2019年9月14日

五事をととのえる

世田谷区野沢の龍雲寺の
細川晋輔老師から、本が送られてきました。

細川老師は、お若いながらも
修行もできて、学識も深く、
それでいて何事においても意欲的であり、
普段から懇意にさせてもらっています。

私も、今臨済宗ではもっともその将来を
期待する禅僧であります。

その細川老師から本が送られてきたので
てっきりご自身の新著かと思いきや、
曹洞宗の吉村昇洋和尚の新著
『精進料理考』という本でした。

なんでも細川老師がお読みになって
良かったと思われたそうなのです。

吉村和尚のことはよく存じ上げませんが、
せっかく頂戴した本ですので、
じっくり読んでみようと思っています。

目次を見て、パラパラと中を開いてみていると
こんな言葉が目に入ってきました。

「咀嚼中は箸を置く」
という一語です。

吉村和尚は、
「ひとつの料理を口に運んだら
咀嚼中は必ず一度箸を置き
手は膝の上で法界定印(ほっかいじょういん、
坐禅中の手の組み方で、手のひらを上に向けて
右の手の上に左手をのせ、親指で輪を作る形)を組む。
そして、口の中が空っぽになったら、再び両手で箸を取り
器を持って食事を再開していく」と
書かれていました。

私など、長年僧堂にいますので
知らず知らずのうちに、早く食べる習慣が
身についてしまいました。
早く食べて飲み込んでしまうのは
胃腸にもよくありません。

どうして、臨済宗の僧堂では早く食べるようになったのか
不思議に思います。

やはりゆっくりと咀嚼していただいた方がいいと思い、
その日の晩から、お料理を口に入れたら
箸を置いて、法界定印を組んで
咀嚼するようにしていますが、
果たしていつまで続くことやら…

天台大師は、五事を調えることを説かれています。
それは
調五事
調食=適度な食事をとること
調眠=適度な睡眠をとること
調身=身体を調えること
調息=呼吸を調えること
調心=心を調えること

我々禅では、身体と呼吸と心を調えることを
説いていますが、
その前提となるのが、食を調え、睡眠を調えることです。

これが土台となって、その上で身体と呼吸と心を調えるのです。

ですから、食事を調えるということは
大切なのことなのです。

吉村和尚は、この食について実に
270ページに及ぶ著書を出されました。
私も知らないことが多く、内容が実に豊富であります。

私にわざわざ贈呈してくださった細川老師の
お心もありがたくいただいて、
読んでいるところであります。
おすすめです。

横田南嶺

2019年8月22日

大阿闍梨来たる

塩沼亮潤大阿闍梨が
訪ねてきてくれました。

大阿闍梨とは
致知出版社とのご縁で懇意に
させていただいています。

今年の円覚寺夏期講座には
トリを務めていただきました。

今年の夏期講座最後の講演にふさわしく
聴かれた方はみな深く感動されていました。

情熱を持って、平易な言葉で
語りかける講演はすばらしいものでありました。

その阿闍梨が上京のついで、円覚寺にお立ち寄りくださいました。
最初は、私とどこかで食事をというお話だったのでしたが、

なんと有り難いことに、修行僧皆の分の
お弁当をお持ちいただいて
修行僧たちと共に語り合うという
とても貴重な機会を作ってくださったのでした。

夏期講座にお見えの折には
僧堂や舎利殿をご案内できなかったので
夕方からご案内して、
あとはお弁当を頂戴して、雲水達二十名ほどと
宗局の部員さん達もまじえて
懇談させていただきました。

雲水達も、あらかじめ皆
阿闍梨の『人生生涯小僧のこころ』を
読んで臨みました。

講演では語られなかった阿闍梨の
深い人生体験を拝聴することができました。

雲水の一名が
阿闍梨から御覧になると
われわれの禅の修行をどのように思われますかと
いう問いに
阿闍梨は一言「とてもぜいたくなものだと思います」と
仰せになったのが印象的でした。

「禅は姿勢を調え、呼吸を調え、こういう恵まれた環境で
薪でご飯を炊いて、静かに坐るというのは、
今の時代にあって
最高のぜいたくだと思います」と言われたのでした。

大阿闍梨の難行苦行から御覧になれば、
われわれ畑を耕し、薪でご飯を炊いて食べて
坐ってくらすなどというのは
たしかに最高のぜいたくをしているのでしょう。

有り難いと思わないとバチが当たります。

横田南嶺

2019年8月19日

ガラスのうさぎ

東海道線の二宮駅を降りると
駅前に、ガラスで出来たうさぎを抱いた
少女像があるのを目にしていて、

どんないわれがあるのかなと
ずっと気になっていました。

本日『ガラスのうさぎ』を読みました。

まだ十二歳の少女が
東京大空襲で母と二人の妹を亡くし
父とその焼け跡を探して
ガラス工芸品を作っていた父の
作成したガラスのウサギ像が
焼けただれて残っていたのを見つけるのです。

それをみて、どれほど熱い中だったのか
思いを巡らせます。

そのガラスのウサギ像を持って
疎開していた二宮に帰ったのですが、
父もまた空襲で命を失うのであります。

両親を亡くした少女が親戚の家を頼るのですが
たらい回しにされてしまう部分など
涙を誘われる悲しい話であります。

それでも、少女は混乱の中を生きてゆくのであります。

本日午前中には、最近一年ほど教わっている
中国語の講習を受けて、
午後「ガラスのうさぎ」一冊を読み終えました。
読んだ本は、既に二十七刷でありました。

八月は、戦争のことを思うものであります。

横田南嶺

2019年7月14日

PHPプレミアム「生き方は顔に出る!いい顔してる人」のご紹介

PHP9月号増刊号特別保存版
PHPプレミアム
「生き方は顔に出る! いい顔してる人」
に管長が、掲載されています。
※ PHPプレミアムは 七月十八日の発売



管長の言葉。

私など、とてもいい顔といえるものではありませんが、
あのPHP誌に登壇したたくさんの人の中から
私如き一介の禅僧が選ばれるとは、
うれしいことと思っています。
たぶん写真家の腕が良かったのか、
ひょっとしたら、他の人の引き立て役なのかもしれません。

(記事の内容は過去にPHPで取材を受けて掲載されたものの再録です)



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