断ち切る方法は

いろいろありますが、一番穏やかでそして確かな方法であります。」

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