2018年6月21日

忍の一字


 明治二十年、数え年二十九歳の釈宗演老師は、慶應義塾での学業を終えて、

更にセイロン(現スリランカ)に行く決意をされました。これは、奇しくもその二十五年前に、

その時の釈宗演老師と同じ歳に、福沢諭吉先生が、セイロンを訪れて、現地の高僧に出会い、

その立派な人格に触れて感動したことから、釈宗演老師に、仏教の源流に触れるように

勧めたのたでした。

 当時セイロンに行くことは、まさしく命がけでありました。

師である今北洪川老師は、宗演老師に、忍の一字を説いてはなむけとしました。

お釈迦さまが、我が子ラゴラ尊者に忍の大切さを説かれた経典に基づいて、

「忍は安宅(あんたく)たり(堪え忍ぶことこそ安らかな家であること)」、

「忍は良薬たり、よく衆命をすくう(忍こそ良薬であり、多くのいのちをすくうこと)」、

「忍は大舟たり、以て難きを渡るべし(忍は大きな船のように、

困難な世の中を渡ってゆけるものであること」など、忍の素晴らしさを説きました。

 そして更に「世はたのむ所無し、唯だ忍のみたのむべし(忍こそがこの世の頼りとすべきものであること)」。

「忍を懐いて慈を行ずれば、世々怨み無し。中心恬然(てんぜん)としてついに悪毒無し」

(自分の身に降りかかったことは堪え忍んで、むしろ自分に辛く当たる者こそ却って

気の毒な者であると慈悲のこころで思いやれば、どんな目にあっても怨み心は起こらないし、

心はいつも穏やかで、悪いことは起こらない」と説き尽くされたのでした。

 洪川老師に説かれた通り、様々な苦境にあいますが、宗演老師はただ耐え忍ばれました。

セイロンから洪川老師にあてた手紙にも、ただ「忍」の一字を守っていますと記されています。

 修行で大事なのは、なんと言ってもこの忍の一字です。

(平成30年6月21日 横田南嶺老師 『武渓集提唱』より)

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