2018年9月5日

坂村真民先生の足跡を訪ねる旅⑤ 夜神楽

高千穂神社の夜神楽も拝見しました。

天岩戸にこもった天照大神を探し、

天岩戸の前で舞を舞ったのが始まりという神楽です。

その一部を拝見できました

そして田を耕し、秋の稔りに感謝して、

酒を造りお互いに酌み交わし、夫婦仲睦まじく暮らす様子も

舞われていたのでした。

 この高千穂の夜神楽を見て真民先生は、「大和楽」を感得されたのです。

古き日本の神話の大らかな世界に

ホッとするものを感じ取り

和楽という言葉をしみじみ味わったのでした。

2018年9月5日

坂村真民先生の足跡を訪ねる旅④ 大宇宙大和楽

「玉名の地を訪ねた後、阿蘇の幣立(へいたて)神宮にお参りしました。

幣立神宮は伊勢神宮より古い神話の地であり、

宮司様は真民先生と遠戚にあたります。

真民先生の三女である西澤真美子様に御案内いただいたおかげで、

昇殿して正式参拝し、宮司様のお話も賜ることができました。

 その後、宮崎県にある高千穂神社にお参りしました。

幣立神宮と高千穂神社は、真民詩にとっては特別な意味を持ちます。

 真民先生八十一歳の時、高千穂神社にお参りして、

その夜神楽を見て、「大和楽」の神気をいただかれ、

更に幣立神宮にお参りしてその祭神に

「大宇宙大和神(おおとのちおおかみ)」さまが

在られることを知って、ここで大宇宙の神意に触れて、

二つのお宮から「大宇宙大和楽」という新しい世界観、

宇宙観への大きな想念を得られたのでありました。

 幣立神宮は神気満るところであり、高千穂神社もまた、

古来天孫降臨の霊地とされるだけあった、

何とも言えぬ森厳な気に満ちていました。」


幣立神宮にて記念撮影


高千穂神社にて記念撮影

2018年9月2日

坂村真民先生の足跡を訪ねる旅③ 念ずればの原点

「 今回玉名の地を訪ねて気がついたことに

小さな観音堂がそこかしこにお祀りされていることでした。 
 
井戸水を汲みに通われた道のにも、小さな観音堂が

お祀りされていました。

この田崎の地に、真民先生のお母様は、

夫の死後三十六年お住まいになられたのです。

きっとこの観音堂にもお参りなされていたの違いないと思います。

お母様は観音信仰をお持ちであったといいますから

この観音さまに手を合わせて、五人の子供が無事に育つように

一心に念じられたのであろうと思いました。

その母の思いが、「念ずれば花ひらく」という美しい言葉となったのだと、

私も観音堂に手を合わせながら納得できたのでした。」

2018年9月2日

坂村真民先生の足跡を訪ねる旅② 真民詩の原点

今回の旅の一番の目的は真民先生が毎朝水汲みに

通っていたという井戸を拝見することでした。

数年前に真民記念館を訪れた際に、

この井戸が今も残っていることを、西澤館長からうかがって、

是非一度拝見したいと思っていその念願がかないました。
 
八歳の頃父の死に目に会えなかった真民先生は、

その後お父様ののど仏を家にお祀りして、毎朝近くの共同井戸に行って、

お父様ののど仏にお供えするお水を汲みに通われました。

しかも真民先生は、その井戸水を汲むのに、

まだ誰も水を汲みに来ていない朝一番のお水を

汲まれたのでした。

真民先生の早起きのもととなった井戸です。

毎朝早く起きて夜明けの霊気を吸って作られたのが

真民詩だから、その井戸こそは真民詩の原点とも言えます。
 
真民先生の育たれた家からは、井戸へはそう遠くはないのですが、

まだ舗装もされていない道を、

八歳の少年が夜明け前の薄暗い中、

重い水を持って歩かれたのだから、

随分と長い道のりと感じられたことであろうと、

しばし井戸端に立ち、八歳の少年が、父ののど仏に供える為に水を運ぶ姿を

思い感慨無量でした。

長年真民詩を学んできましたが、

こうしてまた一歩真民先生にお近づきできたような気がしたのでした。

2018年9月2日

坂村真民先生の足跡を訪ねる旅①

先日、横田南嶺老師と老師を慕う若手布教師和尚さんらが

坂村真民先生の足跡を訪ねて熊本などを巡礼されました。

 横田南嶺老師がその紀行文を書かれたので、それを掲載します。以下。

「平成最後の夏、西澤孝一坂村真民記念館館長の

ご案内で、臨済宗の若手の布教師達十数名と共に

熊本県玉名を訪ねてきました。

真民先生が八歳の時に、

お父様が病で急逝され、お母様は三十六歳で、

八歳の真民先生を含む五人の子供を抱えて

生きてゆかねばならなくなりました。

 お父様の死後、お父様の実家にしばらく住まわれましたが

やがてしばらくして、玉名市田崎というところで、

母と五人の子供は暮らされました。

今回は、今も残っているお父様の実家を拝見し、

そして幼い時代を過ごされた田崎の地を歩いてきました。」

写真は今も残る真民先生の父の実家

ページのトップへ戻る