2014年3月5日

いのちのはたらき

3月5日(水)
 横田南嶺老師が淡青坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。
人は「悟り」を愛し、「迷い」を嫌います。しかしこの「悟り」というのも
はたまた、「迷い」というのも、単に人が勝手に心に付けた名前にすぎません。
 心には、本当は何も名前はなんかありはしません。ただ、純粋ないのちの
はたらき、こころのはたらきがあるだけです。
 生まれてきた赤ん坊の様子を見ると、わぁわぁと泣いていたり
きゃっきゃと喜んでいたりします。それのどこが悟りでどこが迷い
と言われても、区別はできるものではありません。
 「泣いているところが迷いで上機嫌に笑っているところが悟りである!」
そんな道理は、決してありません。
 泣こうが笑おうが、はいずり回ろうが、天眞爛漫、みんな、いのちの
はたらきでありただ、純粋なこころのはたらきです。
 

コメントを投稿する

メールアドレスが公開されることはありません。

ページのトップへ戻る