2019年9月12日

秋のおとずれ

台風が過ぎた後は
連日真夏のような暑さでした。

台風の後片付けもようやく一段落しかけた今朝は
秋のおとずれを感じる涼しい朝でした。

心頭滅却すれば火も自ずから涼しという
言葉もあるのはよく知られています。

たしかにいくら暑くても、気力で乗り越えることもできはしますが、
やはり、暑い時は暑くて、
法話をするにも、汗びっしょりになるのは
たいへんであります。

今日のように涼しくなると
午後の法話にも自然と力が入ります。

よし、がんばろうと思っていたところ
群馬の円覚寺派のお寺のお檀家さんから
「山の幸です」といって
栗を送っていただきました。

なお一層秋のおとずれを感じます。

横田南嶺

2019年9月12日

今月の法話

ある和尚様と話をしていて
今月は法話が三つもあって
準備が大変だと仰いました。

それはご苦労ですねと
申し上げながら、
あとで、ところで私は今月
いくつの法話をするのだろうかと
カレンダーを確認すると

なんと十七も法話が入っていて
我ながら驚きました。

道理で、この頃、道を歩いていても
庭を箒で掃いていても
次の法話は何を、どう話をするか
考えているような気がしていました。

これを飽和(ほうわ)状態といいます。

写真は、今月最後の法話となるチラシであります。
同じ話は極力しないように努めていますので
題は「花は嘆かず、今を生きる」
真民先生の詩からとっています。

横田南嶺

2019年9月12日

団参(だんさん)

本日は、団参というのがございます。
団参とは、団体参拝の略語であります。

円覚寺派というのは、関東を中心にして
二百十ヶ寺ほどありまして、
そのお寺の檀信徒の方々が、団体で
本山にご参拝くださるのが、団参です。

通常ですと、
午前中に本山に着いて
お茶を召し上がっていただいて
方丈において、ご先祖供養の法要をつとめ
そのあと、小一時間ほど、管長の法話があり、
管長をまじえて記念撮影
そして、精進料理を召し上がっていただいて
それから、国宝舎利殿をお参りいただいて
下山されるというものであります。

この頃は、この団参の数も
高齢化のためか、随分減ってきているように
感じています。

本日は、埼玉のお寺から六十名ほど
お集まりくださります。

お寺の和尚としても
檀家の皆さまに、本山参拝を案内して
募集してとりまとめ
バスの手配や、道中のさまざまな準備もしなければ
ならず、大変な行事でもあります。

本日お見えくださるお寺の和尚というのは、
私が師家を始めた頃に修行していた僧です。

彼は、当時まだ高校を出てすぐに
十八歳で僧堂に来たのでした。

元気いっぱいの遊びたい盛りの頃に
修行道場に入門して、何年も修行を積まれました。

はじめの頃は、僧堂の修行が辛そうにしていたのですが、
よく辛抱しました。

今や四十歳を越えて立派な寺の和尚になって
檀家さん達を六十名も引率してくるようになるとは

よく立派に成長したものだと、
十八歳の頃の彼を思い起こして
なにやら感慨無量なのであります。

横田南嶺

2019年9月11日

四十二章経(しじゅうにしょうきょう)

昨日致知出版社の後継者育成塾のあった
午前中に
致知出版社の社長が
松ヶ岡文庫を見学したいと言われ、
特別に文庫の理事長に許可を得て

久しぶりに松ヶ岡文庫を拝見してきました。
普段は、非公開ですので、私も滅多に
上ることはありません。

大拙先生が、お亡くなりになるまで
毎日上り降りしていた、階段を
汗を流しつつ上ってきました。

大拙先生の書斎も拝見。

勉強机の背後には
大拙先生が参禅された師である
釈宗演老師の書が掛けられていました。

大拙先生への為書きのある書です。

内容は、四十二章経の一節を全文書かれていました。

およそ、意訳すると

仏道を学んでいくというのは、
木が川を流れてゆくようなものだ。
その流れに随ってゆけばいいので、
途中で両岸にひっかかったり
人にとられたり、渦に巻き込まれたり
腐ったりさえしなければ、
やがて必ず、海に到るのだ。

そのように仏道の修行も、その流れに随ってゆけば
必ず仏になれるのだという譬えであります。

よき教えに出会い、よき仲間に恵まれて
修行してゆくことができれば
あとはその流れに随ってゆけば自然と到るのだという
教えです。

こんな長い漢文の文章を、まだお若い大拙先生に
書いて与えられた釈宗演老師のあたたかいお心が伝わってくる
思いでした。

その当時から、釈宗演老師は、大拙先生の将来の大成を
期待していたのでしょう。

ちなみに、この四十二章経の文章は
白隠禅師が二十二歳の時に
四国松山市の正宗寺で読んで
感激されたという逸話も残っています。

白隠禅師ほどのお方でも、
仏道を究めてゆくことは、自分などには
到底無理ではないかと、自信を失いかけていたのが
この一文を読んで、自分でも、この流れに随って
学んでゆけばいいのだと
自信をもったというのです。

写真は、大拙先生の『禅堂生活』(岩波文庫)の表紙。
私が解説を書かせていただいています。

横田南嶺

2019年9月10日

怨親平等(おんしんびょうどう)の心

本日は、台風一過の
真夏のような暑さの中、

致知出版社の後継者育成塾で講演。

次の世代の会社の後継者になる
お若い人たちの研修会で、
これで五年目になります。

最近は、円覚寺にお越しいただいて
私が講演し、ほんの短い時間ですが
坐禅を体験してもらっています。

今回のテーマは、
日本初の国難元寇に立ち向かった北条時宗公と
 円覚寺を開創して両軍の御霊を弔った無学祖元禅師。

北条時宗公が
十八歳で執権に就任し
二四歳で文永の役、
三一歳で弘安の役に立ち向かい
三四歳で亡くなるという生涯を話し、

後に「胆、甕(かめ)の如し」と称せられるようになった
その胆力を練るということについてと、

その参禅の師である、無学祖元禅師の
慈悲の心、怨親平等の精神について話しました。

怨親平等は、敵も味方も平等に供養する思想です。

円覚寺は、元寇のあと
北条時宗公が、元寇で亡くなった方々を
弔うために建立されました。

時宗公が千体地蔵を奉納し、
無学祖元禅師が、怨親平等の心で
日本の兵士も元の兵士も
ともに平等に供養されたのでした。

かつて太平洋戦争のあと、
サンフランシスコ講和条約の折りに
セイロンの代表であったジャヤワルダナ氏は
仏陀のことば、

「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、
ただ愛によってのみ消え去るものである」

という一節を引用して日本への賠償請求を放棄された話も
入れようと思っていたところ、

知人から、本日のヤフーニュースで
ジャヤワルダナ氏のことが取り上げられていると
教えていただいて
そのことも紹介しました。

お若い方々ですから、きっと後で検索してくれると
思いました。

ジャヤワルダナ氏は、サンフランシスコに出向く前に
日本を訪れて、鎌倉で鈴木大拙先生に出会い
深い感銘を受けられました。

そのこともあって、同じ仏教を信奉する日本のことを
大切に思われたのでした。

しかし、それから二十八年の後
再び日本を訪れました。

大阪万博を控えて、経済的にも
発展しましたが、大事な精神を失っているのではないかと
感じたそうです。

そして当時の仏教界の代表的な方と会談されたのですが、
人々を救ってゆこうという宗教心も乏しく
人間としてゆるみきった姿に愕然とされたそうです。

致知出版社のお若い方からも
怨親平等の話に感動したとの感想をいただきました。

怨親平等は、今日の時代にこそ
見直されるべき思想であると思っています。

写真は
円覚寺仏殿に祀られている敵味方供養のお位牌。

横田南嶺

2019年9月10日

停電

九日朝未明に目が覚めました。
だいだいいつも起きる時間なのですが
午前二時、部屋の明かりを付つけようとしても
つきません。

停電だとわかりました。

お寺にいますと、ろうそくがたくさんありますので
すぐに仏壇のおろうそくに火をつけて過ごしました。

朝 内仏(ないぶつ)で読経するのも、
ろうそくの明かりだけで読んでいました。

元来は、ろうそくの明かりだけで
読経していたのですから
何も特別なことではなかったのでしょうが、
薄暗い中で、何ともいえない趣があります。

しかしながら、夜が明けても停電で、
とうとうお昼まで停電が続きました。

電話も全く使えません。

幸に携帯電話で何とかなりますが
停電の不便を久しぶりに感じました。

部屋の手洗いは、電気がないと
水も流れません。

あの東日本大震災の折りには
停電が繰り返されました。
そのたびに、ろうそくの明かりで、過ごしたものです。

しかし、あれから八年以上過ぎて
すっかり電気の問題も忘れて過ごしていました。

不便かもしれませんが、こういう経験を
忘れないようにすることが大事だと思います。

横田南嶺

2019年9月9日

台風の被害

台風の復旧作業は昼まで
延々と続きました。
どうにか、停電は昼には回復しました。
午後からは境内の拝観も始めました。

いろんな方から御心配いただきますので
およその被害状況を申し上げます。

まず、僧堂の雲水はじめ人的被害が無かったのは
何よりの幸です。
次に、昨年の台風で
一部屋根が破損した国宝舎利殿にも
被害がありませんでした。
これも何よりの幸なのです。

大木がいくつか倒れました。
一番大きいのは、白鷺池(びゃくろち)という
池に杉の大木が倒れてしまいました。
しかし幸に池に倒れましたので
通行に支障はありません。

鎌倉街道沿いの柏槙(びゃくしん)の枝が
折れ掛かって、車道に危険な状態でしたので
午前中に伐採してもらいました。

他には、境内には紅葉や杉、竹などの
枝が落ちて散乱していました。

僧堂の雲水達、本山の和尚方の
懸命の作務にて、どうにか片付いてきた
ところです。

それから、われわれは
台風が直撃しそうな時には
門の扉を閉めずに開けるようにしています。

門を閉めると、風の抵抗を受けて飛ばされる
怖れがあるからです。

本山の勅使門も、開けておいたのですが
それでも風に飛ばされて、破損しました。

写真は、勅使門に彫られた龍です。
羽のついた龍の彫刻であります。

昼までで大まかな復旧作業は
めどがついたと思って、

本日は、午後から麟祥院で
小川先生の臨済録講義に出ようと思い、

車での上京はとても無理だというので
横須賀線はまだ走っていないし
東海道線がどうにか走り出したというので

混んでいる道をどうにかこうにか
大船駅までたどり着いたのですが、
改札への入場が制限されて、とても駅の
構内へも入れない状態で、
本日の上京はあきらめざるを得ませんでした。

残念ですが、自然災害ばかりは
どうしようもありません。

本山に戻って再び雲水と共に
境内の復旧作業に汗を流すことにしました。

横田南嶺

2019年9月9日

佐々木奘堂(じょうどう)さん

本日は、相国寺派の和尚さんである佐々木奘堂さんが、
僧堂の雲水達の為に坐禅指導をしてくださる予定でした。

奘堂さんは、東大を卒業して京都大学の大学院で心理学を学ばれ、
更に相国寺の有馬頼底管長の弟子として出家し、相国寺僧堂で修行されました。

『禅文化』誌上にも連載してくれています。

独自の身体論をお持ちであって、
ギリシャ彫刻のディオニソスを理想とされています。
最近はまたスフィンクス像も取り上げて指導してくれています。

「腰骨を立てる」と
私などは、いつも説明するのですが、
それでは腰は立たないと
奘堂さんがご指摘下さって、
私も謙虚に学んでいます。

教わることは有り難いことだと思って楽しみにしていたのですが、
何と台風の被害が予想以上に大きく、
私も夜明け前から、木こりになって
倒木の伐採、境内の復旧作業に追われていました。

円覚寺本山も全山、お昼前まで停電。
交通網もかなり乱れているようです。

またの機会を楽しみにするしかありません。

横田南嶺

2019年9月9日

侍者のことば(台風一過の片づけ始まる)

台風が過ぎて、円覚寺のある鎌倉の風雨は収まってまいりました。
皆さまにおかれましては被害はないでしょうか。

台風が来ますと、管長が元気になられます。
木を切ることが何よりお好きな管長です。

誰よりも早く表に出て、今お一人で、
参道をふさぐ倒木を切り、皆のために境内の通行を確保されています。

いつにも増して、頭の下がる想いです。

侍者しるす

2019年9月8日

9月の日曜説教会 映像

本日、円覚寺・大方丈にて行われた横田南嶺管長による日曜説教会の映像です。

本日も暑い中、多くの方々がお越しくださいました。

「手を合わせる」という事の奥深さを、ご法話されています。

皆さま、ぜひ、ご覧ください。





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