2019年9月11日

四十二章経(しじゅうにしょうきょう)

昨日致知出版社の後継者育成塾のあった
午前中に
致知出版社の社長が
松ヶ岡文庫を見学したいと言われ、
特別に文庫の理事長に許可を得て

久しぶりに松ヶ岡文庫を拝見してきました。
普段は、非公開ですので、私も滅多に
上ることはありません。

大拙先生が、お亡くなりになるまで
毎日上り降りしていた、階段を
汗を流しつつ上ってきました。

大拙先生の書斎も拝見。

勉強机の背後には
大拙先生が参禅された師である
釈宗演老師の書が掛けられていました。

大拙先生への為書きのある書です。

内容は、四十二章経の一節を全文書かれていました。

およそ、意訳すると

仏道を学んでいくというのは、
木が川を流れてゆくようなものだ。
その流れに随ってゆけばいいので、
途中で両岸にひっかかったり
人にとられたり、渦に巻き込まれたり
腐ったりさえしなければ、
やがて必ず、海に到るのだ。

そのように仏道の修行も、その流れに随ってゆけば
必ず仏になれるのだという譬えであります。

よき教えに出会い、よき仲間に恵まれて
修行してゆくことができれば
あとはその流れに随ってゆけば自然と到るのだという
教えです。

こんな長い漢文の文章を、まだお若い大拙先生に
書いて与えられた釈宗演老師のあたたかいお心が伝わってくる
思いでした。

その当時から、釈宗演老師は、大拙先生の将来の大成を
期待していたのでしょう。

ちなみに、この四十二章経の文章は
白隠禅師が二十二歳の時に
四国松山市の正宗寺で読んで
感激されたという逸話も残っています。

白隠禅師ほどのお方でも、
仏道を究めてゆくことは、自分などには
到底無理ではないかと、自信を失いかけていたのが
この一文を読んで、自分でも、この流れに随って
学んでゆけばいいのだと
自信をもったというのです。

写真は、大拙先生の『禅堂生活』(岩波文庫)の表紙。
私が解説を書かせていただいています。

横田南嶺

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