2018年7月7日

ミカンの湯ー政黄牛のこと3

 ある禅僧が、政黄牛のもとを訪ねてきました。夜が更けたので、一晩泊めてもらうことにしました。

政黄牛は、きれいなお月様を眺めながら、世間の人達は、ただあくせくとはたらいて心が乱れるばかり、

こんなきれいなお月様を今見ている人は、いったい何人いるだろうかなどと話しかけます。

 客人は、そうだなと答えていると、政黄牛が、寺の小僧さんに、火をおこさせて、

何かを炙っているようです。客人は、ちょうどお腹が空いていたので、

これは晩ご飯をつくってくれているのだろうと思っていました。しばらくして、

小僧さんが、ミカンの皮を炙ったのを一碗の白湯に浮かべてもってみえました。

客人は、このいかにも風流なおもてなしに感嘆しました。なんと清々しいのだろうかと。

 お腹はふくらまないかもしれませんが、心が満たされるという、

そんなおもてなしもあるのだと思います。

(横田南嶺老師 『武渓集提唱』提唱より)

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