2017年12月7日

「五蘊皆空の実証」一日一語156



 横田南嶺老師が昨日の臘八大攝心で提唱されたことをまとめてみました。

 臘八の間は、いつも、皆さん、修行僧とともに午前2時から

坐っている。それで、一通り、朝の独参まで終えると6時ごろなる。

それから、臘八の時だけ、一人で冷水をかぶっています。

 何だかバカなことと思うかもしれないが、医者からもそんな

バカなことはやめろと言われながらもやっています。

 それは、五蘊皆空(ごおんかいくう)であることを自分の身体で

実証をしたいからです。いくら坐禅をして、五蘊皆空と言ったところで

自分の身体で納得していなければ、本当のものではないといつも

思うのです。

 水をかぶるというと冷たい水が肌にあたる。そこに冷たいなという

感覚が生じる。冷たいなというものに対して思いが生じる。

不快な思い、嫌な思い、こんなことはやめようというような

意識が働いてくる。

 バカなことやってられるか、そして、思いによって、水をかぶる

のは、かなわんなとかいうような認識が生じてしまう。

 最初は、この冷水をかぶるのも、やはり、どうしても気合でやっていましたが、

その気合だけでやっているのは本当のものではないというのを、

今日は、話をしたいと思います。

 水をかぶることを冷静に観察をしていくと、別段、受想行識が働くことが

なければ、水をかぶったとしても、何の苦痛もありはしない。

 別段、ただ、水をかけるだけですから、その辺の植木に水をかけるのと

同じ道理です。そんな気持ちになる。そして、それが実証できる。

 また、自分で観察をしていると、感覚そのものには、そんな冷たいとか辛いとか

ということはない。今朝あたりは、自分でそれを体験できた。単なる温度差に

よって皮膚が収縮しているだけ、それだけだと。

空の身に、空の水が流れているだけで、受想行識も空であると

実証できた。

 それに対して、人間は様々な受想行識という思いを増幅させてしまう。

あー!冷たい!とか、嫌だなとか、かなわんなとか、そんなことが

どんどんと増幅してくると、それが苦しみの原因となる。

 そんなものは、別段空ずることができる。外のものが触れる感覚、

これだけがはっきりと感じる。冷静に観察をすれば、それで終わりです。

 あー、水が肌を流れているという感覚で終わりです。

 このように、あー、なるほど、五蘊皆空であるなと自分で体験をする。

それだけのことです。皆、その五蘊というものを作り上げて、その中で

いるものでしから、五蘊の世界同士がお互いに対立してしまう。

 五蘊皆空を自分の身体で実証をしていくことは、快活なものです。

 私も最初のうちは、気界丹田に力を入れて気合でやっておりましたが、

気合だけでは本物ではないと思うようになり、淡々と冷静に見つめて

色受想行識を空じて、水が肌の上を流れていくだけと気づきました。

 そうすると、いろいろなものに動じなくなる。どんなことでも

平々淡々と立ち向かっていくことができる。

 そこから本当の般若波羅蜜、本当の智慧が出てくるのではないでしょうか。

2017年12月7日

「平平に体究し閒閒(かんかん)に体究す」一日一語155



 横田南嶺老師が昨日の臘八大攝心で提唱されたことをまとめてみました。

 確かに気合を入れて加熱してやらなければ、臘八なんかは乗り越えることは

できません。しかし、これは、白隠禅の弊害の一つであろうかと

思いますが、全部、成り切れ、成り切れ一枚じゃと言って、そうして、

成り切ったと言って自分で大きな顔をして偉そうにしている。

 自分は見性した!大悟したと言って大きな顔をしてるが、実は、

世間の邪魔になっていないか。それは、お湯につかってぶかぶかしているより

まだ、ましだろうと思いますけれど、問題ではあります。

 仏光国師の言葉に「平平に体究し閒閒(かんかん)に体究す」とあります。

これは、どういう修行の在り方を言っているのであろうか?

これは、馬祖道一禅師の言われた「平常心これ道」というのが、ここに

出ているのでないか?

 白隠禅があったおかげで、禅の命脈が今日に伝わっているいます。

しかしながら、白隠禅も250年も経ってくると様々な弊害も出てくる。

白隠一辺倒にしがみついていたのでは、このような、今、申し上げたような

過ちを犯していることはないだろうか。

 禅の原点は、どこにあったであろうか?正しい仏典と照らし合わせて

それでも、間違うことのないものは、どこにあろうか?

 五蘊皆空を体得するということは、どういうことであろうか?

五蘊は、皆、空なりと体験して、一切の苦厄を度される、救われるとは

どういうことであろうか?

 経典語録を参照しつつ、禅定を怠ることなく、それでいて、

「平平に体究し閒閒(かんかん)に体究す」です。

閒というのは、心静かな様子です。私が今、自分の公案であると

思っているところは、こういう所であります。

 そんな古人が力をも費やさず、心をも費やさず、身も心も

仏の方に投げ入れて、仏の方より行われていく、これを実証していく。

「平平に体究し閒閒(かんかん)に体究す」です。

求めていきたいところでございます。

2017年12月6日

「悟ったことをも振り捨てていく気力」一日一語154



横田南嶺老師が今日の臘八大攝心で提唱されたことをまとめてみました。

 公案(禅の問題)を振り捨てる、悟ったことをも振り捨てていく気力、

これがまた、大事なところであります。

 公案というものをどのように修行していったらよいか?あるいは、

私たちは、どんな間違いを犯しがちであるかということを

円覚寺開山・仏光国師 無学祖元禅師は、語録の中で説いてくださっています。

 「無所得」つまり、何かを得たいと思う心、これも、最初のうちは、

これがなければ、何の道も始まりませんけれど、しかし、これが、また、

執着のもとになることもあるんだということです。

 何か得たい!何か得たい!ということが、かえって、また、執着のもとに

なってしまうこともある。

 何か得たいと思って、頭の中だけで、禅について、公案について、

仏道について考えてばかりいたり、また、頭の中で、他のものと比較して

「あっちはこうだ、こっちはこうだ」と考えていたならば、

たとえ、「あー!なるほど!」と思うことがあったとしても、それは、

一時の浮ついた妄想にしか過ぎない。

 あるいは、仏道の上から言えば、「あー!なるほど!」と思うことが

あったとしても、それは、つまずきにすぎないと

仏光国師は、仰せになっています。

 例えば、それは、蒸し風呂に入ったようなもので、サウナの中に入って

ぐっと辛抱、我慢をしてから、パッと外に出ると、「ふっ」と息を吐いて、

やれやれ、身体がすっかり軽くなったような気がして「あー、自分の

病気は無くなったようだ」とか、「自分は健康になった」とか

「自分は、もう、悟った」というような気になったものだ。

 それに対して、仏光国師は、それは、間違いだとはっきり仰せになっている。

しかし、似たような間違いを人は、犯してしまいます。

 公案の修行も似たようなもので、長い間、ずっと公案をやっている。一生懸命、

長いこと努力をしている。禅堂に長いことずっと坐っているなど、

長いことやっていると、意識が恍惚してくる、いわゆる、朦朧として

移り変わっていく。

 すると、突然に忽然として、意識が断絶、途絶えてしまう。

あたかも、意識の働きが空に雲が浮かんだり消えたりするがごとく、

幻影を見たり、聞いたりする体験をする。

 それで、これまで一生懸命、長い間、やってきたものですから、

「はっ!自分は悟った!」と思ってしまいますが、それは、一時的な

心理変化を体験したに過ぎないのです。

 仏光国師もそういう体験をされているが、それは、単なる、通過儀礼なのです。

そういうものがなければ、深い禅定には入れませんが、その途中の景色に

とどまって、悟った気になって、「自分は、悟った!」と言い出す。

 それは、妄想の花が妄想の実を結んだだけのことにしかすぎない。

あるいは、「自我意識のかたまりが砕け落ちた」ということを言い出す。

あるいは、「天と地がひっくり返ったような体験をした」とか「寒中でも

汗をかいた」とか「寒中、冷たい水をかぶっても、平気でござる」と

うそぶくのもこの程度の類です。それは、たいしたことはない。

 あるいは、「この宇宙、世界が消えてなくなった」と言い出す。

みな、こんなことは、本当の悟りではない。地面に足のついた本当の悟り

ではない。

 仏光国師は仰せになっている。浮ついた心が様々な不思議な現象を

見ているようなものであると。そんなことでは、本当の仏様の悟りの

心境を体得することは到底できない。

 浮ついた心が様々な現象を見るがそんなものは、ことごとく、

否定して否定して、振り捨てて、振り捨てていくことが肝心だ。

 そんなものにひっかかっていてはいけないという気力を得ることが

重要だ。

 そんな様々な心境の変化に執着、とらわれて、自慢していることでは、

話にならない。そうしておいて、自分は、禅僧であるとがっと眉を

釣り上げて、目を怒らせて、いかにも、禅僧らしい、いかにも、

悟ったような顔をしているが、その腹の中を覗けば、何にも

わかっていない。

求める心や執着しようとする心をやめることが肝腎であります。

2017年12月5日

「自らの意思で」 一日一語153


山紅葉

 今、円覚寺専門修行道場(僧堂)では、臘八大攝心(ろうはつおおせっしん)が行われています。

臘八大攝心とは、お釈迦様が12月8日にお悟りを開かれたことを由縁として、

12月1日から8日までを1日とみなし、1週間、横にならずに坐禅し続ける、

雲水(修行僧)にとって、1年で1番厳しい修行期間のことを言います。

 横田南嶺老師が臘八大攝心で提唱されたことをまとめてみました。

 お釈迦様の難行苦行と今、我々がやっているこの修行と何が違うのでしょか?

決定的に違うのは、何であるか?

 お釈迦様ほど厳しい修行はしていないというそういう度合いの問題ではない。

何か一つ決定的な違いがある。それは、お釈迦様は、誰かに言われて

やったのではないということだ。

 「こういう苦行をしろ!」「こういうことをしろ!」と言われてやった

苦行ではない。

 それに対して、我々がやっているのは、言われてやっているのではない

だろうか?決められたことだから、やっているのではないか?

 果たして、自らの意思で臘八をやろうという気でやっているのか?

臘八は、寝たらいかんと言うから、仕方ない、柏蒲団を取り上げられ、

じっとしているのではないか?

 自らの意思で「よーし!寝ずにやろう」と思ってやっているか?

進んで行くものは、自ら進むけれど、嫌々やらされているのは、

昔の人が言うように、半紙一枚でも嫌々持たされるのは重いと。

 言われたことをこなすだけでは、本当の修行にはならない。

言われたこと以上に何をしていくか?何の道でもそうであろうかと

思います。言われて決められたことをこなしていくだけでは、

何にも得るものはない。

 講本下見の間や、坐睡(*臘八中は、午後11時~午前2時の間

横にならずに、坐禅の姿勢のままで休むことが許されています)の間も

休むなとは言いませんが、ほんの5分でも10分でも、たとえ、3分でも

「自分で坐ろう!」「自分でやろう!」という、そういう自らの意思を

持って臨んでいかなければ、まるで、病院の待合室で、順番を待って

ぼやっとしているような状況になってしまう。

 それでは、いくら1週間やっても、ただ、眠いのとお腹がすいたのを

我慢するだけで、全く得ることがない。我々は、多くのご供養をいただいて

こんな年末の忙しい時に1週間も坐禅をさせてもらえることは、本当は

有り難いことであるはずであります。

 どうか、もう一度、原点に帰って、お釈迦様は誰かに言われて苦行を

したわけではない。自らの意思で、脊梁骨を立て、己と戦っていかれた。

 そこに仏教が開かれていった。この道が開かれていった。我々は

それを学んでいるのであるということを自覚しなければならない。

古人が何を求めたのか?これを求めていかなくてはならない。

(平成29年12月4日 臘八大攝心提唱より)

2017年11月20日

「宗教、宗派とは?」一日一語152


 円覚寺総門付近の紅葉の様子です。

横田南嶺老師が今日の僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。

 最近、京都の三千院門跡門主で、懇意にさせていただいている

堀澤祖門大僧正より新刊本『枠を破る』をいただきました。

その本の中で、大僧正は、次のようなことを仰せになっています。

 宗教の根本には不安というものがあるのである。そして、現代の時代に

おいて、これだけものが豊かになり、経済的に発達し楽な暮らしになっても、

人間の不安というものは、根強く残っているのである。

 むしろ、なお、一層、不安感というものは、募っている。にもかかわらず、

現代の仏教界においては、寺離れということが言われている。本当であれば、

つまり、そのような不安がつのっているのであれば、不安を抱いている人は

伝統仏教の門をたたけば良いと思うが、しかし、そうはなっていない。

 なぜであるか?宗教や宗教家と呼ばれる人達が自分の宗教や宗派の教えに

縛られている。同じ宗派の教えには門を開くが、それ以外には固く門戸を

閉ざし関心すら向けようとしない。

 元来、お釈迦様をはじめ、真実を求めた人達は、いかなる宗教にも属さなかった。

宗教家ですらなかった。真実を求めた。人間の不安というものを痛切に感じて

ひたすらに自分自身の生存の問題を深く追究していった方々である。

 その生存の根本、不安を根拠にとことん追究をしていくことだけに

命を懸けたのが、お釈迦様をはじめ、代々の祖師ではなかったのか。

 宗教とは、実に宗教心に他ならない。それは、純粋に求める心のことである。

各人が各人の生存の根拠、生きているということの根拠を純粋に

求め続けることが宗教心である。

 この宗教心や求道心を失って、すでに出来上がった宗教や宗派に乗っかって

いるだけでは、宗教家とは、もはや言えないであろう。

 宗教家もしくは、宗教家たるものは、今現に今この瞬間に自己の真実を

求め続けているかどうか、そのことを自ら問わなくてはならない。

(平成29年11月20日 僧堂 月並大攝心 初日提唱より)


2017年10月24日

雑華厳浄(ぞうけごんじょう) 「一日一語151」



 今日の僧堂攝心で横田南嶺老師が提唱されたことをまとめてみました。

 華厳の思想というものがあります。これは、みんなが仏なんです。

もう、皆が仏の現れであるところです。我々は、やがて仏になれると

このことを言っただけでも、当時の仏教の中では、大きな衝撃でありましたが、

華厳教になると、廬舎那仏は何であるかというと、これは、この大三千大世界が

そのまま、廬舎那仏のお身体なんだと言います。

 法身なんです。華厳には、法身仏という教えが出て参ります。

この間から、釋宗演老師の「観音経講話」のお話を紹介しながら、

我々は、観音の現れであると申してきましたが、これは、華厳の思想です。

 我々が何とか一生懸命修行をして、大慈悲の心を身につけて、我々が

観音になるという努力・目標ではなくして、我々自身がもう、観音の現れ

である。ただ、それが、障害があって、そのことに目覚めることが出来ていない。

自覚することができていない。その障害となるものが仏教学では、煩悩障、所知障と申します。

 法華経の教えであると、一途に一つの道をただ、ひたすらに突き進んでいくのですが、

華厳ですと、全体が仏である、そして、様々な異なった考え、異なった立場も

ことごとく、それを認めていく。

 「あいつを折伏しよう」とか「攻撃されたら、ますます燃え上がる」というような

法華一乗的な立場とは違いまして、全体の立場に真理を認めていくのであります。

 これは、今日の社会において、華厳の思想は、たいへんに大きな意味を持つと

思うんであります。いろんな立場があり、華厳というのは、雑華厳浄(ぞうけごんじょう))と

申します。

 様々な花によって、この世の中を飾るというのが、もともとの意味です。「この一つの花が

特別だ」というものを説かないのです。蓮華なら、蓮華一つを説くのが

「妙法蓮華経」でありますけれど、華厳ですと、その蓮華にとらわれない。

それは、スミレであろうと牡丹であろうと、その辺に咲いている名もなき花で

あろうと、それぞれがそれぞれの花を咲かせること、その全体が仏であるというのが

華厳の教えです。

 我々は、もっと華厳を学ぶべきです。教えが素晴らしいだけではなく、やはり、

円覚寺は、華厳の教えが元になっているからです。昔は、境内に華厳塔があり、

開山である仏光国師・無学祖元禅師の教えも、これは、華厳の教えが元に

なっている。華厳の発想ですから、怨親平等は、そこから出てくる。



 なかなか、法華一乗的な考えですと、相手を認めるということには行き難い。

何とか説き伏せてようとかが法華です。

 それに対して、華厳は、相手もこれは仏である、相手にも立場がある、

怨親平等、法界平等という法界差(さ)無しという、これが華厳の教えの

土台となって、具体的に仏光国師がお説きになった教えが、怨親平等です。

 敵対するものを作らない。それですから、仏殿にある元寇の戦没者の位牌にも

「敵・味方」と書かずに「彼此(ひし)」あちらとこちらという風に表記されています。

敵・味方と書くだけで、そこには価値判断が入ってしまう。蒙古の軍勢であろうと

朝鮮・高麗のであろうと、南宋の軍であろうと向こうにいたか、こちらにいたかの

違いしかありません。

 それぞれがそれぞれに立場があるんだというのが華厳です。「あいつは敵だ!

あいつは味方だ!」といいますが、「その敵・味方が平等である」というよりも

「敵も味方もない」というのが華厳の教えなのです。

 そういう教えであるから、「華厳経入法界品」に登場する善財童子は、

いろいろな人の教えを学んでいくということがここから出てくる。

 なかなか、法華一乗だけですと、一途ですから、例えを上げれば、

一つの道場に10,20年じっと、とどまって、一人の老師様のもとに

付かず離れず、ずっと、ついて、そうして教えを学ぶというのが

法華的な考えです。

 華厳的なのは、教えからいくと、世の中には、いろいろな人たちがいる。

いろいろな考え方がある。それを平等に、区別することなく、謙虚に

童子のような気持ちになって、いろんな立場の人から教えを純粋に学んで

いきましょうというのが、この華厳経入法界品なんです。

 ですから、善財童子が訪ねる53人の善知識というのは、今日的に言えば、

それぞれの専門道場の老師様であるとか、立派な布教師であるとか、

あるいは、大和尚であるとか、また、大学の教授であるとか、そういう人たち

のところばかりを訪ねる訳ではありません。

 いろいろな商売をしている商人の人たちも訪ねていくのであります。

中には、遊女というような、当時、蔑まされていたような職業の女性の

ところにも、そこに真理があるのだと訪ね回るのであります。

 こういう教えでありますから、円覚寺におりましては、華厳的な

生き方がいいなといつも思っているのであります。

2017年10月23日

「私は観音菩薩であるという自覚」 一日一語150


 <平成元年に作られた観音様。黄梅院の観音堂にて。>

 今日、横田南嶺老師が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。

禅宗では、なぜ、観音経をよく読むのか?まず、第一の理由は、

釋宗演老師(1860年~1919年)が言うように

現世利益やじいさんばあさんの気休めのように思われるかもしれない。

 これも気休めと言っても、これまた、大事なところであります。

一心に祈る、敬虔に祈る。ただ単に、荒唐無稽な現世利益として済まされる

問題ではない。

 ところで、今、釈宗演老師の「観音経講話」の復刻版を、来年の夏頃には、

春秋社から出す予定で一生懸命やっているところです。

 これは、釈宗演老師の婦人会の講話なんです。これが禅の本質を言っている。

老師曰く「まず、あなた方に言いたいのは、私自身が観音様の現れであるということだ」と。

そういうと多くの人達は、「それは坊さんが言うことであろう、坊さんは確かに専門の

修行をして、立派な坊さんになる人がいるかもしれない。」と思うでしょう。

 また、尺宗演老師の話を聴いているご婦人方は、自分達は、とても観音様の現れと

とても思えない。宗演老師は、さらに説きます。「しかし、そうは言っても、

皆、ことごとく、観音様の現れである。観音というものは、何も自分の外側に

尊んで崇め奉っている観音ではなくして、我々自身の心の内に見るものだ。

 我々の心は、もとより、皆、大慈悲心を持って生まれている。この大慈悲心を

持って生まれているということが、取りも直さず、我々が観音様であることの

何よりの証拠である。

 観音様は、大慈悲、智慧である。そして、また、大勇猛心、勇猛果敢な心である。

これを、皆、誰しも持っているのである。

 さて、「観音経」には、「大火」とか「大水」という言葉が出てきます。

我々がこうして生きている間には、「大火」に遭う。これは、思うに任せない

ことがあったりすると、心に瞋(いかり)、腹立ち、憎しみを覚えます。

 そんな時に、どんな大火事も最初は、たばこの吸い殻のような小さなものが

大きな山火事になってしまうものであることを肝に命じて、瞋の心が不意に

頭をもたげてきたら、その時は、例えば、禅の教えであれば、まず、自分の

呼吸に、息を吸ったり吐いたりする、その気息、その呼吸の転ずるところに

心を向けると、その瞋の一念がすっとおさまることができる。

 または、それは高度な技術でありますが、観音様に手を合わすと

ふっと心が穏やかになる。それは、なぜであるかというと、我々自身が

観音様の現れだからである。


<黄梅院の奥に位置する観音堂。>

 我々が皆、大慈悲心を持っているということが、観音様を拝むことに

よって、気が付かされる。すると、我々が本来、大慈悲心を持って生きているのに、

日常の些細なことで瞋、腹立ちの心を起こすようでは、誠に申し訳ないと

外に対する瞋の心を自分自身に向けるようになる。

 そして、果然として、瞋の心をおさめて、慈悲の心に転じていくのが

勇猛果敢な心の働きであります。

 また、「大水」というのは、貪(むさぼり)で、火は、瞋(いかり)であります。

貪、欲望でありまして、いろいろなものを我々は、悲しいかな、自分のものと

したくなる。

 身近なことは、食べ物や着る物はそうでありましょうし、名誉や財産もそうであり、

男性であれば、女性、女性であれば、男性という風に異性を求める、これも

そうであります。これも、ちゃんと節度をわきまえて、そして、相手に不快な

思いをさせないようにやっておれば、天地自然なことですから、問題はないのですが、

 しかし、釋宗演老師も言及されていますが、これが、道に外れて、どんな高い身分の

人であろうが、愛着の水に溺れてしまい、そうして、地位や名誉ばかりでなく、

財産やすべてを失ってしまうことにもなりかねない。と。

 しかし、そんな時、一度、観音様の名号を唱える。名号を唱えるということは、

宗演老師の言葉を借りると「我が本心に立ち返ることである。」と。

 「我々は観音様の智慧の現れである!観音様の慈悲の現れである1

観音様の勇猛心の現れである!」この自覚こそが本当の救いになる。

むしろ、宗演老師は、我々自身の救いは、ただ、この自覚、それだけでよい

のであると強調をされています。


また、その自覚さえ、はっきりできれば、我々は観音様の現れである、智慧と慈悲を備えている。

自覚さえできれば、自然とこんな些細なことで迷っているのではいけないという果然とした

勇気が出てくるのであると。

 また、そんなつまらないことで、自分自身を台無しにしてはならないという

こういう思いが出てくる。この思いが観音様の力であると宗演老師は仰せになっています。

 度々、お薦め致しますが、釋宗演老師の「観音経講話」は、実に、禅門の観音経の説

としては、素晴らしいもので、それでいて、こいいった禅の第一義のみならず、

宗演老師という方は思いやりの深い方でありますから、良い話がたくさん散りばめられています。

(平成29年10月23日 僧堂 入制大攝心「武渓集」提唱より)

2017年7月7日

「布薩(ふさつ)」 一日一語149


 横田南嶺老師が昨日の僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。

最近、円覚寺僧堂では、布薩(ふさつ)という儀式を始めました。

布薩という漢字で「ふさつ」とあてていますが、これは、インドの言葉、

梵語のウポーサタが元でありまして、それを音写、音を当てただけであります。

 ですから、布とか薩とかという漢字に意味はない。ウポーサタ、どうも

これも意味がはっきりしないところがあるのですが、元来の意味は、

神々に近づく、近づいていくというのが原語です。

 仏教以前のバラモン教にウポーサタと言われる儀式があったようです。

それを仏教の教団が取り入れたようです。新月と満月の日、旧暦の

15日と月の末30日に、教団に所属している修行者、比丘比丘尼が

一同に集まって、戒の条文を読み上げて、お互い、自分たちがそれに

抵触していないか、犯していないかどうか、確認をし、反省、懺悔(さんげ)を

する儀式を布薩と申してします。

 日本には、あの鑑真和上がお伝えになって、旧暦の15日と30日の2回、

戒を読み上げて、そして自分たちの確認、反省、懺悔をする。今は、お寺に

よりましては、布薩会という名前で、檀信徒とともにおやりになっている

ところもありますが、あまり、盛んではないというのが現状です。

我々の仏教修行は、戒・定・慧です。戒を守る。戒を守って暮らしをすることに

よって禅定、心を静めることができる。心を静めることによって、智慧、正しい智慧

正しい判断、正しい状況を認めることができるようになる。

 その智慧によってこそ、初めて、具体的な慈悲の行いができるようになる。

ですから、戒・定・慧とそこから出てくるところの慈悲行を実践していく、

これが仏教のすべてであろうと思っています。

 臨済禅師や中国の禅僧の語録を読んでいますと、時には戒なんてものは

全く無視しているような自由な表現が出てきます。一見すると禅門においては

戒を重視していないようにとらえるきらいもありますが、しかし、臨済にしろ

南泉にしろ、中国の唐の時代の禅僧方は皆それぞれ、禅の修行に入る前に

戒の勉強、特に律の勉強を何年もやっておられる。

 つまり、すでに戒というものが前提になっていて、そこから、禅の修行が

始まっているのであります。今日、私どもがこうして修行をしていながら、

なぜ、深い禅定に入ることができないのか?なぜ、正しい智慧が生じて

こないのか?なぜ、慈悲行に働いていくことができないのか?であります。

 なぜ、慈悲行に働いていくことができないのかは、智慧が欠如、生じていない

からであり、なぜ、智慧が出てこないのかというと、禅定が疎かになっている

からであり、なぜ、禅定が疎かになっているかといえば、元をたどれば、

戒に問題があるのではないか、こう思うのであります。・・・

今日、仏教のお葬式もこともいろいろと問題になっていますが、よく

仏教では、お釈迦様は葬式をしなかったというようなことを言われることも

あるのですが、今日の研究によりますと決してそいいうことはないと

言われております。

 お釈迦様もやはり亡くなった人のことを大事に弔らったと指摘されています。

むしろ、問題は、大事なことは、我々僧侶がこの葬儀、法要を行う意義をしっかりと

自覚して自信をもって行っていくことであろうと思います。

 そうすると、葬式といたしましても、あれは授戒の儀式であります。

ところが、若い和尚さんなどは、授戒をしているという意識があまりない。

葬祭場の問題や時間の問題などいろいろとありますが、しかし、そこで、

しっかりと授戒をして仏教徒としての戒名を授けて、御弔いをするので

あります。

 これは、お釈迦様の時代も、お釈迦様ご本人も出家をしている人に対しては、

きちんと御弔いをしている。・・・

 お坊さんというのは、人様に戒を授けるのです。戒師となって戒を授けている。

はたして、こういう認識も若い人には欠如しているのではないかと懸念をしています。

自分たちが何をやっているのか、はっきりわかっていないのに、檀信徒に安らぎを

与えられる道理はありません。・・・

 やはり、戒というところから始めていかないと修行はうまくいかない。

それから、いつも申し上げることですが、戒と聞いて、そんなものはとても

守りきれないではないか、厳密の考えたら無理だと思われるかもしれない。

 それで、段々と戒を意識することがなくなっていったんだと思います。

大事なことは、完全に守れということではありません。戒の条文を一つ一つ

読みながら、自分は十分ではないなと気が付く。これではいけないなと反省をする。

 もう少し、心して修行をしなければいけないという反省と自覚が生まれる。

これが大事なところです。そういえば、こないだ、こういうことを言って

人を傷つけてしまったなあ、あれは不悪口戒にあたるなあ。失礼なことを

したと戒律の条文を見ることで自分で反省、懺悔をする、それを繰り返していく。

そうすると段々と善き方向に導かれていく。

2017年6月27日

「正統と異端」 一日一語148


 横田南嶺老師が昨日の僧堂大攝心で提唱されたことをまとめてみました。

 今日、我々の白隠禅(白隠禅師の系統の禅)というのは、

白隠慧鶴禅師ー峩山慈掉(がさんじとう)禅師ー隠山惟烟(いんざんいえん)禅師

ー太元孜元(たいげんしげん)禅師-儀山善来(ぎさんぜんらい)禅師

ー洪川宗温(こうせんそうおん)禅師と続き、我々、円覚寺の法系となる。

 白隠の弟子に峩山慈掉がいますが、この峩山は、この今、講義をしている

『武渓集』をお作りになられた月船禅師のお弟子でした。

 峩山は、月船の下で永田(今の横浜市)の宝林寺内の東輝庵に於いて

月船の下で修行をして、月船の後、東輝庵の第2世を継がれました。

ですから、月船の後継者が峩山であります。

 それが、峩山が白隠の晩年に白隠東嶺のもとに修行に行ったものですから、

今日峩山は白隠の弟子であると言われます。それもそうですが

峩山が白隠のもとで修行をしたのは白隠晩年の話です。

月船の下で育ち、月船の東輝庵の後を継いだという事跡は

ほとんど、今では、紹介されることはありません。

 私に言わしめれば、月船なかりせば、峩山が世に出ることはなく、

峩山なかりせば、白隠の系統は、東嶺、遂翁(ともに白隠の弟子)はいたけれど、

その東嶺、遂翁の系統は途絶えているので、今に伝わっていなかったのではないか。

 月船の偈頌(宗旨をうたった漢詩)の見事さ、格調の高さ、それは、古月系と

言われますが、その当時(江戸時代中期)の日本の禅宗においては、

古月の系統がむしろ禅の主流でした。

 この頃、白隠、白隠と強調をすることは、誠に結構なことであり、

それだけ、白隠のお力、力量というものが大きいものであったのでしょう。

 しかしながら、禅の歴史というものを、正しく冷静に見るならば、

白隠は、本山に住することもなく、生涯を原の松蔭寺で過ごされた方です。

 ただ、その地方で生きた泥臭さというべきか、そこが魅力です。

禅というものは、正統よりも異端といわれるくらいのものが出てくるところに、また、

新たなる魅力が湧いてくるのです。

 こういう点で白隠禅というものの功績や魅力を正しく見ていかなければならない。

あたかも、この当時すなわち白隠が活躍した江戸時代後期から白隠禅が

禅の正統であって、それを代々、墨守して伝えていけば良いというだけの

ものの見方では、十分ではないと思っています。

 ときには、異端といわれるようものも出てくる。禅というもの自体が、仏教学、仏教の歴史から

見れば、異端と言われるものでもありましょう。

 唐代の禅僧方は、当時の仏教学の伝統から見れば、それこそ異端でしょう。

正統から外れたところで、田畑を耕したりしながら、何ものにもとらわれず自由なことを

言っている。が、逆にそういうところに魅力があるのです。

 それが(その後)型にはまってしまって、唐の時代の禅僧方の活き活きとした

言葉が公案という型にはめられてしまって、形式に堕してしまう。すると

もはや、唐代の頃の禅の新鮮味は失われています。

 日本では江戸時代に白隠が出て、今までの停滞していた伝統の型をぶち破ったのです。

しかし、以来、250年が経って、今やこの白隠禅が伝統の権威みたいになっていやしまいかと思います。

 時に異端だと言われるようなものが出てくらいでなければ、果たして、本当の禅の

命脈は伝わっていかないのではないだろうかと危惧します。

 歴史というものを正しく学び認識をするということは、今後、我々が

どのように道を歩んでいったらよいかとうことを教えてくれるものであります。

 確かに、古月系(月船もこの系統)の禅、月船の禅、大用国師(円覚寺中興)の

禅の一流は、格調の高い見事な、五山文学の正統の流れを受け継ぎながら、

関山一流の禅風である己事究明ということも両立せしめた素晴らしいものでした。

 しかしながら、それが形式に堕してしまった。逆に形式をあえてぶち破った白隠禅が

凌駕してしまった。ところが、今、その白隠禅が形骸化した公案の型に嵌まって

しまっているのではないかと思われます。

 その型を破って出てくるものがまだ、出てきていない。

異端と言われるものこそが新しいものを生み出していく。そう思っています。

 それには、まず、白隠禅を徹底的に学んで、学び尽くすこと。学び尽くした上で

更にこの白隠禅をも否定して乗り越えていく者が出てもらいたいと願います。

 それが、新たな禅の歴史を作っていくことだと思っています。

{平成29年6月26日 武渓集提唱より}

2017年6月23日

なぜ、仏典以外の引用があるのか?「一日一語147」

 先日、居士林で開催されたGW宿泊坐禅会(学生坐禅会)の中での

円覚寺派管長・横田南嶺老師と参加者との質疑応答の一つをまとめてみました。

参加者: 2年ほど前から坐禅をしているのですが、一番不思議なのは、

   禅の勉強をしているとよく、四書五経など(仏教以外のもの)の

   出典が出てきます。それは、なぜなのですか?仏教なのだから、

   仏典やお経の中から引用するならわかるけれど、儒教などの中から

   引用をしています。禅というのは、はたして、宗教なのでしょうか?

老師: それは、一神教とは違って、特定の仏教とかいうものがあるという

  のではない。真理をついている、これが真理だと思うものは、何でも 

  取り入れていく。

  (真理を語るには)いろいろな表現の仕方がある。仏典の言葉で納得がいく

  という人もいれば、中国の古典が良いという人もある。論語の言葉のように

  日常的、実践的なもので納得がいくという人もある。

   同じ一つの真理だと思います。それを様々な表現によってしていく。

  こういう風に見る訳ですね。ですから、私らでも、いろいろなものを

  読みます。いろいろなものを読んで、いろいろな言葉や表現を知っている。

   そうすると、いろいろな人に対してそれだけ幅広く(対応できるように)

  なっていく。ですから、日本の禅宗のお坊さんなどは、神道などをよく

  勉強している。私らも、初めて坐禅をした時に、(その時の)老師が言われたことが

  「坐禅をすると日本国中、八百万の神が心中に鎮座するのである」でした。

  「おお!八百万の神が鎮座するのか!それはえらいもんだ!」と思った。

  日本人だと「八百万の神が鎮座まします」というと、有り難いということに

  なりますね。

   ですから、(禅というのは)「こうでなきゃいけない!」という、とらわれがない。

  うちの(宗教の)聖典を暗記していないと処罰するなんていう、そういう考えは、微塵もない。

  良いものは何でも良いものとして(取り入れていく)。こういう見方をするんですね。

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