2019年9月18日

諏訪中央病院へ

本日は、長野県茅野市にある
諏訪中央病院まで講演に出かけます。

今日に到るまで、随分といろんな処に
講演や法話で招かれてまいりましたが、

病院は初めてであります。

お医者さんの集りに招かれたこともありますが
病院で話をすることはありませんでした。

やはり、病院というところでは
僧侶は忌避されるものでありましょう。

諏訪中央病院は、鎌田實先生が院長を務められた
ことで有名です。

諏訪中央病院で医師を務めている須田万勢先生からの
ご依頼で、午後に一般の方々を対象に
「なぜ死ぬのは怖いのか?~元気な今だから考える終活のススメ~」という
テーマで、講演と対談を行います。

さらにその日の晩に、病院の職員研修会として
「なぜ死ぬのは怖いのか~人の生死と信仰と坐禅~」
というテーマで同じく講演と対談を行います。

対談のお相手は、漢方医である櫻井竜生先生です。

櫻井先生との対談本『なぜ死ぬのが怖いのか』(PHP研究所)を
出版したのがご縁で、
櫻井先生に漢方も習っているという須田先生が
是非ともということで企画してくださりました。

病院という初めての場で、
さていったいどんな話になるのやら。

自分の講演はあらかじめ仕度できますが
対談はどのような展開になるのか、
やってみないと分からないところがあります。

そのぶん楽しみでもあります。

横田南嶺

2019年9月17日

腕組み

先だっての宿泊坐禅会の最後の日に
少し怨親平等について講義をしました。

最前列に坐っていた方が、腕組みをして
聞いておられました。

こちらの修行が未熟なのだと思いますが、
こういうのは、結構気になるものです。

こちらの話がご不満なのかな、
なにかお気に入らないのかなと、
不安になったりしてしまいます。

この頃は、こういう状況にも多少慣れてきて、
たぶんご機嫌が悪いのだろうと
気にしないで話をすることが出来るようになってきました。

ちょうどその同じ坐禅会で
禅寺の坐禅会には、なぜたくさんの規則があるのですかと
ある方から質問を受けました。

たしかに、たくさんの規則があって、
禅と言えば自由な世界を想像するのに
どうしてだろうかと思うのでしょう。

たとえば、腕組みをして話を聞くと
話をする方がやりにくくなるので
話を聞くときは、腕組みをしないようにと
いうふうにして
規則ができたのだと思います。

相手を不愉快にしないように心づかいをするのが
規則の出来上がるおおもとだと思っています。

規則を守らなければならないと思うと窮屈かもしれませんが
相手に対する心づかいを学ぶのだと思えば、
よろしいのではないでしょうか。

私は、他人様の話しを聞くときには
必ず相手の方を見ながら、ところどころで頷きながら
メモを取りながら聞くようにしています。

もちろん椅子の背もたれにもたれかかったり
腕組みや足を組むようなことは当然しません。

そうして、相手を見ながら、うなずきながらメモを
取りながら聞いてくださると
話す方が話しやすくなるのです。

それが分かっているので、
相手のことを思うと、自然にそうなるのです。

これを規則にしてしまうと、何か縛られる気が
してしまうのでしょう。

心づかいを学ぶと思えばいいのではないでしょうか。

横田南嶺

2019年9月17日

ダライ・ラマの言葉

ダライ・ラマの
『愛と信念の言葉』という本に
こんな短い言葉があります。

「砂に一本の線を引いたとたんに
私たちの頭には「こちら」と「あちら」の
感覚が生まれます。

この感覚が育っていくと
本当の姿が見えにくくなります。」

元来一続きのところに
一本の線を引いて
自と他、吾と仏、迷と悟、善と悪、
是と非。美と醜、
それぞれ分けて考えてしまいます。

禅の修行は、その線を引くことの無意味さを
徹底して知らしめることにあります。

元来、線などどこにも無かったと、
一つの世界に気がつくことが大事なのです。

敵と味方とに分けて争うのでしょうが
「怨親平等(おんしんびょうどう)」というのは、
元来分けるものはない、
隔てるものはないのだと目覚めることです。

横田南嶺

2019年9月16日

何をしても仏心

十五日の日曜日、
久しぶりに大方丈で
『盤珪禅師語録』を提唱。

「平生、不生(ふしょう)の仏心 決定(けつじょう)しておる人は
寝れば仏心で寝
起きれば仏心で起き
行けば仏心で行き
坐すれば仏心で坐し
立てば仏心で立ち
…睡れば仏心で睡り
…一切時中、常住仏心で居て片時も
仏心にあらずという事なし」という
一節を講義していました。

盤珪禅の真骨頂ともいえる箇所であります。

平生何をしても、仏心のはたらきだというのであります。

その少し前の箇所には
「仏心は霊妙なる故に
一切の迷のことを習い覚え熟するなり」と
説かれていて

これは、迷うこともまた仏心のすばらしいはたらきの故だと
いうのであります。

唐代の禅僧 馬祖道一(ばそ どういつ)禅師が、
「平常心是れ道」(びょうじょうしん これどう)と
示されたのは、まさにこのことです。

平常心というと、どんな時にも取り乱さない心を
養うように思われるかもしれませんが
馬祖の説いたのはそうではありません。

ふだんのありのままの心の活動がすべて道だというのです。

なにも造作をしないのであります。

これはすばらしい悟りの世界でありますが、
欠点は、この教えを単に鵜呑みにしてしまって
怠惰になり、堕落してしまうことであります。

そこで、馬祖の禅は無事禅として批判され
盤珪の教えを信奉する人たちを白隠禅師は
きびしく批判されたのでした。

いずれにしても、本来もってうまれた
仏心に目覚めることこそが
肝要なのです。

横田南嶺

2019年9月16日

ないことのおかげ その2

大興寺様で法話の折に
ないことのおかげを話して、
台風が来なかった事、自然災害のないこと
電車の遅延のないことのおかげなどを
例にしました。

そして、ついでに
妙好人(みょうこうにん)の因幡(いなば)の源左(げんざ)さんの逸話を話しました。

源左さんという方は、なにがあっても
「ようこそ、ようこそ」といって感謝される方でした。

あるとき、出かけて帰りがけに
夕立雨にあって、びしょ濡れになってしまいました。
それを見た寺の和尚さんが
さすがの源左さんも、愚痴でもこぼすかと思ったか
「源左さん、よう濡れたのう」と声をかけると、

「ありがとうござんす。
和尚様、鼻が下を向いているで有り難いなあ」と
答えたといいます。

これは、大変な言葉であると思っています。

私達は、鼻が下を向いていることなど、
当たり前に思っています。

しかし、考えてみると、鼻の穴が上を向いて
ついていたら、雨がふると雨水が皆鼻に入って大変です。。

鼻の穴が、上向きでは
「ないことのおかげ」なのであります。

ないことのおかげに気づく事は実に困難です。

しかし、これに気づくことができれば、
この世の中は有り難いことに満ちていることが分かるのでしょう。

源左さんは、何があってもいつも「ようこそ、ようこそ」と
言っては喜んでいたと言います。

それでも、決して幸せなことばかりだったのはありません。

長男と次男を、たて続けに亡くされています。

長男が亡くなった時に、
まわりの人が「淋しいでしょうと」というと
「早く浄土にまいらせてもらって有り難い」と言い、

更にご次男が精神に異常を来してしまった時に、
まわりの者が、「源左さん、お気の毒に」というと
「ようこそ、ようこそ、万蔵(次男の名)は楽にしてもろうてのう」と
答えています。

妙好人の信心に深さには恐れ入るばかりです。

横田南嶺

2019年9月16日

ないことのおかげ

お寺の法話でありますと
必ず皆で手を合わせて感謝をしてから
始めています。

今日ここでめぐり合えたご縁の不思議に
感謝します。

まずは、両親のおかげ。
父と母の出会いによって
命をいただいたおかげです。

それから、今日までお世話になった
多くの方々のおかげであります。

そして、本日の出会いにご縁を
作ってくださった方々のおかげです。

そのように、いただいたおかげを
思うことは、容易であります。

しかしながら、ないことのおかげというのも
ございます。

特に、先だっての十四日に
岐阜の揖斐川の大興寺様に
まいりましたときには、
そう思いました。

なにが無いのか、
台風であります。自然災害であります。
十四日の法話でしたがらこそ
なにも問題なくたどり着くことができました。

もし、先だっての台風のあとの
九日が法話の日だったとしたら
とても、鎌倉から電車に乗ることも
できませんでした。

その日に、台風がないことのおかげなのです。
電車が大幅に遅れるような事故のないことの
おかげなのです。

あることのおかげは見やすいのですが、
無いことのおかげは気づきにくいのです。

そして、この無いことは無限にありましょう。
無事とは、まさに何事も無いことなのです。
何事も無いことの尊さに気がついたら
それこそ貴人なのであります。

横田南嶺

2019年9月15日

揖斐川で師匠に出会う

揖斐川の大興寺に招かれて法話に
まいりますと、
本堂や書院の床の間に
私の得度の師匠である小池心叟(こいけ しんそう)老師の書が
掛けられていました。

小池老師は、それほど多くの書を残されたわけでは
ありませんので、珍しく、また懐かしく
我が師の書を拝見させていただきました。

それは、小池老師も、この大興寺の法話会の
講師としてお見えになったことがあるらしいのです。
そんなご縁で、書いてもらったのだそうです。

本堂の上間には全紙の墨跡が掛けられていました。
文字は、「自性を識得すれば、方(まさ)に生死(しょうじ)を脱す。
眼光落つる時、作麼生(そもさん)か脱せん」と読みます。

自己の本性を識ることができたなら、この生死を解脱することができる。
では、息の絶えんとするとき、どのように生死を脱するのかという意味です。

もう一幅は、「花を穿つ蛺蝶(きょうちょう)は深深(しんしん)として見え、
水に点ずる蜻蜒(せいえん)は款款(かんかん)として飛ぶ」と読みます。

思わぬところで、懐かしい師に出逢えた思いでありました。

横田南嶺

2019年9月14日

岐阜揖斐川の大興寺へ

本日、日帰りで、岐阜県
揖斐川町の大興寺様に招かれて
法話に行ってまいりました。

大興寺様の法話会は、
先代の時代から続いていて
清水寺の大西良慶和上や
浄土真宗の金子大栄先生、
山田無文老師や松原泰道先生など
錚々たる方々が講師をつとめておられる由緒ある会です。

岐阜羽島の駅で降りて
揖斐川沿いを車で走って
山あいにある、実にすばらしい境致にある
お寺でした。

まだ残暑の時期とはいえ
開け放っている本堂に入る風が
涼やかで、気持ちよく法話できました。

由緒ある法話会ですと、
聞いてくださる皆さまもとても熱心で
話もしやすいものでした。

一昔前、大西良慶和上は、お寺に二泊して
法話されていたとうかがいました。

今は、交通の便がよくなったおかげで
じゅうぶん日帰りできてしまいます。

便利な分、車の窓から
町の様子を眺めるだけで
トンボ返り、情緒が乏しくなっています。

横田南嶺


2019年9月14日

五事をととのえる

世田谷区野沢の龍雲寺の
細川晋輔老師から、本が送られてきました。

細川老師は、お若いながらも
修行もできて、学識も深く、
それでいて何事においても意欲的であり、
普段から懇意にさせてもらっています。

私も、今臨済宗ではもっともその将来を
期待する禅僧であります。

その細川老師から本が送られてきたので
てっきりご自身の新著かと思いきや、
曹洞宗の吉村昇洋和尚の新著
『精進料理考』という本でした。

なんでも細川老師がお読みになって
良かったと思われたそうなのです。

吉村和尚のことはよく存じ上げませんが、
せっかく頂戴した本ですので、
じっくり読んでみようと思っています。

目次を見て、パラパラと中を開いてみていると
こんな言葉が目に入ってきました。

「咀嚼中は箸を置く」
という一語です。

吉村和尚は、
「ひとつの料理を口に運んだら
咀嚼中は必ず一度箸を置き
手は膝の上で法界定印(ほっかいじょういん、
坐禅中の手の組み方で、手のひらを上に向けて
右の手の上に左手をのせ、親指で輪を作る形)を組む。
そして、口の中が空っぽになったら、再び両手で箸を取り
器を持って食事を再開していく」と
書かれていました。

私など、長年僧堂にいますので
知らず知らずのうちに、早く食べる習慣が
身についてしまいました。
早く食べて飲み込んでしまうのは
胃腸にもよくありません。

どうして、臨済宗の僧堂では早く食べるようになったのか
不思議に思います。

やはりゆっくりと咀嚼していただいた方がいいと思い、
その日の晩から、お料理を口に入れたら
箸を置いて、法界定印を組んで
咀嚼するようにしていますが、
果たしていつまで続くことやら…

天台大師は、五事を調えることを説かれています。
それは
調五事
調食=適度な食事をとること
調眠=適度な睡眠をとること
調身=身体を調えること
調息=呼吸を調えること
調心=心を調えること

我々禅では、身体と呼吸と心を調えることを
説いていますが、
その前提となるのが、食を調え、睡眠を調えることです。

これが土台となって、その上で身体と呼吸と心を調えるのです。

ですから、食事を調えるということは
大切なのことなのです。

吉村和尚は、この食について実に
270ページに及ぶ著書を出されました。
私も知らないことが多く、内容が実に豊富であります。

私にわざわざ贈呈してくださった細川老師の
お心もありがたくいただいて、
読んでいるところであります。
おすすめです。

横田南嶺

2019年9月13日

猿は毛虫を食べるか?

本日講義をする仏光国師の語録になかに、
「猢猻(こそん)、毛蟲(もうちゅう)を食らう」という一語が
出てきます。

猢猻とは、猿のことです。
毛蟲は毛虫であります。

仏光国師は、あるときの円覚寺での説法で
真理は、目の前にはっきりと現れているのに
われわれ修行者が、その真理を見て取ることが
できないのだということの
たとえとして、「猿が毛虫を食べるようだ」と表現されいてます。

入矢義高先生の『禅語辞典』の解説によれば、
「猿が毛虫を口に入れたときのように呑み込み切れない。もてあつかいかねる代物」。

呑みきれないものとして説かれています。
真理をしっかりと把握しきれないという譬えなのであります。

ところが、先日、高尾山の猿山を拝見していて
飼育されている方の説明で、
猿は、毛虫でも何でも昆虫を食べるということでした。

上手に、毛虫を土にこすって毛を落として食べるとかいう話でした。

ただ蜂は、毒があるので食べないと言っていました。

ですから、語録では呑みきれないという意味で使われているのですが
実際には、お猿は毛虫を食べるそうなのです。

猿山の猿の解説を
聞いていても、仏光録の一語を思ったのでありました。

写真は、仏光録の講義のために製作しているテキストです。
原文の版本と、漢文、読み下し文、
それに今北洪川老師の註釈(書き入れ)を記して
およその意訳をつけて、これをもとに講義を進めています。

横田南嶺

ページのトップへ戻る