2017年11月19日

飛騨高山の宗猷寺「寺庭婦人からの便り」その1

円覚寺派管長 横田南嶺老師は、昨日のブログでご紹介したように

飛騨高山の宗猷寺に出向法話に行かれました。

 その宗猷寺の寺庭さんである今城松枝さんからが発行している

「寺庭婦人からの便り」を紹介いたします。

 (宗猷寺の副住職である今城精徹和尚は、去年、4月に円覚寺専門道場(僧堂)に入門しました。

 精徹和尚は、大学卒業後、他の僧堂にて修行をして、いわゆる「住職の資格」が

あるにもかかわらず、なぜ、数年後、奥様と幼い子供3人を残して円覚寺僧堂にわざわざ入門したのか?

また、それに対する家族の対応などのストーリーが精徹和尚の母上である今城松枝さんの視点から

綴られています。以下、抜粋。)

「寺庭婦人からの便り」平成28年5月

修行への旅立ち

☆ 新命和尚(副住職)が4月 再度修行に旅立ちました。

臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老大師のもとに。(鎌倉 円覚寺)

高齢になった住職・妻・幼子3人に留守を託し旅立ちました。

大学卒業後の3~4年間の修行は、行かねば「住職の資格」が取れないこともあり

「義務感」による旅立ちであったと思います。それでも、途中ケガ・手術等ありながら

よく頑張りました。

☆ 今回は自らの意思で僧堂を決め、師匠を選び「この老師の元で修行がしたい!

教えをこいたい!」との強い思い出の旅立ちです。

これが本来の修行の姿でしょうね。

☆ 夫婦の事は夫婦の話し合いに任せることですが、方丈様はかなり体力的にも

この寺を一人で守るにはきつい状態です。あれこれ不安に思っている私に

方丈様は一言釘を刺すようにキッパリと云いました。

「他の事ならまだしも、僧侶が修行に行きたいと云うのであれば、止める

ことは出来ないぞお!」と。

☆ 家族それぞれに覚悟をもって、寺人として快く見送りました。黙って出立を

許した嫁の幸子さん、その両親には心から感謝です。

☆ 二人の和尚でしていた「つとめ」をこれからは方丈様ひとりですることになります。

若かったころと違う思うようにならないこともあるかもしれません。。

檀信徒の皆様には何かとご不自由・ご不便をおかけするかもしれませんがどうぞ

ご理解・ご協力のほど宜しくお願い申し上げます。

 二度と行きたくない!と云われる厳しい僧堂への修行に、再び自ら向かうその姿に

母として心打たれます。深い心で・・・・・見送りました。

 私自身も今以上に、檀信徒の皆様・方丈様・嫁・孫にと心を配らねばと思います。

こんなわけで、貴家の月経・法事等々住職自ら伺います。歓迎して?迎えていただければ

幸です。

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