2018年6月21日

老師 コーネル大学生との問答②



横田南嶺老師とコーネル大学生との問答の第2弾です。

学生: 私は、誰に対しても慈悲の心を持って対応しようとしています。

    しかし、少し、不安があります。それは、欲張りな人、意地悪な人、

    やきもちをやく人に対して慈悲の心で対応をすれば、それは、その人の

    良くない心を増長させてしまうのではないかという不安です。

    誰に対しても慈悲の心で応対をしながら、その人の良くない心を

    増長させないようにするにはどうしたらよいでしょうか?

老師: それは、慈悲と言っても優しいとか同情だけが慈悲ではありませんから、

    時には、この居士林の本尊である不動明王のように「ダメだ!」という

    怒りの慈悲もある。子供がお菓子が食べたいというから、お菓子を

    与えていたら、虫歯になってしまう。時には、「ダメだ!」といわなければ

    ならない。

学生: 追加質問で、これは、アメリカや私たちが住んでいる社会に関わる質問ですが、

    もし、「ダメだ!」と言うことができないような人だとしたら、例えば、

    たとえ言っても聞き入れそうもない人や権力のある人なら、その人と

    対立しながら、慈悲の心をもたらすことはできますか?

老師: それは、可能ではあります。しかし、いつ、その効果表れるかは計り知れない。

    こちらが慈悲の心を持ってあげることはできますが、それが相手に行動の変化や

    大きな変化をもたらすには、すぐに表れる場合と時間がかかる場合がある。  

     しかし、慈悲の心を向けていることは、決して無意味ではない。いくらかでも

    影響があると思って私は生きています。

2018年6月21日

忍の一字


 明治二十年、数え年二十九歳の釈宗演老師は、慶應義塾での学業を終えて、

更にセイロン(現スリランカ)に行く決意をされました。これは、奇しくもその二十五年前に、

その時の釈宗演老師と同じ歳に、福沢諭吉先生が、セイロンを訪れて、現地の高僧に出会い、

その立派な人格に触れて感動したことから、釈宗演老師に、仏教の源流に触れるように

勧めたのたでした。

 当時セイロンに行くことは、まさしく命がけでありました。

師である今北洪川老師は、宗演老師に、忍の一字を説いてはなむけとしました。

お釈迦さまが、我が子ラゴラ尊者に忍の大切さを説かれた経典に基づいて、

「忍は安宅(あんたく)たり(堪え忍ぶことこそ安らかな家であること)」、

「忍は良薬たり、よく衆命をすくう(忍こそ良薬であり、多くのいのちをすくうこと)」、

「忍は大舟たり、以て難きを渡るべし(忍は大きな船のように、

困難な世の中を渡ってゆけるものであること」など、忍の素晴らしさを説きました。

 そして更に「世はたのむ所無し、唯だ忍のみたのむべし(忍こそがこの世の頼りとすべきものであること)」。

「忍を懐いて慈を行ずれば、世々怨み無し。中心恬然(てんぜん)としてついに悪毒無し」

(自分の身に降りかかったことは堪え忍んで、むしろ自分に辛く当たる者こそ却って

気の毒な者であると慈悲のこころで思いやれば、どんな目にあっても怨み心は起こらないし、

心はいつも穏やかで、悪いことは起こらない」と説き尽くされたのでした。

 洪川老師に説かれた通り、様々な苦境にあいますが、宗演老師はただ耐え忍ばれました。

セイロンから洪川老師にあてた手紙にも、ただ「忍」の一字を守っていますと記されています。

 修行で大事なのは、なんと言ってもこの忍の一字です。

(平成30年6月21日 横田南嶺老師 『武渓集提唱』より)

2018年6月20日

逆境こそ修行の好機

 
若かりし日の釈宗演老師

釈宗演老師は、円覚寺に来て今北洪川老師のもとで伝統の修行を終えたあとに、

慶應義塾で英語を学びに行かれました。

 伝統の禅の世界を貴ぶ洪川老師は、宗演老師の慶応行きを快く思ってはいませんでした。 

そこで、長い漢文の文章を送って、宗演老師に、どのような環境にあっても、

仏道修行を忘れぬように諭します。

 その文のなかで、洪川老師は、宗演老師の慶応行きと、昔の大燈国師が、

修行を仕上げたあとに、京の五条の橋の下で、乞食の群れに混じって

修行された故事を引きあいに出して比べています。

 大燈国師の修行は、逆境の中だから、むしろ環境に誘惑されることがないので、

修行しやすい。慶應に行くことは、順境だから、誘惑も多くて修行は難しい。

その困難な中で、敢えて道心を失わず、正念を失わずに慎重に修行して

欲しいと諭されたのでした。

 思うに任せない状況にある時、すなわち逆境にある時こそが、

実は修行にとっての好機なのです。

(後記)

 今日から26日まで、円覚寺僧堂では、1週間に及ぶ集中坐禅修行期間となりました。

僧堂師家である横田南嶺老師をはじめ、和尚、雲水、居士・禅子が禅堂に籠り

坐禅修行に精進しています。

2018年6月20日

老師 コーネル大学生との問答①


 居士林での横田南嶺老師との質疑応答の様子。

 質問にお答えになる老師。

 円覚寺の在家道場・居士林では、先日6月14日から18日の朝までの

4泊5日で、米・コーネル大学の一行19名が禅の生活を体験しました。

 朝晩は、坐禅をし、日中は、国宝・舎利殿を見学するなどのプログラムでした。

その中で、円覚寺派管長・横田南嶺老師とコーネル大学生との質疑応答の時間が

あり、老師は、今回、参加した学生全員の質問に懇切丁寧にお答えくださいました。

 老師とコーネル大学生との問答を今日から順に紹介して参ります。

学生:100年くらい前から、禅がアメリカに、いろいろな形で広まっています。

   多くの禅のマスターがアジアからいらしていますが、その中で、禅や真の法系

  というよりも、自分個人の魅力を活かして、まともな宗教というより、カルトに

  なっていることがあります。

  仏法を広めているのではなくて、何か間違ったものを広めている現象があります。

  日本に於ける、禅に於ける組織の中で、それを防止する要素は何でしょうか?

老師: 確かに個人の表現は、自由でないと活性化しません。しかし、日本には、

   伝統の世界がありますから、伝統の枠をあまりに逸れてしまうものは、

   自然と淘汰されてしまうという、伝統のシステムがあります。

   例えば、指導者(後継者)を選ぶ場合に師匠が認めることと、さらに

   周りの組織が認めていくことという二重三重の認めて認められるという

   システムがある。

    ところが、何の伝統もない組織では、自由であるという良い面がある

   一方で、カルト的になってしまうという残念な事実も最近はありました。

   (平成30年6月17日 コーネル大学生との質疑応答より)

   

2018年6月3日

思い込みを否定をする


 只今、円覚寺では、夏期講座(6月5日まで)開催中です。

 「冬の朝 白い布団で 寝る草木」これは、小学生の女の子が作った俳句です。

白い布団とは、雪のことで、子供の感性というのは、本当に素晴らしいものです。

 私ども、お寺にいて、雪というと「雪かきをしなければならないな」とか「冷たいな」

というような思いしかなく、いつまでたっても、たいへんだ、つらいだという

思い込みしかないが、この小学生は、違う見方をしています。

 人間というのは、その思いによって見る景色も様々に違ってくる。

我々、禅の修行というのは、一言で申しますと、この思い込みを否定をすることです。

このことに尽きるのであります。

 思いというのは、誰かが作ったわけではない。私自身がそのような思いの枠の中に

いる訳です。この思いの枠の中にいる状態のことを迷いというのです。

 この思い込みが外れ、この思い込みを越えて、純粋にものを見ると

この小学生のような、雪の布団にくるまれて、安らかに眠っているような

ものの見方も開かれてくるのでしょう。

(平成30年6月2日 横田南嶺老師 夏期講座「無門関提唱」より)

2018年5月26日

迎合することなく背くことなく

 ある中学校の話です。その中学は、県内でも有数の問題のある中学校でした。

そこへある校長先生が赴任をして、手も付けようない中学をどうしようかと

思案をしていました。

 悩んでいたある日のこと、夜、校長先生が学校から帰ろうとして

近くのイチゴ畑を通りかかると、二人の少年がイチゴを盗んでいた。

 それを見て校長先生は、つかつかと近づいて行って掛けた言葉が

「おい!俺も仲間に入れろ」でした。なかなか、言えない言葉です。

 そして、いっしょになってイチゴを盗み始めた。いっしょに盗みながら

「いいか、イチゴを取る時は、決して蔓を傷つけないようにしてイチゴだけを

取るんだ」と言いながら、イチゴ泥棒の講釈をしながら、イチゴを取っている。

 そこで、畑の主に見つかって「よし!逃げろ!」と3人がてんでばらばらになり、

どうにか逃げおおせた。

 あくる日、その校長先生は、イチゴ畑の主のところにいって、平身低頭お詫びをして

「イチゴを盗んだのは、この私です。」と盗んだ分のイチゴの賠償をして頭を下げた。

その主の方は、「いや、一人ではなかったはずだ、あと二人いたはずだ、その二人は

誰かと追及しました。

 校長先生は、決して誰あるとは言わなかった。その後、学校に於いて、この話が知られ

るようになっても、校長先生は、最後まで誰であったかとは言わなかった。

 しかし、ある教室を受け持っていた担任の先生には誰であるかわかった。

なぜ、わかったかというと、今まで一番暴れて、手のつかられなかった二人の生徒が

その日を境に変わっていって、段々と明るくなり、問題を起こさないようになった。

 それで、校長先生といっしょに盗んでいたのは、この二人であるという話です。

「十字街頭にあって、向背なし」という言葉があります。世間の巷にありながら、

迎合することもなく背くこともないという意味の言葉です。

 山本玄峰老師は、泥棒と巡査の話をしましたが、巡査が泥棒を追いかけて

同じように走っていても、中身は全く違う。確かに同じ方向に同じように

走っているが、中身に抱いているものは全く違うのです。

 この校長先生もいっしょにイチゴを盗みながら中身が全く違う。

校長先生の中身は何であるか?大慈悲心一つです。

 慈悲心を持っているからこそ、「十字街頭にあって、向背なし」で

迎合することもなく、背くこともない働きができるのであります。

{平成30年5月26日 横田南嶺老師 『武渓集提唱』より」

2018年5月25日

自信(自らを信じる)


舞子アジサイ@黄梅院

 自信という言葉は、臨済録の中では、何度も出てくる言葉です。

自らを信じるのであります。仏は自分の外にあるのではない、外に

求める必要はない。

 臨済禅師の言葉では、今こうして話を聴いているもの、

(今、こうして、このブログを読んでいるもの)これこそが仏である信じる、

納得をすることです。臨済禅師は、これを繰り返し説くわけです。

 語録の中では、「自己の外(のもの)に向かって信じよ」という用例は

一例もない。徹頭徹尾、「自らを信じる」であります。

 信仰と信心という言葉がありますが、信仰は高く遠いところにあるのものを

仰ぐという意味です。我々、仏教の信というのは、信心の方で自らの心を信じるのです。

 江戸時代の禅僧・東嶺禅師は、仏様の心と我々の心と本来同じく備わっていることを

深く信じることだと説かれています。また、機根が優れたものも、劣ったものも、

機鋒が鋭いものも、鈍いものも、差があるにせよ、修行をしていくならば、

達成することができる、納得することができると深く信じることだと

的確に仰せになっています。

{平成30年5月25日 横田南嶺老師 『武渓集提唱』より}

2018年5月24日

慢心とその対処法


木漏れ日@黄梅院

 慢心というものは、たいへん恐ろしいものです。仏教では四煩悩という

根本煩悩の一つになっています。

 我慢という言葉がありますが、一般的には、「我慢をしなければならない」という

ような、辛抱をするという意味で使われていますが、そういう意味での我慢は

悪い意味ではありません。

 「今が我慢のしどころ」というもは、悪い意味ではないのですが、

もともとの意味は、我というものに対する慢心です。慢心、おごり、高ぶりです。

これは、人間は絶えず付きまとう。

 特に悲しいかな、一生懸命に修行をすればするほど、これが付きまとってしまう。

そして、この慢心が修行の大きな妨げとなる。

 慢心というのは、恐ろしいし、難しい。人間は、どうしても、「自分はまんざらではない」

「自分はそこそこである」と思ってしまう。

 それでは、どうしたら、この慢心を克服していくことができるであろうか?

唯一、慢心を克服することが出来るのは、冷静に自己を観察して、今、自分に

慢心があると静かに認めることより他にない。

 そういう自分自身を冷静に観察する眼(まなこ)と修行も必要です。

 従来の馬祖禅では、作用即性(さゆうそくしょう)一辺倒で、一枚になりつくすと

何でも一枚ですまされてしまい、周りが見えなくなることがあり、

慢心にも気づかなくなってしまう傾向があります。

 ですから、自己を観察する眼というものを保っていかなければなりません。

これが修行の大事なところです。

{平成30年5月24日 横田南嶺老師 『武渓集提唱』より}

2018年5月23日

伝統、伝統と言いながら

  我々が坐禅をするのに、今では、臨済宗というと対面に坐り、曹洞宗は

壁に向かって坐るのだいうのが常識となっています。さらに、臨済宗が

向かい合わせで坐禅をすることが臨済宗の特徴であるのごとき言い方まで 

されていますが、どうも、近年の研究によりますとそのようなことはない

という説が出ています。

 我々、臨済宗の五山の道場に於いても、向かい合わせで坐禅をしているのでは

なく、壁に向かって坐っていたようです。これに関して、江戸時代の学僧・

無箸道忠なども、江戸時代において、「最近、面壁することをしなくなってきた」

という記述をしています。

 面壁から対面で坐ることに変わったのは、、江戸時代に黄檗宗が日本に伝わってきた影響と

言われています。黄檗宗というのも、同じ臨済の教えなのですが、お経の読み方、様々な

作法、修行をする様子まで、ずいぶんと変わっていたので、黄檗宗と名付けるように

なりました。

 今日、坐禅中に警策で肩をパンパンとたたいているのが、まるで臨済宗の特徴のように

思われていますが、これも、どうも、江戸時代あたりに黄檗宗の流れによって

伝えられたのではなかろうか、また、もともと、なかったのでないかと

まで言われています。

 我々の修行においても、よく、そのような歴史を検証しないと、

伝統、伝統と言いながら、本質から外れたことを伝えて、それを

有り難がっていないかを常に検証をしていかなくてはなりまでん。

 根本は何であるのか、何を目指して修行をしているのか、ということを

絶えず振り返っていかなくてはいけない。

何をなすべきかということを見失ってしまい、警策をバンバン振り回している

ことが臨済の禅であると勘違いをしてしまうと本質を見失う。

 本質は何であるかを絶えず学んでいくために経典、論書、語録を学んで

軌道修正をしていかなくてはなりません。

(平成30年5月22日 横田南嶺老師『武渓集提唱』)

2018年5月22日

「ダロウ宗」に「ソウダ宗」

 明治時代に白山道場を開いた南隠老師は、「学問ある者は智解にこだわり、

才気ある者は情識に走る。そんなことだから門は堅く閉ざされて入ることができぬ」

と言われました。そこで人の説や、本の言葉ばかり覚えて「ああだろう、こうだろう」と言い、

それを受けて「ああだそうだ」と伝える。これを「ダロウ宗」「ソウダ宗」と揶揄されました。

人の言葉に振り回されず、自己をしっかり見つめることの大切さを説いて下さったのです。

ページのトップへ戻る