2019年8月20日

寺子屋

本日、新潟の円覚寺派のお寺で
催している寺子屋の行事で、
小学生から高校生まで
二十名ほどが来山します。

子供さん達に何を話して伝えようかと
考えながら、
やはり、腰骨を立てることと
手を合わせることの二つを
伝えようと思いました。

おりしも、庭の蓮が
二輪並んで咲いています。
まるで両手を合わせているかのように。

坂村真民先生に『両手の世界』という詩があります。


両手の世界

両手を合わせる 
両手で握る 
両手で支える 
両手で受ける
両手の愛 
両手の情
両手合わしたら 
喧嘩もできまい
両手に持ったら 
壊れもしまい
一切衆生を 
両手に抱け


横田南嶺

2019年8月19日

ガラスのうさぎ

東海道線の二宮駅を降りると
駅前に、ガラスで出来たうさぎを抱いた
少女像があるのを目にしていて、

どんないわれがあるのかなと
ずっと気になっていました。

本日『ガラスのうさぎ』を読みました。

まだ十二歳の少女が
東京大空襲で母と二人の妹を亡くし
父とその焼け跡を探して
ガラス工芸品を作っていた父の
作成したガラスのウサギ像が
焼けただれて残っていたのを見つけるのです。

それをみて、どれほど熱い中だったのか
思いを巡らせます。

そのガラスのウサギ像を持って
疎開していた二宮に帰ったのですが、
父もまた空襲で命を失うのであります。

両親を亡くした少女が親戚の家を頼るのですが
たらい回しにされてしまう部分など
涙を誘われる悲しい話であります。

それでも、少女は混乱の中を生きてゆくのであります。

本日午前中には、最近一年ほど教わっている
中国語の講習を受けて、
午後「ガラスのうさぎ」一冊を読み終えました。
読んだ本は、既に二十七刷でありました。

八月は、戦争のことを思うものであります。

横田南嶺

2019年8月18日

皇居ラン

本日は、都内のお寺で法事があり、
その前に皇居を一周五キロ
ランニングしてから臨みました。

炎天下を走りたくなるというのは
人間のDNAに残っているのでしょうか。

熱時には闍梨を熱殺すという禅語があります。

熱い中には熱い中を汗を流すもいいものであります。

写真は平川門です。

横田南嶺

2019年8月18日

侍者のことば

朝の坐禅が終わると
突然管長が、
「今朝は皇居を走る。走れますか」と
言われる。

この場合「走れません」という答はないので
「走ります」と答えるしか選択肢はありません。

朝汗だくになって皇居一周五キロ走りました。

東京の早朝ランニングは思いの外日射しは強くなく、
時おり吹く風が心地好くとても気持ちのよい朝でした。

そのあと、管長は、涼しい顔をして
午前十一時に法要に臨んでいました。

管長についてゆくのは大変です。

侍者しるす

2019年8月17日

横浜朝日カルチャーセンター講演

本日朝日カルチャーセンターにて講演。
合掌について九十分のお話をしてきました。

いつも講演のあとは、後悔ばかりするのですが
今日は、十二分に準備して臨んだためか
充実感をもって終えることができました。

なんといっても、驚いたのは
会場の最前列に
料理研究家の辰巳芳子先生が聴講されていたことです。
辰巳先生は九十歳を越えて、その道では超のつく一流の先生です。

それが、この暑い中を
わざわざ私如き若輩の講義を聴きに来られるとは
恐れ入りました。

辰巳先生の、お元気に聴講されるお姿に接することが
できたのは、一番の収穫でありました。

暑い暑いとばかりいっていられないと
反省させられました。

横田南嶺

2019年8月17日

台風一過

台風一過の関東地方は
厳しい暑さになるという予報です。

本日は、横浜の朝日カルチャーセンターで
合掌について九十分の講義。

朝日カルチャーセンターは
ここ三年ほど、年に一度お話させてもらっています。

今年のテーマは、「合掌」です。
はじめ、「合掌」について九十分話して欲しいと
依頼された時には、
「合掌」で九十分も話すのはとても無理と
一度お断りしたのでした。

しかし、再三の要望に、
困難な事に挑戦する心が目覚めて
引き受けて資料作りに手をつけました。

さいわいに坂村真民先生に
「合掌」にかかわる詩がいくつかありますし、
それに菩薩願行文を少し講義すれば
何とかなるだろうと思えるようになりました。

真民先生に「真美子の合掌」という詩があります。


真美子の合掌

だまってみていると 
ほとけさまに 
ごはんをあげて
ひとりしずかに 
おがんでいる
わたしがみていることを 
ひょいとしって
はずかしがって 
にっこりした 
その顔のよさ


 

真美子さんは真民先生の三女です。
まだ幼い真美子さんが
小さな手を合わせている
ほほえましい姿が見に浮かぶようです。

横田南嶺

2019年8月16日

残暑見舞い

この時期
残暑見舞いを頂戴致します。

いろんな方々からお見舞いを頂戴しますが
その中に、岸田ひろ美さんからのご丁寧な
封書のお見舞いをいただきました。

岸田ひろ美さんは、昨年の円覚寺夏期講座で
講師をお願いした方であります。

そもそものご縁は、
一昨年岸田先生の著書
『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』が出版され
その記念の講演会を拝聴にでかけて、
すばらしいご講演に私が感銘を受けて
昨年の夏期講座の講師をお願いしたのでした。

著書の帯にも書かれていますように
長男を出産、知的障害を抱えていることがわかり
主人を突然亡くされ
一人で娘さんと息子さんを働いて育てている最中
病に倒れ、下半身麻痺となるという
壮絶なご体験をされています。

しかしながら、実に娘さんともども
明るいご性格で、すばらしい母子なのであります。

夏期講座にお招きする方は大勢いらっしゃいますが
この岸田先生のように、一年経った後にも
残暑お見舞いを下さるような
心づかいをされる方は、そんなにいません。

岸田先生のようにご苦労をされた方ほど
人に対する心づかいが細やかになれるのでありましょう。
深く感銘を受けました。

横田南嶺

2019年8月16日

山門施餓鬼法話

本日は円覚寺本山の
お檀家さん達のための施餓鬼会でした。

午前十時から法話をして
十一時から施餓鬼法要
十二時から食事で、私もみなさんと共に
食事をいただきました。

台風の影響で風が強くて
その分暑さがいくらか和らいだように
感じました。

法話では、坂村真民先生の詩から
お盆についての詩を四つほど選んで
お話ししました。

その中から「お盆が近づくと」を
紹介します。


お盆が近づくと


お盆が近づくと
わたしは心も体も落ちつかなくなり
仕事も手につかず
ただひたすら待つのである
年に一度遠い処からおいでくださるのに
不在と聞かれたらどんなにか
がっかりされるだろうし
そんな思いにかられて
どこへも行かず
ただひたすら待つのである
早く父を亡くしたので
お盆が近づくと
お迎えの準備は
小さい時から
長男のわたしがすべてしてきた
お経も早くから覚えた
喜んでもらいたかったからである
年をとった今も
この心に変わりない
ことしはいい香をたこう
いい花をたくさん供えよう
ああ
賑やかになるぞと言いながら
わたしはただひたすらに待つのである


 

今の時代では、お盆には
亡くなった人が帰ってくるのだと言っても
そんなことは信じられないと言われるかもしれません。

科学的に証明できることでもないので
無意味だと言われるかもしれません。

しかし、この待つことに意味があります。
待つことは、心を豊かにしてくれます。

私は、祈りとは待つことであると思っています。
無事であることを祈るというのは
無事で帰ってくることを待つことです。

信じて待つことは、心を豊かにし、生きる力を与えてくれます。

花が咲くように祈ることは、
花ひらくのを信じて待つことであります。

昨日花ひらいた蓮の花が
今日は更に一層花ひらきました。

横田南嶺

2019年8月16日

傷痍軍人(しょういぐんじん)

普段は、平成生まれの人たちと接しているので
言葉が通じないと感じることが
ままございます。

「傷痍軍人」などもそのひとつでしょう。

新聞に「傷痍軍人 パラ出場の夢」
という見出しの記事がありました。

なんでも、
「パラリンピックの原点は傷痍軍人のリハビリだった。
日本では1964年の東京パラリンピックを機に
障害者スポーツが広がり、
先の大戦の傷痍軍人たちに生きる勇気と希望を与えた」

というのであります。

普段は加熱するオリンピックの報道に、肯定的ではない
私も、そういうこともあったのだと考えさせられました。

私などは、その東京五輪の年の生まれで
かろうじて昭和三十年代なのであります。

戦後二十年近く経って生まれたのですが
まだ周囲には、戦争の跡が残っていました。

生家の向かいは、空襲で焼けたままで
瓦礫やガラスなどが散乱していて
防空壕も残っていました。

子供の頃でしたので、防空壕に入ってはいけないと
言われていましたが、
好奇心から入ってみたこともあります。

こんな暗い穴に入って、空襲の終わるのを待っていたのだと
思うと、子供ながらにゾッとしたものでした。

神社仏閣など、大勢人の集まるところには
まだ傷痍軍人さんの姿を見たものでした。

白い服を着て、道端に坐って
頭を下げて、物乞いをされているのです。
片手が無かったり、片足が無かったりした
傷痍軍人さん達でした。

この人たちは何なのだろうと思って見ていると
親から、じろじろ見てはいけないと注意されました。

見てはいけないものだと知りました。

それでも、戦争に行って、生涯不自由な身体になってしまい
路上で物乞いをしなければならない人たちの事を
思うと、何とも言えぬ気持ちになりました。

傷痍軍人の記事をみて、戦後生まれながらに
そんな子供の頃の記憶がよみがえりました。

あの頃は、まだ日本は戦争して負けたのだということが
実感として残っていました。

平和があたりまえだと思ってしまうことは、おそろしいことでもあります。

横田南嶺

2019年8月15日

蓮の花

春先に植え替えし、肥料を入れて
手入れをした蓮が、
終戦記念日の今朝、花ひらきました。

近年、終戦記念日には予定を入れずに
静かに過ごして、正午に黙祷して
今上陛下のお言葉を拝聴しています。

「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って
再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」
「世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」

という陛下の言葉を聞いて
「深い反省」の内容を
考えなければならないと思いました。

この世に繰り返される戦争や憎しみの歴史を
思うと、泥の中から花ひらく蓮華には
なお一層心ひかれます。

坂村真民先生に
「その時から」という詩がございます。

その時から

宇宙は
一つの大きな
蓮華の花だ
と言われた
世尊のポエジーが
うれしくてならず
花好きのわたしは
その時から
この人の後に
ついて歩く
うたびとになった


 

横田南嶺

ページのトップへ戻る